第33話 猟師はじめました
オークの討伐に出掛けてから一ヶ月程が経ち、村には本格的な夏が訪れた。
俺は、相変わらずモリネズミの捕獲と薬草採取、棒術の訓練に魔法の練習と忙しい日々を送っている。
まぁ、一日の大半は涼しい沢沿いで過ごしているから、村の中にいる人よりはマシだろう。
早朝、涼しいうちに家を出て、ゼオルさんとの手合わせなどの用事が無い限り、夕方になるまで村には戻らない生活だ。
この生活パターンをゼオルさんに話したら、随分と羨ましがられた。
村長に雇われている形のゼオルさんは、何か起こった時のために備えて、村からは離れられないのだ。
腹いせとばかりに棒術の手合わせが厳しくなったけど、俺にとっては望むところだ。
オラシオには返事を出したが、あれきり手紙は届いていない。
訓練が厳しくて、手紙を出す余裕が無いのだろうか。
まぁ、便りが無いのは無事の知らせとも言うので、気長に待っている。
頭を悩ませていた獲物の運搬方法だが、あっさりと解決法が見つかった。
シールド、ステップ、そしてコロを作れば、済む話だった。
足場となるステップは、雨の日にゼオルさんと手合わせをする時、二人が動き回れるぐらい広く丈夫に作れるようになっている。
シールドは、ゼオルさんが剣で斬りつけても壊れない強度がある。
後は、この二つの間にコロとなる棒を設置すれば、重たい物でも楽に転がして行ける。
しかも、足場の設置は自由自在なのだから、道に穴が開いていようが、途中に川が流れていようが全く問題無い。
シールドの上に押し上げる程度ならば、身体強化魔法をフル活用すれば、何とかなるはずだ。
まずは試しに、山の中から丸太を運び出してみた。
自分の体重の五倍以上ありそうな倒木を、ステップ、コロを設置済みのシールドの上へ、身体強化魔法で押し上げた。
シールドとコロの固定を解いて動かすと、思ったよりも軽い力で動きだした。
動きだしたのは良かったが、次のコロの設置が遅れて、ステップの上にシールドが落ちてしまった。
こうなると、最初からやり直しだ。
今度は、コロを設置するタイミングに気を付けていたのだが、シールドの上から倒木が転げ落ちてしまった。
当然、最初からやり直しだ。
次は、倒木を空属性魔法でシールドに固定して、コロの設置に気を付けて動かすと、今度こそ上手くいった。
これならば、俺一人でも討伐したオークを運んでいけそうだ。
倒木を押し進めながら、ふと思い付いた事がある。
足場となっているステップを、山の傾斜を使って下り坂にすれば、押さずに荷物を運べるのではないかと。
多少スピードが上がっても、コロの設置とステップの傾斜角にだけ気を付ければ問題無いはずだと思ったのだが……そんなに甘くはなかった。
「おぉ、次のコロ、次のコロ……やべ、速過ぎ、コロ、コロ、コロ……おわぁぁぁ……」
コロの設置と傾斜の管理を一度に行えるはずもなく、速度が上がり過ぎて倒木がすっ飛んで行った。
勢いの付いた倒木は、速度を落とさず斜面を転げ落ちて、途中で若い木を数本薙ぎ倒してようやく止まった。
「ふぅ……誰も居なくて良かった」
結局、コロを次々に設置するのは面倒なので、台車を作ることにした。
土台、シャフト、ローラーだけのシンプルな構造だが、形を決めて練習すれば、いつでも使えるし、コロを置く手間も省けた。
あとは、ステップの傾斜だけ気を付ければ良いし、良く考えてみると、これはゴブリンの心臓を食った時の滑り台みたいなものだ。
傾斜を抑え気味にして、カーブにはバンクを設置すると、安全に山から村まで運べるようになった。
夕方、沢から村に戻る時は、台車に乗って沢の上をガーと滑り下りる。
魔法の練習にもなるし、なによりも楽ちんだ。
魔物の処理方法についても考えてみた。
血抜きに関しては、基本的にモリネズミの場合と変わらないだろう。
後ろ足を縛って吊るし、首の太い血管を切って血を抜くのだが、俺がオークを仕留める場合はデスチョーカーを使うと思うので、倒した時点でかなりの出血をしているはずだ。
できれば、すぐにでもオークを吊るしたいところだが、そんな都合良く木が生えているわけじゃないので、吊るし台も試作してみた。
台と言っても、空属性魔法で作って固定した物は、壊れない限り動かないので、太い棒を空中に固定するだけだ。
ただ、それだけでは能が無いので、滑車を作った。
滑車は、台車を作った時の経験を元にしたので、比較的簡単に作れたし、何よりも重たい物を楽に吊り上げられる。
現状、ロープは普通のロープを使っているが、いずれはこれも空属性で作れるようにするつもりだ。
獲物を狩って、血抜きや解体をする時に、忘れてはいけない事がある。
それは、焚き火をして血の臭いと共に煙を流し、火の気配を漂わせることだ。
