第37話 お迎え
冒険者ギルドでオークの魔石を買い取ってもらった翌日は、イブーロの学校にミゲルとオリビエを迎えに行き、村まで帰る予定だ。
昨日の季節外れの暑さから一変し、今日は曇り空で日差しも弱いせいか涼しい。
「涼しいのは良いが、のんびりしていると村に着く前に降ってきそうだな」
「ゼオルさん、降っても俺が屋根を作りますよ」
「そうか、ニャンゴが居るなら焦って帰ることもないな」
昨日の夕食は、串焼き屋だった。
ゼオルさんのお薦めとあって、値段もボリュームも味も素晴らしかった。
ゼオルさんが色々頼んだ中に、祭りの屋台で食べた黒オークの串焼きもあった。
値段も同じお手頃価格で、一体どこの部分なのかと店の人に訊ねてみた。
「あぁ、それかい、それは黒オークの骨髄だよ」
「えぇぇ、骨髄って、骨の中身ですか?」
「そうだよ、腿とか脛の骨から取り出して、ちょいと一手間掛けると美味くなるんだ」
「へぇぇ……だから、こんな丸っこい形なんですね」
手ごろな値段の店とあって、冒険者は勿論、若い労働者の姿も多く、日本で言うなら場末の居酒屋という感じだ。
魔物の討伐の話、工事現場の話、商売の話、女の話、博打の話……雑多な会話に浸っていると、少し大人になった気分になった。
イブーロで冒険者として活動するならば、こうした安くて美味い店を探して、食べ歩くのも楽しそうだ。
出来れば数日滞在して街で遊んでいきたいところだが、ただで馬車に乗せて来てもらっている以上、勝手な行動は出来ないので、遊ぶのはまたの機会にしよう。
早めに宿を引き払って学校へと向かうと、他の村から迎えはまだ来ていないようだったが、じきに馬車が集まってくるらしい。
今日から学校は秋の休暇に入るので、それに合わせて寄宿舎も閉められてしまうらしい。
「ニャンゴ、俺はここで馬車を見ているから、ミゲル達を迎えに行ってくれ」
「了解です」
あちこち動き回られると迎えに来た人間が苦労するので、生徒は寄宿舎で待機する決まりになっているそうだ。
寄宿舎は手前が男子寮、奥が女子寮だそうなので、オリビエを先に迎えに行く。
女子寮の入口には、寮監らしき鹿人の女性が待機していて、身分証の提示を求められた。
「アツーカ村の冒険者がキダイ村のオリビエさんのお迎え?」
「はい、アツーカ村はキダイ村の更に先で、村長同士が仲が良いので替え馬などの融通もしているんです」
「なるほど、そういう事なのね……でも、あなた荷物を運べるの?」
「へっ、荷物ですか?」
「女の子が半年も家を離れるのだから、それなりに荷物は多くてよ。大丈夫?」
「その荷物って、オークよりも重そうですかね?」
「ほほほほ、そこまでは重たくはないわ」
「じゃあ、大丈夫でしょう」
寮監の女性は、自分よりも小柄な俺が大丈夫と請け負ったので、本当に荷物を運べるのか、どうやって荷物を運ぶのか興味を持ったようだ。
案内に従ってロビーに入ると、十数人の女の子が一斉にこちらを振り返った。
「ニャンゴさん……ニャンゴさんが迎えに来て下さったのですか?」
「うん、さぁ帰ろうか」
「あの、荷物が……」
「どれかな?」
オリビエの荷物は、俺がスッポリ入れそうな大きさのトランクが三つもあった。
オリビエも含めた女子生徒達は、俺には運べないだろうと不安そうな表情を浮かべている。
「カート」
狩りの獲物を運ぶ台車をベースにしてカートを作り、そこにトランクを載せていく。
トランクは結構な重さだったが、あらかじめ身体強化をしておいたので楽勝だ。
この後、ミゲルの所に寄るので、カートは余裕を持たせた大きさに作ってある。
「浮いてる……」
「何でトランクが浮いてるの?」
女子生徒達から驚きの声が上がり、寮監の女性も目を見開いている。
「じゃあ、行こうか」
「はい、やっぱりニャンゴさんは凄いですね」
「まぁ、空属性のおかげだけどね」
カートを押して移動を始めると、更に驚きの声が上がったが説明とか面倒なので、このまま男子寮に向う事にした。
男子寮の前でも、犬人の寮監に身分証の提示を求められた。
今度は同じ村の人間なので、問題なく案内される。
