第32話 結末
俺達を襲撃してきたのは、オーク・ジェネラルと十一頭のオークだった。
挟撃を受けて馬車が暴走した時点で、ゼオルさんは撤退を諦めて討伐する決意を固めたそうだ。
襲い掛かってきたオークの群れに自ら飛び込んで行き、中央にいた四頭ほどを狙い、深手を負わせて動きを鈍らせると、オーク・ジェネラルとの一騎打ちに臨んだらしい。
ジェネラルに率いられた群れは、組織だった行動を取るので厄介だが、逆にジェネラルからの指示が無くなると混乱をきたして弱体化するそうだ。
「元々は、自分勝手に生きてきた連中が、力によって抑え付けられ、自分で考える力を奪われてしまうという訳だ」
「なるほど、こっちは日頃の訓練で組織だった動きが出来るし、ジェネラルの指示を封じてしまうことで、勝つ確率を上げたんですね」
「それでもニャンゴ、お前の活躍が無ければ、かなり危うかったぞ。あのまま背後から三頭に襲われていたら、こちらの連携も崩壊していたかもしれん」
「いや、無我夢中でしたし、以前オークと戦った経験が役に立っただけですよ」
実際、背後から不意打ちを食らった後は、三頭のオークを片付け終るまで周りを見る余裕は無かった。
今回の討伐で、オークの群れは殲滅出来たが、こちらも無傷では済まなかった。
俺を含めて殆どの者が怪我を負っているし、骨折した者が四名おり、その内の二名は粉砕骨折のようだ。
「三頭のオークという報告だったから、倍の六頭だった場合でも対処出来る体制を整えておいたのだが、さすがにこれほどの数とは思わなかったからな……」
ゼオルさんも、オーク・ジェネラルがいる可能性を排除しなかったものの、最初の襲撃で犠牲になったのが、馬一頭と御者だけだったので、数を読み違えたようだ。
「もしかすると、昨日の襲撃の後でオーク・ジェネラルが合流した可能性もあるが……何にしても俺が読み違えた事には変わりは無い」
こちらの世界は、現代の日本のように医療は発展していない。
レントゲンなんて存在していないから、骨折した場所を外から見て可能な限り真っ直ぐにして、添え木で固定するしかない。
単純骨折ならば、後遺症も限定的で済むのだろうが、関節の周囲を粉砕骨折した場合などは、元のようには動かないと諦めるしかない。
今回、粉砕骨折と思われる二人も、おそらく後遺症に苦しめられるだろう。
治癒魔法による治療ならば、骨折箇所を元通りに修復できるが、光属性の持ち主は少ないし大きな街にしか居ない。
アツーカ村の近辺では、イブーロの街ならば治癒士が居るが、治療費が高額すぎて一般市民では命の危機以外では断念するしかない。
オークの討伐を終えた後、遅れて駆けつけてきたキダイ村の者達から、馬車を借り受けてアツーカ村を目指している。
幌馬車の中は、来た時のピリピリした感じは無いが、空気が重く沈んでいる。
「ゼオルさん、そんなに自分を責めないで下さい。確かに手酷くやられちまったけど、命まで奪われた訳じゃない」
粉砕骨折を負った内の一人、メンブレンさんはオラシオの叔父にあたる人で、今日の討伐でもオラシオに負けておれんと張り切っていた。
メンブレンさんは、雨で柔らかくなった土に足を取られ、オークの棍棒で左膝を思い切り殴られてしまったらしい。
「だがな、メンブレン……」
「そりゃ、ちょっと不自由するようになるでしょうが、ゼオルさんが指導してくれていなかったら、あんな風にオークとは戦えてませんよ。今日みたいな状況では、全滅していたっておかしく無い。なぁ、そうだろう、みんな!」
「そうだよ。今日勝てたのはゼオルさんのおかげだぜ」
「メンブレンの足なんざ、オークの肉をしこたま食えば治っちまうって」
「そうだ、そうだ、オークを肴に浴びるほど飲むぞ!」
「お前ら……ありがとうな」
怪我人は出してしまったが、魔石は手に入ったし、倒したオークの一部はキダイ村が引き取ったので、その代金も入ってくる予定だ。
何よりも、街道の安全を回復出来たのだから、悪い話ばかりではないのだ。
アツーカ村に戻ると、もう日が暮れてしまっていたが、参加した大人達は村長宅で宴会を始めた。
俺は行きも帰りも討伐中も、魔法を使いっぱなしだったので、帰って水浴びして寝てしまった。
