第16話 特攻
村の端まで来たところで、身体強化魔法を解除した。
まだ属性魔法との併用が出来ないからだ。
ミゲル達がゴブリンに襲われているところに遭遇した場合、身体強化魔法だけでは出来る事に限りがある。
むしろ、属性魔法が使えた方が、ゴブリン達の注意を引き付けたり、高い位置に逃げるなどの方法を取れる。
ただし、視力の強化も消えてしまうので、月が昇っている間に決着を付けなければならない。
夜目が利かない状態で、暗い森の中で戦うなど自殺行為だ。
ステップを使って、地上から4、5メートルほどの高さを小走りに進む。
材質に改良を重ねてきたので、ステップの上を走っても足音は殆ど立たない。
今の俺を誰かが目撃したら、音も無く移動する黒い影に見えるだろう。
西の山に踏み入り、炭焼き小屋に向かって進んでいると、異変に気が付いた。
目指している方向から声が響いてきたのだ。
「ウォン、ウォン、ウォォォォォン!」
声の主は、おそらくコボルトだろう。
一頭や二頭の鳴き声とは思えない。
炭焼き小屋に近付くほどに、コボルト達の声は大きくなり、かなり興奮しているように感じる。
走る速度を落として、木の幹に隠れながら近付いて行くと、動き回る影がパッと見ただけでも十頭以上いた。
コボルトは、体格的にはゴブリンと同じく130センチ前後で、黒っぽい体毛に覆われた狼男のミニチュア版という感じの魔物だ。
鋭い牙と爪を持ち、動きはゴブリンよりも俊敏だと聞いた。
「ガァァ! グゥゥゥガァァ!」
一頭のコボルトが、炭焼き小屋の扉をバリバリと掻き毟っている。
「助けて! 誰かぁ、誰か助けて!」
「ウワゥ、ウワゥ、ウワァァァゥ!」
「ぎゃぁぁぁ! しっかり押さえろ、この馬鹿! 押さえろ!」
コボルトが掻き毟る扉の向こうから、ミゲルと思われる悲鳴が聞こえてきた。
この炭焼き小屋は、俺も安全地帯として使おうと思っていた場所で、扉や壁はかなり頑丈に作られている。
屏風岩のような抜け道になっていないのが難点だけど、数匹の魔物だったら小屋を壊される心配は無いと思っていた。
だがコボルトは、代わる代わる交代で扉に爪を立てている。
10メートルぐらい離れた木の上から覗き見ているけど、木の破片がバリバリと飛んでいるのが見えた。
たぶん、ゼオルさん達も追いかけて来るとは思うが、このままでは間に合いそうも無い。
「助けてぇ、誰かぁ、死にたくないよぉ……」
キンブルが泣き叫ぶ声を聞いて、覚悟を決めた。
アーマーを装着し、空属性魔法で作った槍を携えて、ステップを使って移動する。
5メートルぐらいの高さから駆け下りながら、扉に爪を立てているコボルトの斜め後方から思いっきり槍を突き入れた。
「ギャウン!」
仕留めたかどうかは確認しない、突き刺した槍を手放し、ステップを使って上空へと駆け上がる。
5メートル程の高さまで戻ったら、小屋の裏手に回り込むように走り、まだ俺に気付いていないコボルト目掛けて再度の特攻を仕掛けた。
「ギャン!」
深々と槍が刺さった手応えを感じながら、またステップで駆け上がる。
小屋の正面へと駆け戻ると、コボルトが一頭倒れているのが見えた。
それと同時に、俺を見つけた他のコボルト達が、猛然と吠え掛かってきた。
「ウォン、ウォン、ウォン、ウォン!」
「アォォォォォン!」
猛然と吠え立てるコボルト達に向かって、駆け下りるフリをして途中で方向を変えて高度を取る。
攻撃するフリだけでなく、長い槍を作って実際に攻撃を仕掛けてみた。
「ギャゥ!」
柄を長くした分だけ強度が足りず、深手を負わせる前に折れてしまったが、刺されたコボルトは突然の痛みに怯んだような表情をみせた。
「よーし、こっちだ。おらっ、次はどいつだ? ほら、追って来い!」
5メートル程の高さだと、コボルトは助走を付けてジャンプしても届かない。
チクチクと攻撃しながら、小屋から離れて山の方へとコボルト達を誘導していく。
視界の端、山の麓の方に明かりが動くのが見えた。
ゼオルさんのことだから、こちらに来るならば人数を揃えて来るはずだ。
沢山の明かりを掲げて、村の大人達が大挙してやって来れば、コボルト達も諦めて逃げて行くだろう。
このまま小屋から引き剥がし、時間稼ぎをしていればミゲル達は助かるはずだ。
