第38話 疾走

 冒険者ギルドにお金を預けてしまったら、いつでも自由に取り出せるようにしたいと思うのは当然だろう。

 そこで、自力でイブーロまで移動する手段を考えた。


 この前思い付いたのは、空属性魔法でキックボードを作り、滑らかな路面も整備して移動するというアイデアだが、いかんせん距離が長すぎる。

 そこで必要になるのが人力以外の動力なのだが、まず馬は論外だ。


 イブーロまでの道中で、ゼオルさんから馬の扱いを教えてもらっているのだが、ぶっちゃけ馬には舐められっぱなしだ。

 牧羊犬のように牙を剥いて激しく吠えたりすれば、言うことを聞いてくれるのかもしれないが、俺が大声を出しただけではウンともスンとも動いてくれない。


 馬以外の動力と考えた時、考え付いたのが風力だ。

 風の魔道具は、吹き出す風の強さに応じて反作用の力を受けるので、強力な風を吹き出す魔方陣を作れば動力として使えそうだ。


 早速、風の魔方陣の形に空属性で空気を固め、大きさ、厚さ、圧縮度などを変えて、どの位の強さで、どの位の時間、風が出せるか試してみる。

 同時に、フレーム作りにも着手した。


 最初、風の動力をキックボードに取り付けようかと思ったが、そこまで動力部が小型化出来そうもないので、バイクの形にした。

 イメージとしては、ジェットエンジンを搭載して最高速度の世界記録にチャレンジしたバイクを、もの凄くスケールダウンしてショボくした感じだ。


 サスペンションは作れないので、乗り心地を良くする為に幅広で弾力のあるタイヤを付ける。

 いわゆるバルーンタイヤにするのは、空属性魔法で作ったコースではなく、普通の地面を走らせるためでもある。


 山から仕留めた鹿やイノシシを運ぶ時には、台車を空属性魔法で作ったコースの上を走らせて持って来るが、アツーカ村からイブーロまでは60キロぐらいの距離があるので、全行程に渡ってコースを作るのは難しい。

 それに、コースを作る分の魔力を節約出来れば、バイク本体に回す魔力に余裕が出来る。


 試作したフレームは、風の魔法陣を格納する太いパイプをメインにして、フロントフォークを繋ぐヘッドチューブと後ろの車軸を支えるステーを付けただけのシンプルな形だ。

 俺の体型に合わせているのでタイヤの直径は20インチ程度で、ライディングポジションはメインのフレームにうつ伏せになるような感じだから、かなり目線は低い。


 風力推進なのでチェーンも付いていないし、その上ブレーキも付いていない。

 もし障害物が現れたら、その時だけ空属性魔法でコースを作って回避するつもりだ。


 我ながら馬鹿げた乗り物だとは思うが、テスト無しで飛んだハンググライダーよりは遥かにマシだろう。

 構想、製作、合わせて七日程で、風力オフロードバイクの試作品は完成した。


 基本となる動力部は、直径20センチ、厚さ7センチ程度の強度を上げて空属性魔法で作った風の魔道具で、一個で時速10キロ程度のスピードが出せる。

 普通の風の魔道具は、板の上に魔方陣が刻まれているので重ねて使うことはできないが、空属性魔法で形作った魔方陣は、円筒形で魔方陣の模様以外の場所は空洞なので、重ねて使うことが可能だ。


