第21話 冬の楽しみ
「こんにちは、ゼオルさん」
「来たな、ニャンゴ。おっ、アカメガモじゃないか、お前が仕留めたのか?」
「いつもお世話になってるんで、手土産です」
「そうか、丁度良かった、今朝は麺を打ったから、訓練が終ったら、こいつでスープを作って食おう」
「いいですね」
年が明けてからも、ゼオルさんの訓練は続いている。
立ち合いを始めて一ヶ月、まだ、ただの一度も打ち込めていないどころか、まだ一歩も動かせていない。
「ニャンゴ、雪で足元が悪いから、足場を作る魔法だけは解禁してやる」
「ありがとうございます。でも、後悔しても知りませんよ」
「ほう、面白い、ちょっとは楽しませてくれよな」
ゼオルさんとの立ち合いでは、属性魔法も、身体強化魔法も使用を禁止されている。
それは、単純に棒術の技術、素の体力を向上させるためだが、普段一人で素振りを行っている時には空属性魔法を併用している。
こちらは、魔力量を向上させるためと、実際の戦闘を想定しての訓練だ。
昨年の騒動の時に、一対一の状況で、しかも不意打ちを食らわせられれば、俺でもコボルトを倒せることが分かった。
魔力量を向上させると言われている魔物の心臓を食べてみたいので、いずれはゴブリンかコボルト辺りを討伐したいと思っている。
勿論、倒すのは簡単ではないし、倒したとしても仲間が来る前に解体を終えなければならない。
そのためにも、自分が使える手段をフル活用出来るように訓練しているのだ。
今日は、ステップだけだが使用許可が下りたのだから、少しぐらいはゼオルさんを驚かせてやりたい。
「行きます……」
いつものように、膝のバネを使って真っ直ぐに踏み込みながら突きを繰り出す。
ゼオルさんも、いつものように無造作に、俺の棒を跳ね上げた。
いつもと違うのはここからで、弾かれた勢いも利用して高く飛び上がりながら、棒を大きく振りかぶる。
「馬鹿め……何ぃ!」
空中にいる俺の腹を目掛けて、無造作な突きを繰り出したゼオルさんの表情が、次の瞬間驚愕に彩られた。
ステップを使って右に飛んで突きを避け、ゼオルさんの肩を目掛けて棒を振り下ろした。
カツンと乾いた音を立てて、俺の打ち込みは弾かれてしまったが、ゼオルさんは左足を引いて俺に向き直っている。
「こいつ……こんなに厄介だとは思っていなかったぞ」
「ようやく、ようやく半歩だけ動かせましたよ」
「面白い、面白いぞニャンゴ!」
牙を見せつけるよう笑みを浮かべ、ゼオルさんが初めて棒を構えてみせた。
ぶっちゃけ身体から闘気のようなものが吹き出しているように感じる程で、一年前の俺だったら失禁もののド迫力だ。
「来い! ニャンゴ!」
「うぅぅにゃぁぁぁぁ!」
これまで一人で訓練を続けてきた立体機動を存分に発揮するつもりだったが、足捌きを使い始めたゼオルさんには全く通用しなかった。
空中に自由に足場を作れるのだが、作った足場の足元を薙ぎ払われると、上に飛ぶか、後ろに下がるしかない。
後ろに飛べば、鋭い踏み込みで間合いを潰されるし、上に飛んでしまうとリーチの差で俺の攻撃は届かなくなってしまう。
結局、この日も一撃も入れられず、叩き落され、突き飛ばされ、転げ回って泥だらけになってしまった。
「よし、今日はここまで。井戸で泥を流してから中に入って火にあたれ」
「はい、ありがとうございました」
泥だらけになるのは想定内なので、手合わせしている間は短パン一丁だった。
身体が火照っている間に水浴びして泥を落とし、短パンも濯いでおく。
ブルブルっと体の水気を切り、尻尾を絞ってから離れに入ると、大きな手ぬぐいが飛んで来た。
「風邪引かないように、良く身体を拭いておけよ」
「了解です」
手ぬぐいを使ってワシワシと水気を拭った後、絞った手ぬぐいで毛並みを整えるように拭いていく。