「ふふん、火をつけるだけなら、もう魔道具は必要ないもんね」
空属性魔法を使って魔法陣を作り、火をつけることと、水を出すことはマスターしてある。
威力の調整をして攻撃魔法への転用は、まだ練習中だが、風の魔法陣もマスターしている。
空属性魔法で円筒形の容器を作り、落ち葉や枯れ枝を詰め、最後に底の部分に小さな火の魔道具を作る。
煙が上がり始めたのを確認したら、水の魔道具での消火も確認しておいた。
「後は、穴堀り?」
血抜きをする時には、流れ出た血が広がらないように穴を掘るのだが、こいつが厄介だ。
猫人の身体だと、深い穴を掘るのは大変なのだ。
「要するに、血が広がらなきゃ良いんだし、それならバケツかタライを用意すれば良くね?」
空属性魔法で、血を溜めておく容器を作り、作業を終えて離れたら壊せば良いだろう。
順番を追って考えてみると、まずオークを倒したら、焚き火をする。
次にオークを吊るして血抜きを行うが、必要になるのは吊るす棒、滑車、ロープ、そして血を受ける容器だ。
血抜きが終ったら、容器をどかしてオークを下ろす。
「あぁ、この時に出来れば台車の上に下ろせば良いのか」
ステップと台車を作って、その上にオークを下ろせば載せなおす手間が省けるだろう。
手順が固まったので、狩りを実践する前にロープ作りにはげんだ。
血抜きをする時に、獲物を吊り上げる時に使うつもりだが、そもそも目に見えないロープほど罠に最適なアイテムは無いだろう。
実際のロープと比較し、前世のワイヤーロープとか登山用のザイルなどのイメージもプラスして、何種類かのロープを用意した。
あとは、実際に狩りをしてみて、問題点を手直しするしかなさそうだが、いきなりオークは大変そうなので、獣を狩って経験を積むことにする。
最初の獲物は、若い牡鹿だった。
沢の上流近くの林の中で、棒術の素振りをしていたら、遠くからこちらを見ているのに気付いた。
素振りを中断して、更に上流の方へと移動すると、鹿は沢へと下りて行った。
どうやら水を飲みに来たらしい。
沢に下りて水を飲み始めた鹿に、ステップを使って移動しながら近付いていくと、30メートルほどの距離で気付かれた。
鹿は、こちらを警戒するように、頭を上げてジーっと視線を向けて来る。
「悪いな、その格好は俺に殺してくれって言ってるようなもんだ。デスチョーカー・タイプRR」
タイプRRは、タイプRの槍を繋いでいた輪を省略したものだ。
空属性魔法で作ったものは、大きく破損すると全体が壊れて霧散してしまう。
オーク・ジェネラルにタイプRを使った時、槍を一本壊されたことで、全体が壊れてしまったのだ。
そこで今度は、八本の槍を独立して形成するようにした。
これなら一本を壊されても、残りの七本は健在のままだ。
水飲みを再開しようとした鹿は、チクリと刺さった痛みに驚いて跳ね、逆側の槍に首を深々と突き刺した。
後は、痛みから逃げようとする度に別の槍に突っ込み、首筋から血を吹きながら膝を折り、そのまま動かなくなった。
鹿が息絶えているのを確認して焚き火をしたら、後ろ脚を縛り、頭が沢の上に来るようにして吊るす。
血が抜けるのを待って台車に載せたら、コースを作って沢の上を下って行く。
向かった先は沢の流れが緩やかになる淵で、後ろ脚に普通のロープを結び付けて鹿を沈めた。
死んだ直後の獣は体温が上がるそうで、熱が取れるまで川で冷やすと肉が美味くなるらしい。
翌朝、鹿を取りに戻る前にゼオルさんに声を掛けておいた。
村まで持ち帰る方法は確立したが、解体は一人では出来そうもないからだ。
「ほぉ、ここまでは一人で持って来るのか?」
「はい、解体だけ手伝ってもらえませんか? 勿論、肉のお裾分けはしますよ。と言うか、ここで解体を始めたら、また宴会でしょうね」
「そうだな、村長からいくらか出るように交渉しておいてやる」
「よろしくお願いします」
話をつけた後、淵まで戻って鹿を滑車で吊り上げ、台車の上へと乗せた。
「では、レッツゴー!」
アツーカ村は、日本のように高い建物も電柱も電線も無いので、傾斜の度合いだけ気を付ければ、沢の上を通って村まで下りて、畑の上を通過して村長の家の庭まで、ノンストップのコースを設定出来る。
鹿と一緒に台車に乗って、空中を滑るように進んでいくと、畑仕事をしている村の人達が驚いて見上げていた。
「がはははは、こいつは驚いた。まさか空を飛んで来るとは思わなかったぞ」
「飛ぶと言うよりは、転がって来たんですけどね」
ステップと台車の仕組みを説明すると、俺も乗せろと言われてしまった。
ゼオルさん、そんなに退屈してるなら、冒険者に戻った方が良くないか。
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