第24話 ギルドの酒場

 イブーロの街に着いた頃には、雨は本降りになっていた。


「見ろよニャンゴ、道行く連中が目を丸くして見てやがるぜ」


 強い雨の中でも、濡れずに馬車を走らせている俺達を見れば、街の人が驚くのも当然だろう。

 村長たちの定宿に着いた時には、馬車と宿の入口との間に空属性魔法で屋根を作った。


「こいつは驚いた。空属性魔法で、こんな事が出来るのか」

「お爺様、足下も……」


 道には水が溜まり始めていたので、シールドを応用して厚さ10センチほどの板を渡した。

 勿論、表面は滑りにくい材質で作ってある。


「どうだミゲル、ニャンゴは役に立っておるぞ」

「こ、こんなの雨の日以外は役に立たないよ」


 ミゲル以外の三人は、俺の空属性魔法が気に入ったらしい。

 中でもオリビエがキラキラした視線を向けてくるのだが、ミゲルが妬んで面倒な事になりそうなので、ほどほどにしてもらいたい。


 キダイ村の村長の孫オリビエは、春からはイブーロにある学校に通うらしい。

 通うといっても、キダイ村からは馬車で半日も掛かるので、寄宿舎に入るそうだ。


 この話を聞いたミゲルは、自分も通いたいと言い出した。

 編入するには学力試験があるそうで、一定の点数が取れなければ、二学年に編入ではなく新入生として入学という形になるらしい。


 それでも構わないらしく、明日はミゲルもイブーロの学校へ行って試験を受けるそうだ。

 まぁ、オリビエと一緒に過ごしたいミゲルにとっては、そっちの方が好都合なのだろう。


 村長にしてみれば、理由はどうあれ親元を離れて生活する事で、ミゲルのわがままな性格が矯正出来ればと考えているのかもしれない。

 俺にとっても、目障りなミゲルが村から居なくなるのは大歓迎だ。


 これらの話は、例の空属性魔法を使った盗聴スキルで、馬車の内部の話を聞いたものだ。

 ゼオルさんにも、馬車内部の四人にも気付かれた様子は無いし、音質もかなりクリアーになっている。


 後は映像も見られるようになれば文句無しだが、現状でもかなり使える魔法だ。

 引き続き、小型化と高感度化には取り組んでいこう。


 宿の中では、村長達とは別行動だ。

 側に居なくちゃ護衛は務まらないが、この宿には腕利きの警備の者が居るらしい。


「おい、ニャンゴ。ちょっと付き合え」

「どこかに出掛けるんですか?」

「ギルドの酒場だ」

「お供します」


 ゼオルさんは、村長からの夕食の誘いを断わって、ギルドの酒場に情報収集に向かうそうだ。

 夕方から夜への早い時間は、仕事を終えた冒険者が互いの情報を交換する時間で、時間が遅くなってくると酒が回りすぎて話に取り止めが無くなるらしい。


 宿からは、大きめのアンブレラで雨を防ぎ、ゼオルさんの歩くペースに合わせて足場を作る。

 道行く人達が、また驚いた表情で俺達を見ているけど、魔法を使っているのはゼオルさんだと思っているらしく、俺には視線が向けられない。


「まったく便利な魔法だな。これなら雨の日の外出も苦にならんな」

「俺たち猫人は、毛が濡れると乾かすのが面倒ですからね」

「なるほど、必要性が産んだ魔法ってことか」


 ゼオルさんに続いてギルドの扉をくぐると、内部には湿った獣の匂いが籠もっていた。

 街であっても、冒険者達は傘など被らない。


 村では樹液を染み込ませた防水布のカッパが多く使われているが、革のマントを使っている者が多いようだ。

 ギルドに充満しているのは、濡れた革と、濡れた獣人の匂いらしい。


 雨の中でも依頼を終えた冒険者が集まって来ているようで、低い囁きが響いている。