オリビエには、カートと一緒に玄関前で待っていてもらう。
男子寮でも、みんな迎えを待っているらしく、ロビーにいた全員が俺の方へと視線を向けてきた。
「ミゲル、帰るぞ」
「やり直せ、ミゲル様、お迎えにあがりました……だろう」
「何言ってんだ? 俺は村長に雇われてる訳じゃないぞ。そんな風に言ってもらいたかったら、ゼオルさんに頼むんだな」
「こいつ……」
ミゲルが舐められている様子を見て、他の男子生徒からはクスクスと笑いが漏れてくる。
「ミゲル、荷物はどれだ?」
「これと、これだ!」
ミゲルの荷物は、オリビエのと同じぐらいの大きさのトランクが二つだった。
「よし、さっさと持って来い」
「何だと……この野郎! お前が運ぶんだ、さっさとしろ!」
堪え切れなくなった他の男子生徒達が腹を抱えてゲラゲラ笑いだし、ミゲルは顔を真っ赤にして怒鳴り散らした。
「お前、記憶力無いのか? 俺は村長に雇われていないって、今言ったばかりだぞ」
「ふざけんな! だったらお前は何しに来たんだ!」
「迎えの馬車が来てるって、知らせに来てやったんだ。荷物を運んで欲しければ、運んで下さいってお願いしてみろよ」
「こいつぅ!」
殴り掛かって来ようとするミゲルとの間に、犬人の寮監が割って入った。
「止めなさい! どういう事情かは分からないが、ここは喧嘩をする場所ではない。ミゲル、荷物を持って移動しなさい」
「一度に二つは……」
「はぁ、仕方ない、一つは私が……」
「いえいえ、お手を煩わせるのは申し訳ないので、一つは俺が運びましょう」
「私の手を煩わせたくないなら、もう少し考えて行動してくれたまえ」
「次からは善処しましょう……行くぞ、ミゲル」
先にトランクをヒョイっと片手で持って歩き出す。
寮監に睨まれているので、ミゲルも大人しくトランクを持って歩き出そうとして、片手では持ち上がらず、両手で持ってヨタヨタと付いて来る。
「君は、随分と力があるんだね」
「まぁ、鍛えてますから……」
寮監の問いを受け流すと、ミゲルが何か言いたげにしていたが、オリビエの姿を見つけて言葉を飲み込んだようだ。
「お待たせ、オリビエ。ほらミゲル、運んでやるから持って来い」
「ちっ……いい気になるなよ」
馬車までの距離を考えて諦めたのか、ミゲルは投げ出すようにトランクを置いた。
ミゲルのトランクもカートに載せて馬車へと向かう。
途中で、他の村からの迎えの人とすれ違ったが、執事風の人物と荷運び役らしきマッチョマンとの組み合わせだった。
荷物運びが前提なのに、俺一人に迎えに行かせるあたり、ゼオルさんも人が悪いとしか言いようがない。
馬車まで向かう間、空属性魔法の台車が余程珍しかったのか、オリビエはしきりに俺に話し掛けて来て。ミゲルの機嫌は更に悪くなっていく。
そんなに睨み付けなくても、馬車に乗れば二人きりになれるんだから、ちょっとは余裕を見せろと言ってやりたい。
馬車の荷台にミゲルとオリビエのトランクを積んで、御者台に上がろうとしたらオリビエに声を掛けられた。
「ニャンゴさんも、中に乗りませんか?」
「ごめん、監視の役目があるから、俺はこっちに乗るよ」
「そうですか……もっと、お話ししたかったんですけど、残念です」
「俺の代わりにミゲルの相手をしてやってくれるかな?」
「はい……分かりました」
オリビエは、不満げに少し頬を膨らませつつも頷いてみせた。
ほらミゲル、パス出してやったんだから、ちゃんと活かせよ。
二人がキャビンに乗り込んだのを確認して、俺も御者台に上った。
「ゼオルさん、荷物があるって言っておいて下さいよ」
「がははは、山から一人で鹿とかイノシシを運んで来るんだ、あの程度は問題ないだろう」
「まぁ、問題はなかったですけどね」
「あんまりミゲルを虐めるなよ」
「虐める? とんでもない、教育ですよ教育」
「がははは、教育か……身につきそうもないがな」
「まぁ、それは否定しませんよ」
馬車は学校を出て街の北門を目指す。
相変わらずの曇り空だが、まだ雨が落ちて来る気配はない。
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