第19話 立ち合い

 今年の冬は、問題無く乗り越えられそうだ。

 アツーカ村は豪雪地帯ではないが、冬には雪に覆われることも少なくない。


 冬の間は農作業も休みで、その間の食料は秋までに準備しておく必要がある。

 何よりも主食となる穀物の確保が重要だが、今年はコボルト騒動の時に小麦粉や芋をどっさり貰ったので、こちらは心配ない。


 副食材も、秋までに捕った魚やモリネズミを燻製にしてある。

 冬の間は、どちらも捕れなくなってしまうので、節制して食べる必要があるが、小さな塩漬け肉を家族五人で食べるような貧しさは無い。


 それに、冬になると渡り鳥が飛来する。

 これまでは、指を咥えて見ているだけだったが、空属性魔法を使えば捕まえられそうだ。


 冬の食い物に困らないならば、あとは棒術と魔法の訓練に熱中するだけだ。

 猫人は、自前の毛皮を着込んでいるし、夏よりも寒い冬の方が暴れるには適している。


 素振りを始めて約二ヶ月、ようやくゼオルさんから次の段階へ進む許可が出た。


「よし、鉄棒をそれだけ振れれば良いだろう。腰も据わってきたし、次の段階に進むか」

「次は、何をすれば良いのですか?」

「俺との立ち合いだ。俺に一撃入れられるようになれば合格だ」


 ゼオルさんは、自分用の木の棒を手にすると、俺にも木の棒を放ってよこした。


「腕でも、足でも、胴体でも、頭でも、どこでも構わん。俺に一撃を入れて、俺を楽しませてみせろ。ただし、魔法の使用は禁止する」

「えぇぇ……ゼオルさん相手に魔法無しですかぁ?」

「お前の魔法が厄介なのは十分に分かっているし、使えば俺に一撃入れられるかもしれんが、それでは棒術の訓練にはならん。純粋に、己の力と技術と知恵を使って戦え」


 実は、いずれあるだろうゼオルさんとの立ち合いに備えて、ステップを使った立体機動とか、シールドを使った防御とか、足元の見えない障害物とか、色々姑息な手段を用意してたのに……無念だ。

 対峙したゼオルさんは、右手で無造作に棒を握って、普通に立っているようにしか見えない。


「行きます!」


 思い切り踏み込んで突き出した棒は、あっさりと弾かれた。

 軽く弾かれたようにしか見えなかったのに、手が痺れるほどの衝撃が伝わってきて、危うく棒を手放してしまいそうになった。


 空に向かってすっ飛んで行きそうな棒を握り締め、ゼオルさんの肩口目掛けて振り下ろす。

 ゼオルさんは、今度は弾くのではなく、軌道を逸らすように棒を添え、しかも俺の棒を加速させるように力を加えてきた。

 勢いを殺しきれず、強かに地面を打った直後、喉元にゼオルさんの棒が突き付けられた。


「もう一度」

「はい!」


 あらためて距離を取って対峙し、今度は足元を狙って棒を薙ぐが、当然のように止められる。

 受け止められた棒に沿って棒を走らせ、ゼオルさんの手元を狙ったが、あっさりと避けられた上に、跳ね上がって来た棒が顎の下で寸止めされた。


「もっと手首を柔らく使って、攻撃と攻撃を滑らかに繋げるように意識しろ。もう一度」

「はい!」


 次は、棒を持っていない左側へと回り込んで打ち掛かってみたが、ゼオルさんは首を振って視線を移動させたが、棒を持ち替えることも、身体を回すこともなく俺の棒を弾くと、強烈な突きを腹に叩き込んで来た。