 冒険者の中には、俺と同年代に見える若い者も混じっているが、少しはしゃいだ声を上げただけで周囲のベテラン達に睨まれて、すぐに大人しくなっていた。


 どうやら、イブーロの冒険者ギルドは、お気楽ファンタジーモードではなく、ハードボイルド仕様らしい。

 ゼオルさんは、酒場に向かう前に依頼書の貼られた掲示板へと足を向けた。


 俺も登録に来た時に見ておきたかったのだが、ヘラ鹿人の冒険者に絡まれてしまい、ギルドカードを取り戻してから逃げ出したのだ。

 冒険者になるのは体の大きな人種が殆どなので、依頼書の張られている場所は高く、猫人の俺では見づらい。

 ステップを使って、ゼオルさんと同じ高さまで目線を上げた。


「うぉ、そうか足場を作ってるのか」

「こうしないと、良く見えないんですよ」

「なるほどな……」


 掲示板に貼られている依頼の多くは、魔物の討伐だ。

 イブーロの街の周囲には牧場が多く、家畜を狙う魔物を討伐する依頼は毎日のようにあるらしい。


 ゴブリンやコボルトの討伐は銀貨五枚程度、オークでも大銀貨一枚程度が相場のようだ。

 日本円の感覚だと銀貨一枚が千円程度で、大銀貨はその十倍なので思ったよりも安い。


「魔物の討伐って、あんまり儲からないような……」

「ん? ここに書かれているのは依頼料だけだぞ、素材や肉、魔石を売れば、その分の金が入る。ゴブリンは魔石程度しか使い道が無いが、コボルトなら毛皮や牙、オークならば肉も売れる。黒オークを仕留めて、一頭丸ごと売り払えば、大金貨五枚ぐらいにはなるぞ」

「えぇぇ、そんなに儲かるんですか?」

「ただし、オークの巨体を持って帰ってこられなきゃ金にはならねぇぞ」

「あぁ、そうですよね。買い取ってもらうには持ち込まないといけませんよね」


 森の中、山の中からオークを運んで来るのは、身体の大きな冒険者でも一人では無理だ。

 時間が掛かったり、血抜きなどの処理が悪ければ、それだけ買い取りの値段も下がってしまう。


 魔物の討伐以外の仕事では、商人や旅人の護衛の依頼が多く寄せられている。

 こちらは日当が小銀貨五、六枚で、その他に成功報酬、戦闘報酬などが加味されるようだ。


「護衛の仕事は、長距離になるほど割が良い。護衛を主とする冒険者は、往復で別の依頼主の仕事をする事も珍しくない。依頼を受けながら、気ままに旅を楽しむ奴もいるな」

「へぇ、そっちの方が楽しそうですね」

「まぁ、何事も無ければ……だな。魔物だけでなく、商人狙いの盗賊に襲われる事もある。人間相手の命賭けの戦闘は、神経を磨り減らす仕事だぞ」

「なるほど……」


 魔物相手の戦闘ならば罪悪感も少ないし、頭を使ってくる場合でも限度がある。

 だが、人間を相手にする場合には、自分と同等か場合によっては自分よりも悪知恵が働く者を相手にしなければならない。


 そして、いくら悪人とは言え、人間を殺すのには罪悪感が付いて回る。

 確かに楽な仕事ではなさそうだ。


 掲示板の依頼内容を一通り眺めると、ゼオルさんは酒場に足を向けた。

 ドアを抜けると、フロアにはタバコの煙が漂い、酒の香りと混じり合う大人の空間だった。


 受付前のピリピリした空気とは一変し、嬌声や笑い声が響いていた。

 フロアでは、数人の綺麗なお姉さんが、酒や料理を配って歩いている。


「ニャンゴ、間違っても女達には、自分から手を出すなよ」

「えっ? はい……何かあるんですか?」

「酒場の女は、みんなのものだから、勝手に手を出す奴は……」

「全員の敵……ってことですね?」

「そうだ」


 冒険者はゴツい男ばかりだから、セクハラ行為は当たり前かと思いきや、紳士協定のようなものがあるようだ。

 前世のオタクの不文律とか、純朴男子柔道部員みたいな感じだろうか?