翌朝、目が覚めたのだが、身体がビキビキで身動きが出来なかった。
前日の打ち身によるダメージが、今日になって出て来たようだ。
どうやら、討伐に参加した大人の殆どが同じ状態だったらしい。
トイレにも這って行く有様で、ひたすら身体強化魔法を使って回復を促進しても、まともに動けるようになったのは三日後だった。
午前中に軽く棒術の素振りを行って身体を解し、午後からゼオルさんの所へ顔を出した。
「おぅ、ニャンゴ。動けるようになったか」
「はい、何とか……」
「手合わせは?」
「明後日ぐらいから……」
「分かった、まぁ入って座れ」
ゼオルさんは竈に火を入れてお湯を沸かしながら、テーブルの上に革袋を置いた。
「ニャンゴ、お前の取り分だ。肉は持ち帰れなかったから、その分は諦めろ」
革袋の中には、オークの魔石が三個入っていた。
「討伐の成果は、山分けじゃないんですか?」
「そういう時もあるが、今回オーク三頭を倒したのは、間違いなくお前だ。それに、最初の丸太や石を防いだのもお前だし、その他に雨避けも務めてくれたから、本来ならもっと多くても良いとは思うが……」
「いえ、これで良いですよ。怪我の酷かった人もいますし、文句は無いです」
「そうか、スマンな」
オークの魔石は、イブーロのギルドに持ち込めば大銀貨七枚程度になるが、同じ金額で村が買い取るのは難しいそうだ。
村が買い取っても、村の中での需要が少ないので、結局は買い取りに出す事になる。
ギルドのように販路を持っている者ならば、大銀貨七枚の相場で買い取れるが、販路を持たない村では同じ価格では赤字が出てしまう。
討伐に参加した村の大人達には、一時金が渡されていて、残りは魔石を売却した後に頭割りして支払われるそうだ。
「まぁ、魔石のままの方が村にとっても、お前にとっても取り分が多くなるってことだ」
「ゼオルさん、オークの魔石一個で、イブーロの街なら何日ぐらい滞在出来ますかね?」
「飲まず、食わずで、ただ宿を確保するだけならば、二ヶ月ぐらいは住めるだろうな」
「じゃあ、オークの魔石があれば、一ヶ月ぐらいは暮していけますよね?」
「まぁ、贅沢しなければ、余裕だろう」
現状の俺の手持ち資産は、オークの魔石が四個、ゴブリンの魔石一個、大銀貨三枚、その他銀貨と銅貨を合わせて大銀貨二枚分程度だ。
節約すれば、半年程度は暮せるだろう。
だが、イブーロに拠点を移すならば、安定した収入を得られるようにしたい。
イブーロの街の近くには牧場が多く、魔物の討伐依頼はたくさんあったので、仕事には困らないだろうが、現状では仕留めた魔物を持ち帰る方法が無い。
オークの場合、魔石の値段よりも肉の価値の方が高いのだから、それを毎回捨てて来るのは余りにも勿体無い。
「自分で運搬する方法が無ければ、パーティーを組むんだな」
「なるほど、運搬を手伝ってくれる仲間を探す訳ですね」
「そうだが……ニャンゴ、お前の場合は難しいかもしれんな」
「えっ、あぁ……猫人だから、ですね?」
ゼオルさんは、無言で頷いてみせた。
冒険者になる者は、九割以上が体格の大きな人種だ。
俺のような猫人は、身体を使った戦闘でも、魔法を使った戦闘でも劣っていると思われているので、仲間にするメリットが感じられないのだ。
「なるほど、確かに俺が別の人種で、猫人が仲間にしてくれって言って来たら、たぶん断わると思いますよ」
「勘違いするなよ、ニャンゴ。お前は、もう一端の冒険者としてやっていけるだけの実力を持っている。だが、身体が小さいというハンデは、どうしても付いて回るものだ」
「そうですね。別に、今すぐ街に行って冒険者になる訳じゃないので、もう少し対策を考えてみます。実際、俺だけでオークを運べる方法を考えれば、何の問題もないですしね」
「がははは、その通りだ。お前の魔法なら、何か良い方法を見つけられるんじゃないか?」
「あぁ、そうか、そうですよね。うん、何か考えてみよう」
確かな自信と新たな課題を残して、オークの討伐は幕を下ろした。
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