第20話 雪の日
新年まで、あと二週間を切った日に雪が降った。
どうやら今年は雪が多い年のようで、最初の雪が消える前に次の雪が降り、アツーカ村は白一色に染められた。
猫はコタツで丸くなる……ではないが、猫人である俺の家族は、畑仕事が出来ないとあって、家の中でヌクヌクと丸くなっている。
こうなると、服は着ているが大きな猫そのものなので、モフりたい欲求が頭をもたげるが、そもそも自分もモフモフなのだと思い直したりしている。
丸くなってヌクヌクしている家族を横目に、ゼオルさんから与えられた鉄棒を持って家を出た。
雪景色となった屋外は、当然凍えるような寒さだが、体の回りに柔軟な空気の層を作っているし、自前の毛皮があるから思ったほどは寒くない。
山まで出掛けて行くのは面倒なので、一面雪で埋まった近所の畑で素振りを始める。
足元はステップを使っているから、雪に埋もれる心配は要らない。
少しずつ身体をほぐすように動き始めて、温まったところでまとっていた空気の層を消して本格的に素振りに没頭した。
最初は棒の重さに振り回される感じだったが、今は自分が支配して振っている感覚が強くなった。
打ち込み、突き、薙ぎ、払い……棒が自分の身体の一部になるように、思い通りの軌道で、思い通りの威力を出せるように振り続ける。
棒が寒風を切る音が、俺の気持ちを加速させる。
直接叩きのめして以来、ミゲル達も絡んで来ることは無くなった。
六人掛かりで、棒を握って殴りつけても全くダメージを与えられなかったし、リーダーであるミゲルがあっさり敗北したのを見て、手下どもが尻込みしているらしい。
あれ以来、川原でチャンバラごっこに興じる姿も見ていない。
まぁ、肝心のミゲルは諦めそうもないので、また何か仕掛けて来るかもしれないが、その時には返り討ちにしてやるだけだ。
基本となる素振りを終え、ゼオルさんとの立ち合いを想定しての素振りも終えた頃、空が暗くなって雪が舞い始めた。
空属性魔法で屋根を作れば続けることは可能だが、今日はこのぐらいにしておこう。
鉄棒を握って家まで走って戻り、裏手の井戸で水浴びをする。
猫人は、猫と違って汗をかくので、そのままにしておくと臭うのだ。
井戸水だから、凍るほどの冷たさではないが、それでも冷たいことに違いは無い。
気合いと共に水を浴びて汗を流したら、ブルブルっと身体を震わせて水気を飛ばして家に入り、暖炉の火に当たる。
俺は臭わないとは思うけど、家の連中は結構猫臭い。
農作業をやっている時は、毎日風呂を沸かしているが、農閑期になったら二日に一度、雪が降ってからは三日に一度のペースだ。
この辺りの物臭度合いも、猫人が侮られる理由の一つのだとも思うのだが、まぁ直らないのだろう。
昼飯を済ませた後、また外で魔法の練習をしようと思っていたが、雪の降り方が強くなっていたので、家の中でやる事にした。
うちは貧乏なので家は狭く、部屋は実質二部屋だ。
猫人の家は、昔の日本家屋と西洋建築を足して二で割ったような感じだ。
一部屋は、炊事場の土間と続きで一段上がった床の部屋には、囲炉裏ではなく暖炉がある。
床の広さは六畳程度だが、絨毯は四畳程度の大きさしかない。
食事の後、母と姉は内職の織物を始めたが、父と兄二人は絨毯の上でゴロゴロしている。
隣にもう一部屋、六畳ほどの広さの部屋があるが、半分以上は内職の織物の道具で占拠されている。
ほぼ壁一面を埋めるように縦糸が張られ、そこに色の違う毛糸を結んで模様を描いていくのだ。
俺は毎晩、この部屋の隅に吊るされたハンモックで眠っている。
前世の日本では、四畳半だったが自分の部屋があったが、こちらではプライバシーなど全く無い。
まぁ、プライバシーが必要だと感じるほどのお年頃ではないし、母も姉も見た目は猫なのでドキドキすることもない。
母と姉が内職をする傍らで、ハンモックで丸くなりながら、探知魔法の練習を始めた。
空属性で固めた空気には感覚的な繋がりがあり、それを利用して探知を行おうと考えたのだ。
やり方としては、空気を粒子状に固め、俺を中心にして放射状に広げて行く。
粒子は触れたら壊れる強度にして、ぶつかって壊れた位置から距離や形を感じ取る。