「ぐふぅ……」

「そんな軽い足捌きは教えてないぞ。棒を振り下ろす時には、しっかりと足元を固めて力を伝えろ。もう一度」

「うぅ……はい!」


 この後も、前後左右に回り込んで打ち下ろし、突きを入れても、ただの一度もゼオルさんの身体には届かなかった。

 それどころか、ゼオルさんは元の場所から、ただの一歩も動いていない。


 巨大な虎の回りを飛び回るハエが、尻尾で追い払われたみたいだ。

 これでは、空属性魔法を使っていても結果は変わらなかっただろう。


「よし、今日はここまで」

「はぁ、はぁ……ありがとう、ございました」

「悪くなかったぞ」

「えっ……だって、一撃どころか掠りもしませんでしたよ」

「当たり前だ。棒を握って二ヶ月程度のヒヨっ子に、俺がやられる訳がないだろう」

「はぁ……」

「だが、最初は二合までしか打ち合えなかったのが、さっきは六合まで打ち合っただろう」

「あっ……確かに」

「ちゃんと前には進んでる。これからは鉄棒を使って、実際の打ち込みを想定しての素振りもしろ」

「それって、これまでの素振りにプラス……ってことですよね?」

「そうだ。よく分かってるじゃないか、どうせ冬は暇だろう?」

「はぁ……まぁ……」


 素振りのチェックしてもらっていた時とは違い、みっちりと立ち合いを行ったのでかなりの疲労感を覚えた。

 三日ごとに絡んで来ていたミゲルたちも、ここ暫くは姿を見せていなかったので油断もしていたのだと思う。


 夕暮れの道を家に向かってトボトボと歩いていたら、道の左側の茂みから飛び出して来た者がいた。

 ガサガサっと茂みが揺れる音がした直後、背中に鈍い痛みを感じた。


「どうだ、ニャンゴ! 思い知ったか!」


 殴られた衝撃で前のめりに転び、這いつくばって振り向いた先には、棒を振り上げながら勝ち誇った表情を浮かべるミゲルが居た。

 あぁ、思い知ったよ、お前がとんでもないクズ野郎だと。


 失明した左目の死角になる茂みに身を隠し、俺が通り過ぎた直後に飛び出して、背後から殴りつけるなんて卑怯なことをしても、まるで恥かしいと思わないようだ。

 道に倒れた俺の周りを、ミゲルの手下どもが棒を手にして取り囲んでいる。


「おい、お前ら……やっちまえ!」


 ニヤリと笑ったミゲルが顎をしゃくると、俺を取り囲んでいた六人が、一斉に棒を振り下ろしてきた。


「シールド」


 振り下ろされた六本の棒は、カンカンと音を立てて空気の盾に弾かれた。

 棒術の素振りに熱中していたが、魔法の訓練を疎かにしていた訳じゃない。


 森の中でステップを使って足場を作り、アーマーを纏い、シールドで背後を守りながら素振りを行ってきたのだ。

 固められる範囲、厚さ、強度は更に向上している。


「何だ、どうなってんだ」

「何かにぶつかったぞ」

「ちくしょう、汚いぞ!」


 ミゲルの手下どもは滅茶苦茶に棒を振り回してくるが、隙間が出来ないように重ね合わせて展開した三枚の大きなシールドはビクともしない。


「お前ら、自分達は殴るだけで、殴られたりしない……なんて思っているんだろう」


 道の上に座り込んだまま話し掛けると、手下どもはビクリと動きを止めてミゲルに視線を向けた。


「な、何やってんだ。相手はニャンゴ一人なんだぞ。さっさと袋叩きにしろよ!」

「ち、ちくしょう! 痛ぇ……」


 ミゲルの腰巾着ダレスが殴り掛かってきたが、シールドに顔をぶつけて座り込んだ。

 キンブルが蹴りを入れようとして、シールドに阻まれて尻餅をつくと残りの連中は、互いに視線を交わしたり、ミゲルの顔色を伺ったりするだけで動かなくなった。


 余裕を見せつけるようにゆっくりと立ち上がると、手下どもは慌てて後退りする。

 手にした鉄棒で地面を強く突くと、逃げ出す者までいた。


「さて、ミゲル。覚悟は出来てるんだよな? まさか、一対一の戦いは怖くて出来ないとか言わないよな?」


 シールドを消して一歩踏み出すと、座り込んでいたダレスとキンブルは慌てて立ち上がって道の端まで下がった。


「お、お前なんかに、俺様が、ビ、ビビるわけないだろう」


 ビビらないと言う割には、ミゲルは声が震えているのを隠せていない。

 巣立ちの儀を受ける前は、体格差にビビっていたのは俺の方だったが、今では魔法を使わなくても負ける気がしない。


 空属性の魔法を手にしたこと、コボルトたちと戦ったこと、ゼオルさんに棒術を習い身体を鍛えたこと。

 どれか一つが理由ではなく、巣立ちの儀の後に、努力して自分を鍛えた結果なのだろう。


「し、しょうがないから相手をしてやる。ただし、棒術の試合だから魔法は無しだからな。いいな、魔法は使うなよ!」


 棒を握って喚き散らすミゲルには、言葉ではなく歯を剥いた笑いを返して足を速めた。


「こ、こいつ……ぐふぅ」


 頭上高く棒を振り上げたミゲルに向かって鋭く踏み込み、鳩尾に突きを食らわせてやった。


「次は、どいつだ?」


 腹を押さえてのたうち回るミゲルを見下ろした後、手下どもに声を掛けたが、全員目を逸らして返事をしなかった。

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