 ゼオルさんは、フロアのテーブル席ではなく、カウンター席に腰を落ち着けた。


「エールをくれ、ニャンゴ、お前は?」

「ミルクをください」


 俺が注文を告げると、一拍の間があった後で、ゲラゲラと品の無い笑いが起こった。


「おいおい、聞いたかよ。どこの子猫ちゃんが迷いこんだんだ?」

「そこの虎の爺の隠し子じゃねぇの」


 うんうん、こちらの世界でも、お約束は通用するみたいだね。

 少し声を張って注文した甲斐があるってもんだよ。


「おい、聞いてんのかぁ? ここは、お子ちゃまの……うわっ、冷てぇ!」


 これまたお約束の展開で、歩み寄って来た犬人の冒険者に、頭の上からエールをぶちまけられたけど、空属性魔法で雨どいを作って相手の股間へとお返ししてやった。


「爺ぃ、舐めた真似しやがって!」

「がはははは、エールをこぼしたのは手前だろう。何を寝言をほざいている」

「このぉ……」

「それに、俺は何もしておらんぞ。手前を舐めてるのは、このニャンゴの方だぞ」

「なっ……このガキぃ!」


 ゼオルさんと立ち合いをするようになったからだろう、自分よりも遥かに大きい犬人の冒険者と向かい合っても、まったく怖いと思わない。


「舐めた真似しや……ぶほっ、な、なんだ?」


 掴み掛かって来ようとした犬人の前にシールドを展開してやった。

 思い切り顔面をぶつけた犬人は、驚いて後退りしたので、次の仕掛けを展開する。


「痛っ、痛っ……な、何だ、痛っ……くそっ、どうなってやがる」


 壊れやすく設定した空気の塊で、尖った杭のようなものを作り、犬人の冒険者周りに幾つも展開してやった。

 動くと刺さるが、すぐに壊れる。痛みに驚いて身体を反応させると、別の杭が刺さる。

 杭は透明だから周りからは犬人の冒険者が一人で動き回っているように見えているだろう。


「ぎゃははは、なに踊ってんだローダス」

「なんだ、なんだ、もう酔っぱらってんのか?」

「くっそ、このガキがぁ……ぎゃう!」


 犬人の冒険者がナイフを抜き放ったので、すかさず目つぶしを食らわせてやった。

 勿論、視力を奪わない球形のサミングだが、ちょっと強めにはしてある。


 ローダスと呼ばれている冒険者がナイフを放り出して蹲ると、さすがに酒場は静まり返った。

 ゼオルさんは静かに席を立つと、まるで力んだ様子も見せずにローダスの鳩尾に蹴りを見舞った。


 ゼオルさんは、グッタリとしたローダスの襟首を掴むと、入口まで引き摺っていって酒場の外へと放り出した。

 ローダスと一緒に飲んでいた連中が、報復に動いても良いように空属性魔法の準備を整えた。


「ぎゃはははは、だっせぇ……ローダス、マジださすぎぃ!」

「おぅ、ニャンゴって言ったな。なかなか、やるじゃねぇか」

「マスター、俺の奢りで小僧にミルク飲ませてやってくれ!」


 意外な展開にきょとんとしていると、戻ってきたゼオルさんが肩を叩いた。


「ニャンゴ、冒険者って奴は、実力が全てだ」

「はぁ……でも、あのローダスって奴は……」

「酒場で叩きのめされた奴は、外へと放り出される。なんでか分かるか?」

「それが、勝敗を決めるから……ですか?」

「半分正解だ。負けた奴が、尻尾を巻いて帰りやすくしてやるんだよ」

「なるほど……」


 放り出されたら負け、負けたら大人しく帰るのが、酒場の不文律なのだ。


「君……強いんだねぇ」

「うみゃぁ……は、はい」


 突然、死角である左側から囁かれ、驚いて振り返ると、目の前に豊かな山脈があった。

 気付かないうちに、酒場で働く獅子人のお姉さんに接近を許していたのだ。


「いくつ? 将来有望そうだねぇ……」

「え、えっと、十一になったばかり……」

「ふーん……お姉さんが、いいこと教えてあげよっか?」


 おぉぅ、そんなに寄せて上げたら、零れる、零れそうですよ。


「え、えっと……」

「悪いが、こいつはまだ依頼の最中だから、また今度にしてくれ」

「あら、ざんねーん!」


 獅子人のお姉さんは、スーっと僕の頬を撫でてから、仕事に戻っていった。

 背中の毛がゾゾってなったよ。


「気を付けろよ、ニャンゴ。骨までしゃぶ……いや、齧られるぞ」

「う、うっす……」


 もの凄く残念だけど、大人の階段を上るのは、もう少し経ってからかな。

 この後、周囲の話に聞き耳を立てながら、ゼオルさんから冒険者について色んな話を教えてもらった。

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