音波ソナーの音の役割を、空気の粒子で代用するのだ。
最初は、粒子を広げていくことすら出来なかったが、今ではおぼろげながら物の形を感じられるようになってきたが、まだ動かす速度が遅い。
これをもっと素早く、感度良く、常時展開出来るようになれば、失った左目の視力を補えるかもしれない。
二時間ほど訓練を続けていると、集中力が切れてしまった。
こんな時、日本ならコーヒーでも飲んで……となるところだが、我が家にはお茶すらない。
コンビニや自販機で缶コーヒーなんて無理だから、そのうちに、カリサ婆ちゃんに頼んで茶葉をブレンドしてもらおう。
今日は出掛けるのが億劫なので、伸びをして、寝返りを打ってから別の魔法の練習を始めた。
こちらも探知系の魔法で、離れた場所の音を聞くための魔法だ。
言うなれば、魔法のマイクで離れた場所の音を拾おうという計画だ。
最初、オーディオのマイクそのものを魔法で作ろうとしたが、上手くいかなかった。
カラオケで使ったことのあるマイクをイメージしたのだが、形は作れたが中身が伴わない。
そもそも、マイクがどんな部品で構成されて、どんな原理で音を電気信号に変えているのかなどの知識を持っていない。
そこで、人間の耳をイメージしてみた。
耳は、鼓膜の振動を増幅して、神経の刺激によって音を認識しているので、振動する膜と振動を感じ取る部分を作ったのだが、これも上手くいかなかった。
まず、音を膜で捕らえて、振動として感じることは出来たのだが、感じた振動を音に変換出来ない。
左目の視力を失って以来、試行錯誤を続けてきたのだが、最近ようやく原因に辿り着いた。
音への変換が上手くいかない理由の一つは、振動を捕らえる膜自体にも感覚があることだった。
振動膜の他に、振動を感じる器官を作ったことで入力が二重になり、互いに干渉して感覚が混乱してしまうのだ。
そこで振動を感じる器官を廃止して、膜からの入力のみにすると干渉がなくなり、感覚の混乱も収まって、ようやく音として感じられつつある。
今は振動膜の大きさも直径30センチぐらいあるし、音質はチューニングが狂ったラジオレベルだ。
これを、更に小型化して、もっとクリアーな音質になるように訓練を続けるつもりでいる。
空属性魔法を使って、映像を捉える試みもしているが、こちらはサッパリ目途が立たない。
空属性で作った粒子とか振動膜とかは、言うなれば触覚器官だ。
触れたと感じることや、振動を感じる事は出来るのだが、映像の元となる光を捉えるのは難しい。
例えるならば、手の平をかざして物を見ようと試みている状態だ。
何とか突破口を見出せないかと思っているが、空属性で固めた空気は、透明で光を通してしまう。
それは、光を捉えられないという証明になってしまっている気もしている。
とりあえずは、ソナータイプの探知魔法と、音を聞く魔法の練熟度を上げていこう。
二つの魔法のレベルが上がれば、死角をカバーする役割は果たしてくれるだろう。
魔法の練習に没頭していたら、あっと言う間に夕方になっていた。
雪が降り続いているので、部屋の中がいつもよりも暗くなっている。
日暮れ時には夕食になり、食べ終えると、家族は床に入ってしまう。
ランプの油も、明かりの魔道具のための魔石も、貧乏な我が家にとって高価な品物で、夜は節約のために、さっさと眠る時間なのだ。
それにしても、二番目の兄貴は大丈夫なのか?
年が明ければ数えで十五歳、村で働き口が見つからないなら、街に出て仕事を探さないといけない。
真面目に学校に通っていたようだし、学力は問題無いのだと思うが、なにしろ猫人に対する世間の風は冷たい。
体が小さく、力仕事には向いていないのだから、頭の働きでアピールしないといけない。
前世の俺は、高校生の時に命を落としてしまったので、高校受験はしたが、就職活動の経験は無い。
こちらの世界に生まれ変わって十年経つが、村の子供としての知識しか無いからアドバイスのしようも無い。
まぁ、朝から晩まで、暖炉のある部屋でゴロゴロしているのだから、勝算ぐらいはあるのだろう。
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