俺が水浴びをしている間に、ゼオルさんはアカメガモを捌いて、スープを作り始めていた。
大きな鍋に、捌いたアカメガモの首やガラを入れて、火に掛けている。
この時期のアカメガモは、栄養を皮下脂肪にして蓄えているのでとても美味しいが警戒心が強く、腕の良い弓の使い手でもなければ捕まえるのは困難だ。
「出汁が出るまで少し時間が掛かる、まぁ茶でも飲んでおけ」
「ありがとうございます。あっ、いい香りですね」
「だろう……」
初めてゼオルさんにお茶を振舞ってもらった時には、口に苦い良薬かと思うような味だったが、薬屋のカリサ婆ちゃんの教えもあって、今日はお茶は良い香りがする。
「生姜も入ってるんですか?」
「ほぅ、良く気付いたな。そうだ、身体が温まるからな」
生姜もお茶の風味を損なう程の量ではなく、口に含んだ時に、僅かに香りが鼻に抜けていく程度だ。
「それにしても、空属性の魔法をあれ程使いこなしているとは思って無かった」
「でも、驚かせたのは最初だけで、後は手も足も出ませんでしたよ」
「がはははは、当たり前だ。加減しているとは言え、俺が構えて棒を振るってるんだぞ」
「まぁ、ゼオルさんを構えさせただけでも、今日は一歩前進ですね」
「本来は棒術だけで技術を高めていくものだが、ニャンゴの場合は今後も足場の魔法の併用は認めてやろう。その方が、俺も楽しめるからな」
ゼオルさんにとっては、俺に棒術を教えるのは田舎暮らしの退屈を紛らわすためだが、こちらとしても腕の立つ元冒険者に教えてもらえるのだから文句は無い。
「だいぶ片目にも慣れてきたようだな」
「えっ……?」
「なんだ、気付いてないのか。立ち合いの最中、左側からの攻撃にも、ちゃんと反応してたじゃないか」
「あっ……」
全く気付いていなかった。
言われてみると、ゼオルさんは立ち合いを始めた時から、少しずつ、少しずつ攻撃を加える範囲を増やしていたのだ。
「まだ、達人クラスには程遠いが、顔を少し左に振って、自然と死角をカバーするようになったぞ」
「いつも無我夢中だったんで、気が付かなかった」
「今のまま訓練を続けていけば、一対一の戦いならば殆ど大丈夫だろう。問題は、一人で多数の敵を相手にする場合だが、魔法でカバーできそうか?」
「はい、以前披露した盾の強度が上がってきたので、死角は盾でカバーしながら戦おうかと思っています」
「そうか、まぁ、両目があったとしても、死角は完全には無くならない。だから普通の冒険者であっても、多数の敵を相手にする場合には、カバーしあえる仲間と一緒に戦うもんだ」
確かに、両目があっても頭の後ろまでは目が届かない。
一般的な魔法属性の場合には、死角を魔法でカバーするのも難しいだろう。
そう考えると、空属性を使える俺は、普通の属性の冒険者よりも大きなアドバンテージを持っていそうだ。
「さて、そろそろスープも煮出せただろう、麺を茹でるか」
ゼオルさんが作ったのは、日本で言うなら『ほうとう』のような麺料理だ。
煮出したスープを別の鍋に取り、そこへ芋やニンジン、ネギなどの野菜とスライスしたアカメガモの肉を入れ、最後に生の麺をそのまま放り込む。
麺の打ち粉によって、スープにはとろみが付いていく。
味付けは、シンプルに塩と生姜だけだ。
「さぁ、出来たぞ。冷めないうちに食おう」
大きな鍋をテーブルにドンと載せて、勝手に取り分けて食べるスタイルだ。
「熱っ、熱いけど、美味いっすね」
「そうだろう、そうだろう……熱っ!」
「うみゃ、熱っ、でもうみゃ、熱っ!」
せっかく熱々出来立てなのに、虎人のゼオルさんと猫人の俺は、二人揃って猫舌だから、フーフーしながらでないと食べられない。
味は文句無しだったが、完食するまでには、だいぶ時間が掛かってしまった。
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