第17話 戦いを終えて

「まったく、とんでもねぇ無茶をしやがって」

「すみません……」


 目が覚めて、ここが自宅じゃないと気付いた途端、ゼオルさんに怒られた。

 反射的に謝ってしまったし、おかげで状況も把握できたけど、よくやったぐらい言ってくれても良いと思う。


「ミゲル達は無事だが、お前の左目は駄目だ……」

「そう、ですか……」


 顔の半分が包帯で覆われたままで、尋常でない痛みだし、半ば覚悟はしていたが、改めて突き付けられるとショックだった。

 左目の視力が失われると、大きな死角が出来てしまうし、距離感が掴めなくなる。


 たぶん、元々凄腕の冒険者だったら、片目の視力を失ったとしても、冒険者としての活動を続けられるだろうが、ろくに戦闘経験の無い俺では、この先冒険者として活動出来るのか不安になる。


「俺は、冒険者になれますかね?」

「片目の冒険者も居るが……正直に言って、かなり厳しいな」


 大丈夫だ、俺が鍛えてやる……なんて言葉を期待していたけど、ゼオルさんにしてみれば、現実逃避のような希望を与えるわけにはいかないのだろう。

 俺の歳だったら、いくらでも別の職業を選んでやり直せるし、冒険者に固執する理由なんて無い。


「諦める気は無いんだろう?」

「えっ……どうして」

「俺が何年冒険者をやってきたと思ってる。一体どれぐらいの冒険者を見てきたと思ってる。そんな簡単に夢を諦められっかよ」

「うっ……」


 残された右目の視界が、溢れてきた涙で歪んだ。

 前世ではろくでもない死に方をして転生し、今世では猫人の小さい身体は向いていないと知ったが、それでも冒険者になるという夢は諦められなかったのだ。


「諦められないなら追い掛けろ。また一からやり直すだけだ」

「はい……」

「だが、今は休め。まずは身体を治す、全てはそこからだ」

「分かりました」

「あぁ、眠るまで身体強化を使っておけ。傷の治りが早くなるぞ」


 ゼオルさんは、俺の肩の辺りをポンポンと優しく叩くと部屋を出て行った。

 随分と眠ったと思ったのに、すぐ睡魔が襲ってくる。


 眠りに落ちる前に、全身の血管に隈なく魔素を行き渡らせる。

 心なしか、傷や打ち身の痛みが薄れたような気がした。


 俺が寝かされていた部屋は、やはり村長の家の一室だった。

 次に目が覚めたら、こちらの世界の母親に大泣きされた。

 普段は愛情が薄いと思っていたのだが、どうやら愛情表現が下手な人だったらしい。


「心配かけて、ごめん」

「本当よ。もしニャンゴが死んでいたら、ミゲルの薄ら馬鹿を、あの世に送ってたところよ」


 いや、愛情を表に出してくれるのは良いけど、ミゲルの祖父である村長や本人の前ではヒヤヒヤするから止めてくれ。


「ニャンゴ君、ミゲルを助けてくれてありがとう。ゼオルさんから、君が戦っていなかったら、炭焼き小屋の扉は破られて、三人は助からなかったと聞いたよ。本当にありがとう」

「いえ、俺も夢中だったので……」

「ミゲルを助けるために、こんなに酷い怪我を負わせてしまった。こんな事では償いにならないだろうが、君さえ良ければ私の家で働かないか。ゼオルさんの手伝いをしてもらえれば、うちとしても助かる」


 村長に雇ってもらえるならば生活に困る事はないだろうが、村の外の世界をもっと見て歩きたいので首は縦に振れなかった。


「少し……少し考えさせて下さい」

「そうか、無理にとは言わぬが、考えてみてくれ。ミゲル、お前からもお礼を言いなさい」


 村長の隣に控えていたミゲルは、複雑そうな表情を浮かべていた。

 命が助かったことは素直に嬉しいが、自分達を助けた立役者が俺なのが気に入らないのだろう。


「よ、よくやったな。爺ちゃんが、片目になったお前でも出来る仕事をくれるって言ってるんだ、ありがたく思え……痛っ!」

「この馬鹿たれが! 命を救ってくれた恩人に対して、何て口の利き方をするんだ! フリオにお前を勘当させて、村から放り出すぞ!」


 村長に拳骨を落とされ、ミゲルは渋々といった感じで俺に礼を言った。

 ゼオルさんの手伝いは魅力的だが、村長の家で働くことになると、ミゲルと毎日顔を合わせることになるので、床払いをした後で丁重にお断りした。


 身体強化魔法を使っていたので、傷は思ったよりも早く治ったが、視力は戻らなかった。

 コボルトの爪で抉られた跡も、ザックリと三本消えずに残っている。


 体のゴツイ兄ちゃんが同じような傷を負っていたら、強大な魔物と命賭けの戦いでもしたのだろうと畏怖されるのだろうが、猫人の俺では命からがら逃げたとしか思われないだろう。まったく、男前の顔と自慢の毛並みが台無しだ。