 理論上は、二個重ねれば20キロ、三個重ねれば30キロの速度が出せる計算だ。

 しかも、この空洞状の形のおかげなのか、なかなか効率も良い。


 とりあえず、バイクには五個まで搭載できるように作っておいた。

 慣れるまでは、基本的に三個まで、慣れたら五個か、それ以上の搭載も検討しよう。


 バイクが完成したとあっては、乗ってみるしかあるまい。

 天気の良い日を選んで、とりあえずキダイ村までテスト走行することにした。

 安全のために、アーマーとヘルメットも装着しておく。


 村の外れまでは歩いて行って、空属性魔法でバイクを形成、跨がったところで風の魔道具を一つフレームの中に設置する。

 ヒューっという甲高い音と共に、ゆっくりとバイクは進み始めた。


 バイクが動き出したところで、魔道具を一個追加すると、グンっと加速が付いた。

 長い坂道を自転車で下っていく位の速度だが、目線が低いので実際の速度よりも速く感じる。


 バルーンタイヤが凹凸を吸収してくれるので、突き上げ感は無いものの少しフワフワした乗り心地だが悪くない。

 これは、かなり良い出来じゃないかと思い始めた途端、カーブでタイヤが横滑りを起こした。


「おわぁぁぁ……とっとっとっ……だはぁ!」


 コースアウトして横転した瞬間、バイクは消して、フルアーマー装備の身体だけの状態で草地をゴロゴロと転がった。

 速度はママチャリで強めに漕いだ程度だったので、身体にダメージは無かった。


 タイヤに適度な弾力は付けられたが、グリップ力が全然足りなかったのと、ブレーキが無いのでカーブに入る前に十分に減速出来なかったのだ。


「やっぱり、ブレーキ無いと駄目かぁ……」


 複雑な構造は作れないので、梃子の原理を使ったペダルを設置、踏み込むと先端が車輪に接触して減速する形にした。

 新しいバイクを作り上げてテストを再開する。トライ&エラーを繰り返しながら、何度でも作り直せてしまうのが空属性魔法の良いところだ。


 カーブの手前では、風の魔道具の数を減らしながらブレーキング、カーブを曲がりながら魔道具を増やして加速していくことにしたが、なかなかスムーズにカーブが曲がれない。

 風の魔道具は、基本的にオンとオフの切り替えしか出来ないので、数を増やしたり減らしたりして出力を調整しているのだが、風力推進なので独特のタイムラグが生じるのだ。


 減速し過ぎると、再加速まで時間が掛かり、走りがギクシャクとしてしまう。

 カーブと同様に、上り坂も加速のタイミングが遅れると、ガクンと速度が落ちてしまった。


 かと言って、減速のタイミングが遅れれば、曲がりきれずにコースアウトしてしまう。

 レース用のバイクのように、流れるような走りを実現するには、まだまだ工夫が必要だ。


 それでもスピードが乗ってしまえば、馬車よりも遥かに速いし、馬のご機嫌を取る必要も無い。

 テストをしながらでも、キダイまで馬車の三分の二程度の時間で到着出来た。


 この時間は、まだまだ縮められるはずだ。

 当面の目標は、アツーカ村からイブーロまで馬車の三倍の速度での走破。


 これが実現出来れば、イブーロまで余裕を持って日帰りで往復出来るようになる。

 片道が半日以下ならば、一泊すれば丸一日イブーロの街を見て歩けるだろう。


 キダイ村の手前で引き返して、アツーカ村へと戻りながら更にテストと改良を重ねていく。

 途中で乗り合い馬車とすれ違ったが、手綱を握った御者が目を真ん丸にして俺を見送っていた。


 色々と改良を重ねているバイク本体も、風の魔道具も、空属性魔法で作ってあるので他人の目には映らない。

 実際は、うつ伏せに近い体勢でハンドルを握り、ペダルに足を掛けてバイクに跨っているのだが、他人の目には土煙を上げながら、地面スレスレを飛んでいるように見えているはずだ。


 アツーカ村の人は、仕留めた獲物と一緒に台車に乗って、畑の上に作ったコースを使って山から下りてくる姿を見慣れているだろうが、何も知らない人が見たら驚くのも無理はない。

 馬が驚いて暴れたりすると不味いので、馬車とすれ違ったり追い抜いたりする場合には、コースを作って離れた場所を通り過ぎた方が良さそうだ。


 アツーカ村からキダイ村まで往復し、約四時間ぐらい魔法を使い続けたが、魔力はまだ余裕がある。

 この感じならば、丸一日バイクを走らせ続けても大丈夫そうだし、将来はロングツーリングで旅をするのも悪くないな。

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