第31話 挟撃
オーク討伐に向かう朝は、やはり雨模様だった。
土砂降りではないのだが、細かい雨が風に乗って吹き付けてくるのが鬱陶しい。
討伐に参加する村人は十五名、全員が革鎧を身に着け、雨合羽を着こんでいる。
むわっとする気温と湿度なので、立っているだけで汗が吹き出しているようだ。
「全員用意はいいな。相手はオークだ、ゴブリンみたいに簡単じゃねぇが、人数を揃えて掛かれば倒せる相手だ。五人組、三人組、どちらでも混乱せずに動けるように、馬車の中で最終確認をしておけ。では、乗り込め!」
幌馬車の荷台の左右に七人ずつ、余った一人は一番後ろに寄り掛かっている。
皆、雨合羽を脱いで汗を拭い、少しホッとした表情を浮かべていた。
御者台の左側にはゼオルさん、右側に俺が座り、周囲を警戒しながら進む。
昨日、オークが出没したのはアツーカとキダイのちょうど真ん中辺りだったそうだが、油断は出来ない。
オークどもが移動している可能性は十分に考えられるのだ。
「ニャンゴ、身体強化も使って見張れ。街道にいる俺達と、森に身を潜めているオークでは、どれだけ早いタイミングで発見出来るかが、後の状況を左右するからな」
「了解です……」
と言ったものの、雨で周囲の景色は霞んで見える。
探知魔法を試してみたが、立木や灌木が邪魔をして、発見出来そうもない。
街道の両側は、草地が広がっている場所もあれば、森が近くまで迫っている場所もある。
雨に煙る森は薄暗く、いつもなら何でもない道なのに、今にも何かが飛び出してきそうで不気味に感じてしまう。
「そんなに硬くなるな……と言っても難しいだろが、オークどもが隠れているのは森とは限らん。草地の窪みに伏せて、待ち構えている場合もあるからな」
「そういうのは、どうやって見破るんですか?」
「棒術の隙と一緒だ。俺達は神様じゃねぇからな、全部を見破るなんて出来やしない。見破る努力はするが、見破れなかった時にも備えておけ」
「なるほど……分かりました」
去年の今頃の俺では、接近を許したオークの攻撃を防ぐ術は無かったが、空属性魔法の強度が上がった今ならば、反撃する手立てもある。
後は、急な事態が起こってもパニックにならず、冷静に的確に行動出来るように心構えをしておくだけだ。
出発してから二時間ほどが経過したが、オークらしき影は見当たらなかった。
昨日、馬一頭と御者を餌食にしているので、今日は現れないのではないかと思い始めていたが、ゼオルさんは全く別の事を考えていた。
「全員準備を始めろ。今のうちにしっかり水を飲んでおけよ。戦いが始まったら、水を飲む余裕は無いぞ」
御者台から振り返ったゼオルさんが放った一言で、幌馬車の中の空気が一気に張り詰めた。
参加する十五人の村人は、馬車に乗り込んだ時点で雨合羽を脱いでいるが、再び着込むことはない。
「ゼオルさん、オークはどこですか?」
「まだ見えてねぇ。見えてはいないが……近いぞ」
「えっ、それって……」
「ふふん、勘だ、勘」
ゼオルさんは、ニヤリと口元を緩めたが、目には尋常ではない光が宿っている。
そして、ゼオルさんの警告から五分と経たずに襲撃が始まった。
「ブルッヒィィィン!」
いきなり目の前に降って来た丸太に驚いて、馬車を曳いていた馬が棹立ちになる。
「来たぞ! 左の森だ!」
鬱蒼と茂る灌木の向こう側から、太い枝や砕いた丸太、石などが飛んで来る。
「ウォール!」
幌馬車と馬を守るように空気の壁を作る。
魔素暴走を乗り越えたおかげで、広範囲に展開させても強度は十分だ。
単純に硬さだけを追求していたら壊れていたかもしれないが、割れにくいように弾力性を持たせてある。
これまで硬いものから柔らかいものまで、素材の工夫を凝らしてきた成果だ。
「ニャンゴ、お前がやってるのか?」
「この程度の攻撃は通しませんよ」
「いいぞ、この攻撃が止めば、オークどもが突っ込んで来るはずだ、三人組で準備しろ!」
