第36話 ギルドで買取

 食料品の市場の次に向かった先は、冒険者ギルドだ。

 目的は、オークの魔石を買い取ってもらうためだ。


「ゼオルさん、買取のカウンターってどこですか?」

「おう、向こうの一番端が買取だ。オークなどの肉は別の場所だが、今はいいな」

「はい、じゃあ、ちょっと行って来ますから、先に酒場で飲んでいて良いですよ」

「いや、今日は違う店に行くから、俺は掲示板でも眺めて待ってるから、行って来い」

「分かりました」


 そろそろ夕方という時間なので、買取のカウンターには行列が出来始めていた。

 買い取られる素材は多岐に渡っていて、魔石や牙、角、肉、骨、皮、スライムの体液なんかも素材として使われるそうだ。


 買取カウンターの前に並んでいる人達は、当然価値のある素材を手に入れてきた人達で、多くは討伐帰りの冒険者だ。

 残暑厳しい中で討伐を終わらせてきた人達は、殆どが汗と埃にまみれている。


 ぶっちゃけ、かなり汗臭いし埃臭い。

 それでも、普段山に入っている時の自分は同じような感じだと、一端の冒険者気分に浸っていたら急に身体が浮き上がった。


「邪魔だ、ガキ……」

「ふぎゃ……痛たた」


 一瞬何が起こったのかと思ったが、後ろに並んでいた冒険者に襟首を掴まれて、投げ飛ばされたようだ。

 リュックを抱えたままフロアの隅まで転がされ、頭を振って起き上がると、俺が並んでいた場所で、十代後半とおぼしき馬人の冒険者が歯を剥いて笑っていた。


「君、大丈夫かい?」

「えっ、あっ、大丈夫です、このぐらい……」


 急に声を掛けられて、驚いて見上げると、三十代前半ぐらいの蜥蜴人の冒険者が心配そうな表情で、俺に手を差し出してくれていた。

 蜥蜴人は、ファンタジーで言うところのリザードマンだ。


 身長は馬人の冒険者の方が高いが、胸板や肩の筋肉は蜥蜴人の冒険者の方が発達している。

 なにより、二足歩行の大型爬虫類という見た目からして強そうだ。


「酷いことをする男だなぁ……」

「あぁ、大丈夫です、本当に大丈夫ですから」


 蜥蜴人の冒険者は、僕が立ち上がるのに手を貸した後、憤慨した表情を浮かべて馬人へと踏み出して行こうとしたので、慌てて止めた。


「そうは言うけど、俺は君が投げ飛ばされるところを見ていたんだよ」

「すみません、どうか勘弁してやって下さい」

「ふむ……どうして投げ飛ばされた君が謝るんだい?」

「あの人は、可哀相な人なんです……」

「投げ飛ばした男の方が可哀想? ますます分からないな……」

「だって、こんなにたくさんの冒険者がいるギルドの中で、猫人の俺にしかイキがれないんですよ……その証拠に、俺は投げ飛ばしたけど、牛人の冒険者さんの後ろには大人しく並んでるでしょ」

