第18話 棒術はじめました

 ミゲル達の騒動の後、アツーカ村では計三回の魔物討伐が行われたが、俺は目の感覚が戻らないことを理由にして参加を見送った。


 その代わりという訳ではないのだが、ゼオルさんが棒術を習えてくれることになった。

 最初、剣の使い方を習いたいと申し出たところ、棒を使っての訓練を奨められたのだ。

 

「いいか、ニャンゴ。棒は打つ、払う、突く、握る位置によって長さも変わり、剣にも槍にもなる。棒を自在に操れるようになれば、剣でも槍でも使えるようになる。それに、空属性のお前なら、武器の形も自由自在なんだろう?」

「はい、その通りです」

「ならば、その自在の武器を自在に振り回せるように、土台となる基礎を作る、いいな!」

「はい!」


 ゼオルさんに手ほどきを頼んだ時点で、地道な基礎訓練になることは覚悟の上だ。

 手渡されたのは、俺の身長よりも長い、130センチぐらいの木の棒だった。

 てっきり重たい鉄の棒でも振らされるのだろうと思っていたので、正直ちょっと拍子抜けだ。


「あの……鉄の棒とかじゃないんですか?」

「心配するな、いずれ鉄の棒も振らせてやるが、今はまず木の棒をしっかり振れるようになれ」

「つまり、土台を作るための土台も無い状態だと……?」

「がははは、そういう事だ」


 まずは、基本となる打つ、薙ぐ、払う、突くなどの動きと、前後左右への足の運びなどを教わり、後はひたすら繰り返しだ。

 三日に一度、上達の度合いをチェックしてもらい、許しが出れば次の段階へと進む。


 地道な素振りや足捌きの練習は苦にならないのだが、この棒術の訓練には別の面倒事が付いてきた。

 ミゲル、ダレス、キンブルの三人も訓練を受けたいと言い出したのだ。


 てっきり断わるのかと思いきや、ゼオルさんは、あっさりと三人の参加を認めた。

 二回目の訓練は、俺が素振りを続けている横で、ミゲル達が手ほどきを受ける形で進んだ。


 別に期待していた訳ではないが、あの騒動の後も三人の俺に対する態度はあまり変わっていない。

 三人は炭焼き小屋に閉じこもっていたので、俺とコボルトの戦いを見ていないのだ。


 炭焼き小屋から救い出された後で三人が目にしたのは、コボルトの返り血を浴びたゼオルさんと、その肩に担がれて意識を失った俺の姿だ。

 説明は受けたのだろうが、コボルトは全部ゼオルさんが倒し、俺のことはしゃしゃり出て来て返り討ちにされたお調子者ぐらいに思っているようだ。


 身体の大きな三人に与えられた棒は、俺が振っているものよりも長いし、太いし、重そうだ。

 そうした違いも、人種による体格差への偏見を刺激するようで、また俺を見る視線に侮りの色が混じり始めているように見えた。


 三人の存在は正直目障りだが、顔を合わせるのは三日に一度だし、今のところは絡む訳でもないので考えないようにした。

 ゼオルさんから借りた棒は、山に入る時にも毎日持ち歩いている。


 家の近くや川原で素振りをしていれば、三人がちょっかいを出してくるかもしれないが、山の中に入ってしまえば心配はいらない。

 空属性魔法のステップを併用して、木立の中の地上3メートルぐらいの高さで素振りと足捌きの練習を続けた。


 とにかく鋭く、鋭く、鋭く振れるように、足、腰、背中に柔軟で強靭な芯を作るように意識しながら素振りを続けた。

 九日、十二日と経過しても、ゼオルさんから次の段階へ移る許可は出なかったが、別に嫌気が差すことは無い。


 この素振りは、ゲームで言うならレベル上げの作業で、しかも、この世界はゲームでは無く現実だ。

 傷を負えば後遺症も残るし、ゲームオーバーは死を意味すると、コボルトとの戦いで嫌と言うほど味わった。

 ピンチに陥った時にでも、揺らがぬ確固とした土台を作り上げるのだ。


 俺は土台作りに熱中したが、ミゲル達三人は素振りと足捌きだけの訓練に、九日もすると飽きてしまったようだ。

 俺の場合は前世での記憶もあるけど、そのまんま数え年九歳から十一歳では飽きるのも無理はないのかもしれない。


「ゼオルさん、そろそろ技とか立ち合いとか、別のことをやらせてもらえませんか?」


 ミゲルの身代わりでダレスがお伺いを立てると、ゼオルさんはニヤっと笑ってみせた。


