第23話 馬車道中

 翌朝、たっぷり眠ったはずなのに、眠り足りない気分で村長の家へと出向くと、すかさずゼオルさんに突っ込まれた。


「どうした、ニャンゴ。随分と眠たそうじゃねぇか。そんなに街に行くのが楽しみで、夜も眠れなかったのか?」

「いえ、今日は素振りが出来ないから、その分、昨日頑張り過ぎたと言うか……」

「おぅ、そいつは感心だが、依頼の時に体調を万全に整えておかないと、一人前の冒険者にはなれねぇぞ」

「はい、気を付けます……」

「身体強化を掛けて、回復させておけ」

「あっ、はい、分かりました」


 素振りのやり過ぎということにしておいたが、まさかゴブリンの心臓を食べて気分がハイになってヒャッハーしてましたなんて言えない。

 あの後、幸か不幸か意識を失うことは無かった。


 ただし、意識は保っていても、とても正常と言えるような状態ではなかった。

 身体中に魔素が満ち、暴走寸前の状態は、例えるならば過剰なドーピング、薬物を乱用したような状態だ。


 規模の大きな属性魔法と身体強化魔法を併用しても、魔素は有り余っていて、ゲップをすると魔素が出そうだった。

 何でも出来そうだと感じた俺は、山から滑り台を作って麓まで滑り降りた。


 何でそんな事をしたのかなんて、聞かないでくれ。

 俺自身、訳が分からなくなっていたとしか答えようがない。


 山の斜面に沿って、空属性魔法で作った滑り台を、空属性魔法で作ったソリに乗って滑り降りる。

 滑り台もソリも、摩擦抵抗が少なくツルツルになるようにイメージしたから速い、速い。


 ボブスレーのコースのように、チューブ状に作らなかったら、コースアウトして吹っ飛んでいただろう。

 体感速度だが、時速60キロ以上は出ていたと思う。


 滑り台を作ったといっても、山から麓まで繋がるほどの大きさでは作れないので、途中で継ぎ足しながら滑っていくのだが、連結が間に合わなければ放りだされてしまう。

 猛スピードで立ち木に激突していたら、死んでいたかもしれない。


 無事に麓まで滑り降りたのは良いが、物足りなさを感じた俺は、身体強化魔法まで使って、山の中腹まで駆け戻り、再び麓まで滑り下りた。

 しかも、三回も駆け戻ったのだ。


 更に、三回目に駆け戻った時には、別の降り方が頭に浮かんでいた。

 ステップを使って、木のてっぺんよりも10メートルぐらい上空まで上り、そこで空属性魔法を使ってハンググライダーを作ったのだ。


 断っておくが、俺は前世でもハンググライダーなどやった事は無い。

 テレビやネットで見た程度の知識しか持ち合わせていない。


 洋凧のようなフレームに張られた丈夫な布の翼、三角形の操作用のバー、体を吊るすハーネス。

 うろ覚えの知識を元に、空属性魔法で作ったハンググライダーを肩に担ぎ、ステップを使って空中で助走に入った。


「あい・きゃん・ふらぁぁぁぁぁい!」


 殴りたい、昨日の俺を殴りたい。

 紙飛行機だってバランスを取らなきゃ飛ばないのに、ぶっつけ本番でハンググライダーを飛ばす、しかも自分で乗って……馬鹿か!