「ふはははは、君、面白いねぇ。うん、確かに君の言う通りだ」


 俺が投げ飛ばされた時点で、どうなるのか成り行きを見守っていた人達からも、クスクスと笑い声が聞えてくる。

 笑い声と視線に耐えかねた馬人の冒険者が、列を離れて食って掛かってきた。


「手前ぇ! ニャンコロのクセしやがって、舐めた口利いてんじゃねぇぞ!」

「あぁ、ごめんなさい。舐める気なんてホントに無いんです。だって、俺にまで舐められちゃったら、このギルドで最弱の存在になっちゃいますもんね」

「こいつぅ……」


 また周囲の見物人から笑い声が聞えてきて、馬人の冒険者は拳を握り締め、歯を食いしばり、顔を真っ赤にしてプルプル震えている。

 頭の血管が、切れやしないか心配になるほどだ。


 馬人の冒険者が踏み込んで来ようとする所へ、蜥蜴人の冒険者が割り込んだ。


「一部始終を見ていたが、お前の態度は感心しないな」

「何だ手前、関係無い奴はすっこんでろ!」

「関係はあるさ。同じイブーロのギルドで活動する者として、後進を思いやれないような奴は矯正しないといけないからな」

「なんだとぉ……上から目線で何ぬかしてやがる」


 頭に血が上りきった馬人の冒険者と対峙しても、蜥蜴人の冒険者には余裕が感じられる。

 たぶん、棒術の手合せをしてる時の俺とゼオルさんは、丁度こんな感じなのだろう。


 冒険者同士の血湧き肉踊る展開、これこそが冒険者ギルドだろうとワクワクしていたのだが、野次馬の一言で張り詰めた空気が霧散した。


「おいおい、Bランクのライオスに喧嘩売るとか、どこの馬鹿野郎だ?」


 野次馬の言葉を聞いた途端、馬人の冒険者の表情が変わった。

 たぶん、Bランクとはかなりのランク差があるのだろう。


「ちっ……今日はこれで勘弁してやる。あんまり調子に乗ってんじゃねぇぞ、ニャンコロ」

「はい、お互いに気を付けましょう」


 尻尾を巻いて逃げ出そうとしていた馬人の冒険者は、俺の一言を聞いて振り返ると、鬼のような形相で睨み付けて来た。


「けっ!」


 結局、馬人の冒険者は床を蹴り付けると、肩をそびやかして大股で去っていった。


「ふむ、君は外見に似合わずなかなか強そうだね」

「いえいえ、超駆け出しのFランクですよ」

「その割には、あの馬人に凄まれても全く動じていなかったじゃないか」

「まぁ周りに、もっとおっかない人が居ますからね」

「なるほど……さぁ、君の順番を空けてくれている、買取にいきたまえ」

「はい、ありがとうございました」


 騒動を見物していた冒険者達が、買取の列を空けておいてくれた。

 冒険者というと、イキがっている奴らばかりかと思ったが、親切な人もたくさんいるようだ。


 それとも、少しは冒険者として認められたのだろうか。

 買取カウンターに居たのは、色っぽいお姉さんではなく山羊人のおじさんだった。


「ほう、猫人の冒険者とは珍しい、カードを良いかな?」

「はい、カードです」

「Fランクのニャンゴ。さて、今日は何の買取を希望なのかな?」

「えっと、この魔石を……」

「ほぉ、こりゃオークの魔石じゃないか、それも四つも……まさか一人で倒したとか言うんじゃないだろうな」

「とんでもない、これは村の討伐に参加した分け前を貯めておいたものです」


 カウンターの上にオークの魔石を並べると、山羊人のおじさんは驚いていた。

 本当は、俺一人で倒したものだが、変に目立たないようにしておいた方が良いだろう。


「なるほどのぉ……オークの魔石が四つ、ゴブリンの魔石が一つだな?」

「はい、それだけです」

「買取は現金、それともギルドの口座に貯めておく、どちらにする?」

「全額口座に……それと、ついでに貯金とか出来ますか?」

「あぁ、構わんよ。オークの魔石は大銀貨七枚、ゴブリンの魔石は大銀貨一枚、全部で金貨二枚と大銀貨九枚だ」

「では、こちらの金貨一枚と大銀貨一枚を一緒に口座に入れて下さい」

「ふむ、全部で金貨四枚、間違いは無いかな?」

「はい、結構です」


 四十代ぐらいでしょうか、すっとぼけた感じの山羊人のおじさんは、意外にもテキパキと手続きを進めてくれた。

 手続きが済んだところで、順番を確保してくれた犬人の冒険者に礼を言って、カウンターの前を離れた。


「お待たせしました、ゼオルさん」

「まったく、何を遊んでいやがるんだ」

「すみません、ギルドに来ると気分が盛り上がってしまって……」

「あの程度のガキ、次は自力で叩きのめしちまえ」

「考えておきます。ところで、今日はどこの店に行くんですか?」

「おぅ、まぁ付いて来い。ガッカリはさせねえから」


 ギルドを出たゼオルさんは、通りを横切って、路地の奥へと足を踏み入れて行く。

 ゼオルさんに続いて、路地へと入って数歩歩いた時だった。

 後ろから足音が迫って来たと思ったら、ドガっと鈍い音が路地に響いた。


「うがぁ、痛ぇ……手前、何しや……ぐふぅ、がはっ!」

「そっちから襲ってきておいて、何しやがったはないでしょう」


 襲い掛って来たのは、さっきの馬人の冒険者で、ギルドの外で待ち伏せしていたのだろう。

 不意打ちで回し蹴りを放ってきたけど、足音を聞いた時点で展開しておいたシールドで脛を打って勝手にダメージを受けている。


 俺を猫人だと思って舐めきっていて隙だらけなので、空属性魔法で作った棒で鳩尾と喉を突いて転がしてやった。


「さすがだな、ニャンゴ。仕事が早いじゃないか」

「こんな銅貨一枚にもならない面倒事は、仕事じゃないですよ」


 馬人の冒険者は、喉を突かれた反動で後ろ向きに倒れ、塀に頭をぶつけて昏倒している。


「ゼオルさん、この手のチンピラって、結構いるんですか?」

「あぁ、冒険者を志す連中の中には、自分の実力、他人の実力を計れないで、こうして無様な姿を晒す奴が、毎年何人か居るもんだ。そんな事より晩飯だ、そら行くぞ」

「了解です」


 塀に寄り掛かり、白目を剥いた馬人の冒険者を置き去りにして、ゼオルさんお薦めの店を目指して路地の奥へと足を踏み入れた。

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