 結局、村長からは小麦粉、ダレスの両親からは芋、キンブルの両親からは蜂蜜をどっさり貰い、俺は元の生活に戻った。

 親父が何で村長に雇ってもらわなかったのかと、うにゃうにゃ文句を言って来たので、もうモリネズミも魚も捕って来ないぞと言ってやったら静かになった。


 元の生活に戻ったものの、やはり左目が見えないのは、かなり不便だ。

 すっかり手馴れていたモリネズミの捕獲も、遠近感が掴めないせいで何度も失敗した。


 視野が狭くなった分、山に入る時にはより慎重にならざるを得ないし、トラウマと言う程ではないが、コボルトに襲われた記憶が身体を緊張させた。

 この辺りは、徐々に慣れていくしかないのだろう。


 一方で、左目の影響を余り受けないものもある。

 ステップは、踏み出す足の位置に合わせて発動出来るように訓練したので問題無い。


 サミングは、距離感が掴めないので加減が上手くいかないが、狙いは付けられるので大丈夫だろう。

 シールドも展開する場所の精度が甘くなっているが、強度は変わらないし、アーマーも問題なく装備できた。


 今になって考えてみると、コボルトの一撃を食らった時に、アーマーを解除してシールドを展開できていれば、視力を失わなくても済んだかもしれない。

 キンブルから石を投げ付けられた時には、咄嗟にシールドを展開できたが、扉を掻き毟っていたコボルトへの攻撃に気を取られ、反応出来なかったのだろう。


 これまで習得した魔法の精度や展開速度を上げると同時に、新しい魔法も身に付けたいと考えるようになった。

 それは、探知系の魔法だ。


 空属性魔法を使っていて感じるのは、作った物体との感覚的な繋がりだ。

 例えば、槍で魚を突いた場合、普通の槍ならば手応えを感じるのは槍を握る手元だが、空属性の槍の場合は、刺さる穂先の感触が伝わってくるのだ。


 熱さや冷たさ、痛みまでは感じないが、まるで直接手で触れているかのような感触がある。

 この特性を使って、見えない場所の状況を探るような魔法が作れないかと考えている。


 具体的な方法は検討中だが、例えば小さな粒状の物を狭い間隔で並べて動かし、接触した感覚で物の形を探るとか、薄い膜にして振動で音を探知するとかだ。

 最終的には、映像を捉えられるようにして、左目の死角を補ったり、音の探知を併用して敵の状況を探るような使い方が出来ればと考えている。


 身体強化魔法も、属性魔法と併用出来るようにしたいし、部分的な強化も検討中だ。

 ただ、属性魔法との併用は、魔素を身体に取り込む効率も絡んでくるし、とにかく使える魔力を高める必要がある。


 イブーロの街の冒険者ギルドで登録を行った時、俺の魔力指数は32、平均的な成人男性の四分の一程度だと判定された。

 あれから半年以上、毎日魔法の訓練を続けて魔力指数も上がっているはずだが、アツーカ村には判定できる魔道具どころかギルドが無い。


 イブーロの街まで行って測ってみたい気持ちはあるが、自分が思っているよりも成長していなかったら、冒険者になるという気持ちが折れてしまいそうな気もする。

 何より、巣立ちの儀の時点で、俺の15倍近い魔力指数を持っていたオラシオに、全く近付けていなかったら……と考えてしまうと、街まで行こうという気力が沸いてこない。


「オラシオ、頑張ってるかなぁ……」


 ゼオルさんの話によると、騎士訓練校では一年ごとに振るい落としの試験があるらしい。

 来年の春が最初の振るい落としで、通常三年の訓練を終えるまでは家に戻ることも許されないそうだ。


 それまでに戻って来てしまったら、その時点で騎士への道は断たれるし、五年の訓練期間を終えて騎士見習いとなれるのが全体の四分の一で、正式な騎士として叙任されるのは十分の一にも満たないらしい。


 ただし、騎士になる道が断たれても、職業兵士としての道が残されるそうだ。

 騎士と職業兵士の違いは、騎乗が認められるか否かが見た目の大きな違いだが、王国から支給される給与にも大きな差があるらしい。


 まぁ、別に成金生活がしたい訳でも、お堅い騎士の世界を体験したい訳でもない。

 俺は、気ままな冒険者生活を味わいたいだけだ。


「そのためには、訓練あるのみか……身体強化を使いながら、ステップ!」


 周りの人からは分からないだろうが、今日も俺は魔法を使いながら、冒険者への道を歩き続ける。

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