第29話 オラシオからの手紙

 イノシシ狩りの数日後、オラシオから手紙が届いた。

 両親に宛てた手紙に、俺宛の手紙が同封されていたそうだ。

 こちらの世界で初めてもらった手紙は、オラシオらしい几帳面な文字で書かれていた。



 ニャンゴ、元気にしていますか。

 僕は、元気にしています。


 王都は、ニャンゴが言ってた通り凄い街です。

 アツーカ村の周りの山よりも、もっと広くて、お城とか、お屋敷とか、すごい建物がいっぱいです。

 

 ニャンゴが遊びに来るまでに、王都を案内出来るようになりたいけど、まだ王都の端にある訓練学校から殆ど外に出ていません。

 外に出たのは、騎士団の荷物運びに行った時だけで、当分案内出来るようになれそうもありません。


 騎士になるための訓練は、とても厳しくて、辛くて、何度も泣いてしまいました。

 でも辛い時は、ニャンゴに貰った魔道具に火を灯しています。


 魔道具の炎を見ていると、村の風景や、巣立ちの日にニャンゴと回ったお祭りを思い出します。

 炎の中からニャンゴが、頑張れ、必ず騎士になれって励ましてくれてるようで、いつも元気になります。


 これからも厳しい訓練が続くと思うけど、ニャンゴとの約束を守って、必ず騎士になるから、いつか王都に遊びに来て下さい。

 また会える日を楽しみにしています。


 オラシオより



 ゼオルさんから聞いた話では、騎士見習いは基礎体力を付けるために、ひたすらトレーニングをやらされるそうだ。

 オラシオは、気は優しくて力持ちタイプだが、力があると言っても村の子供の中では……というレベルだし、騎士になるためには相当しごかれているのだろう。


 泣きべそをかきながら、じっと魔道具の火を見詰めているオラシオの姿を想像すると、本当に大丈夫なのか心配になってくる。

 田舎者だと馬鹿にされたり、虐められたりしていないか、前世の自分を思い出すと不安になってくる。


 それでも、俺との約束を守って必ず騎士になるって、力強く書いているのだから、その言葉を信じよう。

 そして俺も約束を守れるように、王都まで旅が出来るような一人前の冒険者になると思いを新たにした。


 オラシオから手紙を受け取った翌日は、棒術の手合わせの日だったが、やる気が空回りしてボコボコにやられた。


「今日は、ここまで」

「ありがとうございました」

「何があったか知らんが、急に強くなったりしねぇぞ」

「ですよねぇ……」

「水でもかぶって、頭冷やして来い……」


 新緑が眩しい季節になり、稽古を終えると汗と埃でドロドロになるので、井戸で水浴びさせてもらい、お茶をご馳走になってから帰るのが最近のパターンだ。

 最初は、何の薬湯かと思うような腕前だったけど、最近のゼオルさんが淹れるお茶は、お世辞抜きに美味しい。


「ゼオルさん、魔道具って何なんですかね?」

「なんでぇ、いきなり変なことを聞きやがるな」

「魔物とか獣の討伐をするなら、水の魔道具とか持っていた方が良いかと思って」


 オークを倒した時に魔道具の必要性を感じたが、そもそも魔道具についての知識が不足しているのに気付き、お茶を飲みながら質問してみた。


「そうだな。ニャンゴは空属性だから、解体の時に付いた血を洗い流すには、水の魔道具を持っていた方が良いな」

「俺も、そう思って、次にイブーロの街に行く機会があったら、魔道具屋を覗いてみようかと思ってるんですが……何を基準に選べば良いのか分からなくて」

「あぁ、なるほどな。それなら、俺が持ってるやつを見せてやる」


 ゼオルさんの離れに置かれている魔道具は、全部で四種類だった。

 水の魔道具、火の魔道具、明かりの魔道具、最後の一つが風の魔道具だ。


「俺は、風属性だから風の魔道具は必要ないが、こいつは置いてあったもんだ」


 俺の家は、水は井戸、火は母親の魔法、明かりはランプ、風は団扇を使っていて魔道具は存在していない。

 魔道具の値段は、驚くほど高価なものではないのだから、別に貧しい家でも買えない値段ではないが、無くても何とかなっている。


「この水の魔道具は、魔石でも自分で魔力を流しても使えるタイプだ。解体の時は、この紐で木の幹とかに括り付け、下のこの部分に魔石が接触するようにして、水を出しっぱなしにして使う」