「おぉ!」
御者台から飛び降りたゼオルさんに続いて、村の男達が槍を片手に馬車を降り、三人一組の塊を五つ形作る。
前に二人、後ろに一人、三人で一頭のオークを相手にする形だ。
茂みの中から、こちらに向けて投げつけられていた物がピタリと止んだ。
辺りを強くなり始めた雨の音が支配する。
「ブモォォォォォ!」
「来るぞ! 気合い入れろ!」
「うぉぉぉぉぉ!」
茂みの奥から響いて来たオークの咆哮に、村の男達が雄叫びを返す。
「ブモォォォ!」
突然背後から聞こえたオークの叫びに反応出来たのは、日頃の棒術の訓練の成果だろう。
咄嗟に馬車の中へと飛び込んだ直後、俺のいた御者台はオークの棍棒で粉砕された。
御者台が砕ける大きな音で馬が暴れ、車止めの外れた馬車が暴走を始める。
ステップを使って体勢を立て直し、馬車の後ろから飛び出すと、別のオークと鉢合わせになってしまった。
「ブフゥゥゥ!」
「シールド! ふぎゃぁ!」
オークの棍棒をシールドで防いだが、背後から接近してきた別のオークから、棍棒の一撃を食らってしまった。
バットで打たれたボールのように、身体が宙を舞う。
街道脇の草地に叩き付けられ、ゴロゴロと転がったところへ、更に別のオークが迫ってくる。
「ぐぅぅ……ランス!」
あちこち痛む身体を無理やり引き起こして、突っ込んで来たオークの直前に馬上槍を模した円錐形の槍を形成して迎え撃った。
「ブギィィィィィ!」
鳩尾から背中まで貫かれたオークは、見えない槍を握って動きを止めた。
俺がどうにか動けているのは、御者台を襲撃された直後、馬車の中へと飛び込みながら空属性魔法のフルアーマーを着込んでおいたからだ。
身体のあちこちが悲鳴を上げているが、今は休んでいる場合ではない。
ランスで動きを止めたオークの後ろから、別のオークが迫って来る。
「サミング!」
「ブギッ、ギヒィィィ……」
「からの……デスチョーカー・タイプR」
「グフッ……ブィ……ギィィ……」
デスチョーカーの改良版は、円形の刃ではなく、八本の槍の穂先を前後左右斜めから内側に向けて並べ、強固な輪で繋いだものだ。
名前があれなのは、まぁ察してくれ。
この形ならば、より鋭く、より深く突き刺さり、オークの首でも深刻なダメージを与えられる。
実際、身体が揺れる度にザクザクと槍が突き刺さり、オークの上半身は見る間に真っ赤に染め上げられた。
ランスで動きを止めたオークにも、デスチョーカー・タイプRを嵌めてからランスを消去。
支えを失ったオークの体は、その重さ故にデスチョーカーの餌食となった。
「ブモォォォォォ!」
御者台を粉砕し、俺をピンポン球みたいに殴り飛ばしたオークは、村の連中に後ろから襲い掛かろうとしていた。
「させっかよ! シールド!」
「ブギィ!」
見えない盾で顔面を強打したオークは、鼻っ柱を押さえて後ろによろけた。
ステップと身体強化魔法を併用して、一気にオークへと駆け寄る。
「スピアー!」
スピードと体重を乗せて、幅広の槍の穂先を左斜め後ろからオークの胴体へと突き立てる。
穂先の根元まで突き刺さった直後に、槍の柄を円を描くように大きく回して内臓を抉ってやった。
「ブヒィィィィィ……」
悲鳴を上げたオークは、振り向いて俺の姿を確認し、襲い掛ってこようとして顔を歪めて脇腹を押さえた。
ドクドクと溢れた血はオークの左足を伝い、雨に濡れた地面に赤い染みを広げ始めている。
「そら、ここまでおいで!」
「ブフゥゥゥ!」
十メートルほどの距離を取り、背中を向けて尻尾を振ってやると、オークは怒りの咆哮を上げて突っ込んで来た。
「ランス!」
「グフッ……」
「デスチョーカー・タイプR」
「グギィ……ガフッ……」
ランスからの一連の流れは、突っ込んで来るオークには鉄板の攻略パターンと言っても過言ではないだろう。
上半身を真っ赤に染めたオークの瞳から、光が消えるのを確認してデスチョーカーを解除した。