「なんだ、もう音を上げたのか。山で魔物に襲われても大丈夫なように、将来村を守れるように……そう言う話だったから指導を引き受けたが、嫌ならいつでも辞めて構わんぞ」


 ゼオルさんに取り付く島も無く追い返されて、その場は引き下がったものの、三日後の訓練に三人の姿は無かった。

 ゼオルさんが俺に三人のことを訊ねる事は無かったし、俺からも何も聞かなかった。


 素振りを始めてから二十一日後、宣言通りに鉄の棒が手渡された。

 木の棒とはまるで違うずしっとした手応えに、身が引き締まる思いがした。


「さぁ、お望みの鉄棒だが、最初から早く振ろうと思うな。重さに振り回されないように、しっかりと腰を据えて振れ」

「分かりました」


 振って、振って、振るための筋肉を鍛え身体を作る。

 何となく時代小説に出てくる剣術修業という感じがして面白いし、実際振り続けることで腕にも、脚にも、背中にも振るための筋肉が備わって来る。


 身体の芯を鍛えるための素振りは、身体強化魔法を使う場合にも、必ず役に立つはずだ。

 虐められっぱなしで、ろくに抵抗も出来なかった前世の頃も、こんな感じで素振りに熱中していたら、何か変わっていたのだろうか。


 コボルトと戦った後、本格的に学校には行かなくなった。

 もう意地でも冒険者として生きていくと決めてしまったし、そのための準備に時間を使った方が有意義だと考えたからだ。

 

 雨の日の午前中は、川原で素振りを続けた。

 空属性魔法で屋根を作り、足場はステップを使っているので、雨で濡れることも泥で汚れることもない。


 ただ、川原には雨の日以外は近付かないようにしている。

 ミゲル達が、川原で棒を振り回し、チャンバラごっこに興じているのを見たからだ。

 ダレスとキンブルだけでは物足りなくなったのか、キンブルと同い年の子や、もっと年下の子まで巻き込んで七、八人ぐらいで棒を振り回しているようだ。


 まぁ、俺には関係無いし、見掛けたら近付かないでおこうと思っていたのに、面倒事はむこうから近付いて来るものらしい。

 素振りを始めてから一ヶ月半、ようやく鉄棒にも慣れて来た頃だった。


 ゼオルさんに素振りの仕上がり具合をチェックしてもらった帰り道、ミゲル達が待ち伏せしていた。

 道を塞ぐようにミゲルを加えた三人が立ち塞がり、茂みに隠れていた四人が後ろを塞いだ。


「おい、ニャンゴ。相変わらず素振りばっかりやってるのか? ちょっと俺が実戦の棒術って奴を教えてやるからついて来い」


 ミゲルは、川原に向かう道を顎で示したけど、ついて行くつもりは毛頭無い。

 回れ右をしてダッシュ、ステップで足場を作って後ろにいた連中の頭の上を飛び越えた後は、身体強化魔法を使って逃走した。


「あっ、待て! お前ら、追い掛けて捕まえろ!」


 二つ年下の犬人のサンドロが猛ダッシュで追い掛けて来たけれど、向こうは必死でも、こちらにはまだまだ余裕がある。

 七人を引き連れて村長の家の前を通ると、ゼオルさんがニヤニヤしながら見物しているのが見えたので、手を振っておいた。


 捕まりそうで捕まらないペースを保って、七人を俺の家とは反対の村外れまで引き連れていったら方向転換、一気にスピードアップして全員を振り切って家に戻った。

 本来、狼人は足が速いものなんだけど、ミゲルが一番最初に脱落してたように見えたのは、気のせいじゃないだろう。


 たぶん、棒を使っての打ち合いをしても負けないとは思うけど、まだ左目の死角に完全に慣れていない状態で大人数を相手にしたくない。

 それに、今持っているのは鉄棒だから、当たり方次第では骨が折れたりする恐れもあるので、逃げるが勝ちを決め込んだのだ。


 これで諦めてくれればと思うのだが、たぶん無理だろうな。

 村で育ったミゲルと同い年の男は、俺以外では騎士団にスカウトされたオラシオだけだ。


 現状では逆立ちしてもオラシオには勝てないし、俺にまで負けると同世代で一番駄目な男になってしまうと思っているのだろう。

 わざと負けてやるのも何だか癪に触るし、叩きのめすにしても、まだ上手く手加減出来そうも無い。

 暫くの間は、三日ごとに追いかけっこをさせられそうだ。


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