餌となる三人よりも、仲間を攻撃した俺の方を選ぶと思ったのだが、数頭のコボルトは炭焼き小屋の前に残って、再び扉を掻き毟り始めた。
「ちくしょう、何でだよ!」
コボルト達を引き連れて森に入り、そこで一気に方向転換をして頭上を駆け抜け、そのままの勢いで扉の前のコボルトへ特攻を仕掛ける。
「ギャウゥゥ!」
ズブリと槍が肉を抉る感触を得て、一気に離脱しようとした瞬間、左前方から黒い影が迫って来た。
「うぎゃん!」
左目の辺りに焼け付くような痛みを感じ、ステップを踏み外して地面に転げ落ちてしまった。
ゴロゴロと地面を転がり、木にぶつかってようやく止まった。
アーマーを解除してしまったせいで身体のアチコチが痛み、中でも左目は痛くて開けられない。
槍を作っていたから、ヘルメットまで回す魔力は無かったのだ。
「ウガァァァァ!」
木に寄り掛かって座り込んだ俺に向かって、コボルトが一頭飛び掛って来る。
「スピア!」
「ギャゥゥゥ……」
石突を地面で支えるようにして槍を作って向かえ撃つと、コボルトは自分の体重と勢いで串刺しになって倒れたが、他のコボルト達が迫っていた。
「サミング……ステップ!」
一番先頭のコボルトに目つぶしを食らわせ、急いでステップを使って上空に逃れる。
顔の左側が、血でヌルヌルしているみたいだ。
5メートルぐらいの高さまで戻ったが、打ち身と出血のせいでかフラフラして落ちそうだ。
もう一つステップを出して、そこに掴まって身体を支える。
麓から、こちらに向かって登ってくる明かりの列が見えているが、まだもう少し時間が掛かりそうだ。
足元では、コボルト達が俺に向かって吠え立てながら、また扉を掻き毟り始めた。
「くそっ……サミング、サミング……」
何とか少しでも気を逸らそうと、扉を掻き毟っているコボルトに目つぶしを試みるが、距離が遠いと左目が見えないせいで距離感が掴めない。
「それなら、シールド……シールド……シールド……」
目潰しが駄目なら、盾での防御を試みたけど、コボルトの一撃で粉砕されてしまう。
壊されたら即作り直し、また一撃で粉砕されるの繰り返しだが、扉が削られる勢いは鈍っている。
「うにゃっ! くそっ、投石かよ……」
吠え立てているだけだったコボルトが、石を拾って投げ付けて来た。
シールドに魔力を回しているので、アーマーが作れず、もろに食らってしまった。
人間のように器用には投げられないので、スピードはさほど速くないけれど、当たれば勿論痛い。
体調が万全の状態ならば、耐えられたのかもしれないけど、見えない左目の死角から飛んで来る石を払い除けられず、何発か食らっているうちに限界を感じてしまった。
このままの状態で魔力切れに陥ったら、高さ5メートルから転落して、そのままコボルト達に食い千切られてジ・エンドだ。
炭焼き小屋が見える、高い木の枝まで移動を始めたが、益々激しくなった投石がボコボコと身体に当たってくる。
高いところにいれば安全だなんて考えは甘すぎたし、猫人の小さな身体には、投石がボディーブローのように効いてしまったようだ。
「ちくしょう……」
枝まであと50センチというところで、足元からステップが消失し、身体が浮遊感に包まれる。
悔しい、生まれ変わったこの世界では、冒険を楽しむはずだったのに、こんな所で終わりかよ。
せめて、せめてミゲル達だけでも助かってくれたら……。
落下する俺を待ち構えているコボルト達が牙を剥き、突然吹き飛んだ。
「馬鹿野郎が、無茶しやがって……」
「ゼオルさん……もう扉がヤバい……」
村の大人達より先行して駆けつけたゼオルさんが、コボルト達を幅広の長剣で薙ぎ払い、落下してきた俺を受け止めてくれた。
「ちょっと揺れるが辛抱しろよ。さぁ犬っころども、俺の可愛い弟子をこんなにしたんだ、生きて帰れると思うな!」
山が割れるかと思うほどの大音声で叫んだゼオルさんは、俺を左肩に担いだまま、右腕一本で剣を振るい、コボルトを紙くずのように斬り捨て始めた。
あぁ、やっぱり強い……斬り捨てられたコボルトを五頭まで数えたところで、俺は意識を手放した。
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