 水の魔道具は、幅5センチ、長さ15センチ、厚さが2センチ程度の板状で、端に開けられた穴には革紐が通してある。

 材質は、滑らかに加工された石材で、革紐の反対側には魔法陣が刻まれてある。


 魔法陣は、複数の同心円と複雑な模様で構成されていて、一番外側の円からは持ち手側に向かって一本の線が延びている。

 パッと見た感じは、オタクなペロペロキャンディーという感じだ。


「俺も詳しいことまでは知らんが、この魔法陣の部分は魔物の角や牙などの魔素を通しやすい材質で作られているそうだ。この魔法陣に魔素が流れると魔法が発動するらしい」

「なるほど、ちょっと使ってみても良いですか」

「あぁ、構わないが、ここだと部屋が水浸しになるから、流しか庭でやってくれ」


 庭に出て、魔道具の持ち手を握り、魔素を循環させるようにイメージすると、魔法陣の部分から水が溢れ出した。

 身体強化魔法の要領で、魔素を余分に押し込もうとしたが、一定の量までしか入らなかった。


 魔法陣から伸びている線の部分が魔素を流し込む導線のようで、ここに魔石を押し当てても魔道具を使える。

 火の魔道具も、明かりの魔道具も、風の魔道具も基本的な構造は同じだ。


「違いは、魔法陣の大きさと模様ですか?」

「そうだ、一般的に魔法陣が大きいほど、魔素を通しやすい材質ほど魔法の威力は増す。魔法陣の模様は、魔法の種類によって異なっている」


 確かに見比べてみると、どの魔法陣も模様が全然異なっている。

 魔法陣の模様は複雑で、陣の正確性も効率に影響を与えるらしい。


「ゼオルさん、この魔法陣の模様、書き写しても良いですかね」

「それは構わないが、お前、自分で魔道具を作るつもりなのか?」

「いや、自作は難しいと思うけど、ちょっと確かめてみたいので」


 この国では、まだ紙もインクも高価なので、失敗しないように慎重に魔法陣を描き写した。


 翌日、描き写した魔法陣を持って、川原へ足を運んだ。

 空属性魔法で作った棒を使って、川原に火の魔法陣を描く。


 極力歪みが無い、綺麗な形になるように、三回ほど描き直した。

 当然、川原の土に描いても、火が着いたりはしない。


「それじゃあ、これならどうだ?」


 川原に描かれた魔法陣をトレースするように、空属性魔法で魔法陣の形に空気を固めてみた。

 紙のようにペラペラではなく、直径10センチ、厚さ3センチぐらいに空気を固めて魔法陣を作ると、ボンっという音と共に炎が吹き上がった。


「おぉぉぉぉ! 凄ぇ、マジで火が着いた……」


 魔道具を見ている時に、魔素を含んでいる空気を魔法陣の形に固めれば、魔法が発動するのではと思い付いたのだが、こんなに上手くいくとは思わなかった。

 火の魔法陣だけでなく、水の魔法陣も、明かりの魔法陣も、風の魔法陣も試してみたが、どの魔法陣もちゃんと発動した。


「凄ぇ、魔道具買わないで済んだ。てか、これって他の属性魔法まで使えるみたいじゃん」


 この世界では、属性魔法は一人一種類しか使えない。

 これまで多くの人が研究し、挑戦し続けてきたが、複数の属性を操れた人は、過去には一人もいないそうだ。


 この空属性魔法による魔法陣を、いつでも使えるようになれば、正確には刻印魔法を使っているのだけれど、一人で複数属性を操っているように見えなくも無いだろう。


「あーっ……でも悪目立ちするから、人前では使わない方が良いのかな?」


 世界初とか、世界で唯一とかになると、変な妬みや恨みを買いそうな気もするので、止むを得ない場合以外では、人に見せるのは止めた。

 練習も、人目につかない場所でやることにする。


 更に検証してみると、魔法陣の大きさや固めた空気の強度によって発動する魔法の威力が変わり、魔法陣の厚さによって持続時間が変わるようだ。

 試しに、火の魔法陣と風の魔法陣を重ねてみると、炎が高く噴き上げられた。


 これは、形状とか威力を調整すれば、バーナーとか、ドライヤーみたいなものも作れるかもしれない。

 冬場の風呂の後、毛を乾かすのに、是非ともドライヤーは実現させたい。


 魔法陣の組み合わせは、風と水でも可能で、調整次第で高圧の水流や、ドライミストのようなものも作れそうな気がする。

 ただし、火と水の魔法陣を組み合わせて、お湯を作ろうとしてみたが、これは上手く行かなかった。


 魔法陣によっては相性が悪く、組み合わせられないものもあるようだが、これ以外にも使われている魔法陣はあるし、可能性は無限大と言っても過言ではないだろう。

 ただ、魔法陣の模様は複雑で、見本無しでは作れる気がしない。


 解体の時や、野営で火を起こすみたいな状況ならば、見本を見ながらでも大丈夫だろうが、戦闘に活用するならば瞬時に、しかも自由自在な大きさで作れなければならない。


「てか、これを戦闘に使わないとか有り得ないでしょう。こいつをマスターして、オラシオの度肝を抜くような冒険者になってやろうじゃんか」


 とにかく、たくさんの種類の魔法陣を正確に覚えて、瞬時に形作れるように練習する。

 新たな課題は、大変そうだがチャレンジする価値はありそうだ。

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