こちらを襲ってきた三頭のオークは片付けたが、村の連中とオークの戦いは続いていた。
倒れて動かないオークの姿もあるが、同様に倒れたまま起き上がれない村人の姿もある。
「出過ぎるな、削れ、削れ!」
「ブゥゥブヒィィィ!」
「おら、こっちだ。そらそらそら!」
「ほら、隙あり!」
村の男達は、残った三頭のオークを分断し、三、四人で囲んで翻弄しているようだ。
既にオークの身体は血で染まっていて、討伐は時間の問題だろう。
「あれっ? ゼオルさんは……?」
草地を見回してもゼオルさんの姿が見えない。
まさか、オークにやられたりはしていないだろうと思いつつ、更に奥へと視線を向けると、ゼオルさんの姿は森の中にあった。
ゼオルさんは、一際大きな身体のオークと五メートルほどの距離で睨み合っていた。
周りには、切り倒された木の幹が転がっているし、立っている木の多くにも深い傷が刻まれていた。
ゼオルさんが手にしているのは、柄の短い槍で、良く見ると元は長かった柄が斬り落とされたものらしい。
驚いた事にゼオルさんと対峙するオークは、錆びた戦斧を握っていた。
皮膚の色も赤銅色で、どうやらこいつが、オークジェネラルってやつらしい。
まぁ、ジェネラルだろうがキングだろうが倒すだけだが、キダイまで引っ張って行くんじゃなかったの?
「デスチョーカー・タイプR……ゼオルさん、手伝いますよ」
「ニャンゴか、無事だったか」
ゼオルさんは、オーク・ジェネラルに視線を向けたまま声だけを掛けてきた。
「あちこち痛いですけど、まぁ、何とか……」
「上出来だ!」
「ブギッ? ギィ……ブフゥ……ガァ……」
突然、首の周囲から血を流し始めたオーク・ジェネラルを見て、ゼオルさんが俺に視線を向けた。
「おいおい、こりゃどうなってんだ?」
「首の周りを槍で囲んであるんで、もうこれで終わり……」
「ブフゥゥゥゥゥ!」
オーク・ジェネラルは雄叫びを上げると、首の周囲を取り囲んでいた槍を握り潰した。
見えていないはずだし、刃に触れた手は血塗れだが、全く頓着していない。
「うっそだろう、こんだけ強化されてるのに……」
「ニャンゴ、離れた所から援護しろ。隙が出来たら、俺が仕留める」
「了解です」
オーク・ジェネラルは致命傷こそ逃れたものの、やはり首から酷く出血している。
だが、もともと身体が雨で濡れているせいか、出血自体を気にしていないようだ。
「ブゥゥ……ブゥゥゥ……」
オーク・ジェネラルは、乱れた呼吸を静めるように、ゆっくりと息をしていたが、ぐっと戦斧を握り直すと、ゼオルさん目掛けて踏み込んで行った。
「ブレード!」
「ブギィィィ!」
バスターソードをイメージした厚い刃を作って迎え撃つと、オーク・ジェネラルの腕は、己の体重と戦斧の重さによって圧し折られた。
「これで終わりだ!」
戦斧を失って動揺するオーク・ジェネラルに、疾風のごとく走り寄ったゼオルさんが、左の胸に深々と槍を突き入れる。
「ブグゥゥゥ……アァァァァ!」
オーク・ジェネラルが力任せに槍を引き抜くと、噴水のように血が吹き出した。
ゼオルさんは腰に吊っていたナイフを引き抜き、油断無く見守っている。
「ブモォォォォォ!」
オーク・ジェネラルは雄叫びを上げて突進して行ったが、ゼオルさんは流れるような足捌きであっさりと躱してみせた。
轟音と共に、樹齢五十年以上はありそうな木を薙ぎ倒したオーク・ジェネラルは、そのまま二度と起き上がってこなかった。
急に静けさを取り戻した林の中で、ゼオルさんは油断無くナイフを構え続けていたが、ふっと緊張を解くと俺に視線を向けてニヤリと笑みを浮かべてみせた。
土砂降りとなった雨が木の葉を叩く音の向こうから、村の男達の勝ち鬨が聞えてくる。
どうやら、向こうのオークも片付いたようだ。
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