 フラフラ、ヘロヘロ、それでも無事に麓まで飛んだのは、たまたま上昇気流に乗ったのと、奇跡的にバランスが取れていたからだろう。

 滑り台はまだしもハンググライダーは、もう一度やれと言われても丁重にお断りする。


 ハンググライダーで麓まで降り、もう一度山へ登ろうとした所でゴブリンの心臓による魔素が底を尽いた。

 途端に襲い掛かってきた疲労感に押し潰されそうになりながら、何とか家までたどり着いたが、夕食も食べずに朝まで泥のように眠り続ける羽目になった。


 今朝、目を覚ましてから確認したが、プローネ茸は籠の中でグズグズに壊れて、とてもじゃないが売り物になる状態ではなかった。

 あれほど大暴れをしたのに、背負い籠に放り込んでおいたゴブリンの魔石が、無くならずに残っていたのはマジでラッキーだ。


 村長が出て来るまでの間、馬車に寄り掛かって身体強化魔法を使って体調の回復を試みたが、実は今朝から違和感を覚えている。

 いつもと同じ量の魔素を循環させているつもりなのだが、何と言うかスカスカなのだ。


 昨日までは、身体の隅々まで魔素を巡らせるには、ギューっと魔素を押し込んでいく感じだったのが、今朝はスルっと魔素が入り込んでいく。

 身体強化魔法は、血管に魔素を送り込んで発動する魔法だが、血管の太さが一夜にして変わるはずもないし、もし太くなっていたら血圧まで低下してしまうはずだ。


 ゴブリンの心臓を食べて、急激に体内の魔素の量が増えたのが原因なのは間違いないいが、違和感はあるものの身体強化魔法は、ちゃんと発動している。

 この状態に慣れれば、瞬時に、それも使いたい部分にだけ身体強化を掛けられるようになるかもしれない。


 村長が家から出てくるまでには体調も回復していたが、外出用にめかしこんだミゲルの姿を見て、気分が悪くなった。


「ゼオルもニャンゴも、今日はよろしく頼むよ」

「爺ちゃん、なんでニャンゴなんかを連れて行くんだよ」

「ゼオルが役に立つと勧めてくれたからだよ」

「こんな奴、何の役にも立ちやしないよ」


 グダグダと文句を言い続けるミゲルを村長が馬車に押し込み、俺とゼオルさんは御者台に座った。


「村長、出発しますよ! ニャンゴ、寒かったら、そこの毛布に包まってろ」

「寒さ対策はしているんで、大丈夫ですよ」


 ゴブリンの心臓を食べた影響は、空属性魔法にも及んでいる。

 固められる範囲が、一夜にして五割増しぐらいになっていた。


 強度に関しては、まだ検証が出来ていないが、かなり上がっているように感じる。

 たぶん、元々の魔力指数が低かった分、ゴブリンの心臓を食べた影響も大きかったのだろう。


 俺は防寒対策として、強化された空属性魔法を使って、体の周囲を弾力性のある空気の層で覆っている。

 イメージとしては、身体の周りにエアクッションを巻いているような感じだ。


 御者台に座った太腿や尻の下にも空気の層があり、冷気が伝わってこないし、クッションとしての役目も果たしている。

 暖かいし、これならば尻が痛くならないで済む。


 ゼオルさんは、村を出た後も慎重に馬車を走らせた。

 この時期は、雪解けでぬかるんだ道を強引に馬車を走らせる者が居るせいで、路面に深い轍が出来ている場所がある。


 速度を落とさずに深い轍に嵌ると、酷い突き上げを食らうばかりではなく、最悪の場合には馬車が引っくり返る恐れもある。

 ゼオルさんは、地形や道の乾き具合を観察し、危険な轍に嵌らないように巧みに馬を操っているが、それだけ注意しても馬車は時折大きく揺れた。


 それでも尻は痛くならないし、まるで寒さも感じない、空属性魔法の防寒着様々だ。

 ただし、居眠りして意識が途絶えると防寒着も消えてしまうので、道中は睡魔との戦いだった。


 昼前に、隣村のキダイに着いた。

 向かった先はキダイ村の村長の家で、イブーロの街まで同乗していくそうだ。


 キダイの村長にしてみれば、馬車と護衛を用意しなくて済み、アツーカの村長にしてみれば、馬屋や飼い葉の費用が半分で済む。

 あまり裕福とは言えない山村の村長とすれば、見栄よりも実利の方が重要らしい。


 アツーカ村の村長とミゲルが用を足しに行っている間に、馬車の馬を入れ替える。

 ここまで馬車を引いて来た馬は預けておき、また帰りに入れ替えるそうだ。


「一頭の馬に長い距離を引かせるには、休憩を多く取る必要がある。ここで馬を入れ替えてしまえば、休憩の時間も節約できるってことだ」

「乗り合い馬車とかは、そのやり方ですよね」

「そうだ、村の駅舎で馬を預かっていて、次の馬車が来たら入れ替えている。冒険者として生きていくなら、馬の扱いぐらいは覚えておいた方が、受けられる依頼の幅が広がるぞ」

「なるほど……でも、猫人の俺じゃあ馬に舐められませんかね?」

「確かに馬によっては舐めた態度を取る奴もいるが、馬を痛めつけずに、自分の方が強いって分からせてやればいいだけだ」

「痛めつけずに分からせるって……?」

「がははは、そんなものは気合いだ、気合い!」

「はぁ……」


 ゴツい体格の虎人のゼオルさんなら、気合いで馬を屈服させられるのだろうが、同じ事が出来るかと聞かれたら、ノーと答えるしかない。

 俺に出来るとすれば、空属性魔法を使って身動き出来ないように拘束するぐらいだろうか。


 村長とミゲルは、キダイの村長と身内らしい女の子と一緒に戻ってきた。

 キダイの村長と同じ熊人の女の子は、どうやら俺よりも年下で、今年『巣立ちの儀』を受けるらしい。


 クマ耳カチューシャを付けたような女の子は、なかなか可愛らしい将来有望な容姿の持ち主だが、熊人と猫人では釣り合いが取れない。

 今の時点でも、女の子の方が俺よりも頭一つぐらい背が高いし、年齢を重ねるほどに差は広がっていく。


 それに村長の身内ともなると、ただの村人には縁の無い相手だ。

 だが、縁のある男が一人いる。ミゲルだ。


 女の子とは、顔見知りの間柄なのだろう。

 気取った口調で、さり気無い様子を装っているが、尻尾が物欲しげに振られているから下心が丸分かりだ。


 女の子の名はオリビエというそうで、ゼオルさんと一緒に挨拶をすると、俺の顔を物珍しそうにジーっと眺めていた。

 たぶん、派手な傷跡と潰れた目が珍しかったのだろう。


 キダイ村を出た頃から空が暗くなり、イブーロの街まで一時間程度の場所でポツポツと雨が降り出した。


「ちっ、あとちょっとだってのに、これは少し強く降りそうだな」


 ゼオルさんが視線を向けた西の空には、黒く厚い雲が広がっている。


「ニャンゴ、少々濡れるが……って、何だこりゃ!」

「濡れるなんて御免ですよ」


 空属性魔法を使って、御者台の上に屋根を作った。

 ゴブリンの心臓を食べ、空気を固められる範囲が広がったので、馬の上までカバーする。


「こいつは大したもんだ。空属性の魔法にこんな使い方があるとはな……」

「空属性って、メチャメチャ便利ですけど、何で空っぽのハズレ属性とか言われてるんですかね?」

「さぁな……そもそも授かる割合が少ないし、お前みたいな使い方をした奴が居なかったからだろうな」


 身体の小さな猫人の俺でも、様々な使い方が出来るし、ゴブリンやコボルトとも戦える。

 これが体格が良く、魔力指数も高い人ならば、もっと色々な活用方法があるはずだ。


 それなのに、空属性魔法の使い手が現れないのは、余程空っぽな属性という世間の思い込みが強いのだろう。

 ならば、世界初の空属性魔法の使い手として、世間に名をはせるのも悪くないかもしれない。

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