第15話 戻らない三人

 ゴブリンの討伐は色々と良い経験となったが、俺自身は、あまり役に立っていなかった気がする。

 村の大人達は俺が思っていたよりも手馴れていて、みんな危なげ無い動きをしていた。


 誰かがゴブリンに襲われそうになったら、シールドを使って守ってやろうとか、釘のように固めた空気を地面に設置して動きを止めてやろうとか考えていたが、一度も実行できずに終った。

 前世のファンタジーな知識など、経験に裏打ちされた動きの前では、殆ど意味をなさないのではと思ってしまう。


 もう一つ痛感させられたのは、体格の違いだ。

 俺が命からがら逃げ延びたゴブリンを相手に、村の大人達が平然と槍を振るって倒していたのは、体格差が大きかったからだろう。


 討伐に参加した大人は、平均身長が180センチぐらいあり、対するゴブリンは120センチ程度。

 リーチも違えば、体重も違い、槍の一突きでゴブリンの突進は封殺されていた。


 身体強化魔法を使えば、俺だってゴブリンの突進を止められるだろうが、村の大人達ほどの余裕は無いだろう。

 ゴブリン程度でこれほど悩んでいたら、もっと大型の魔物を倒すなんて夢のまた夢だ。


「うーん、重たい攻撃……重い武器を使うにも限度があるし……」


 一撃必殺の攻撃魔法があれば苦労しないのだが、そもそも空属性で作れる武器の軽さが問題なのだから、魔法で解決とはいかないのだ。

 魔法で解決出来るとしたら、刻印魔法を使った魔道具、魔銃を手に入れる事ぐらいだろうか。


 魔銃とは、その名の通り魔法を使った銃で、まだ歴史は十年程度だと聞いている。

 自前の魔力を充填するタイプと、魔石の銃弾を使う二種類があり、持っている属性に関係無く、火属性の中級レベルの攻撃魔法が撃てるらしい。


 ただし魔銃一丁は、王都で家が買えるほどの値段で、魔石を使った銃弾一発は金貨数枚するそうだ。

 とてもじゃないが、俺みたいな田舎の子供が買える値段ではない。

 結局、空属性魔法と、身体強化魔法で何とかするしかない。


 ゴブリン討伐の翌日、俺は朝から薬草採取に向かった。

 昨日、洞窟まで向かう途中にも薬草が生えているのに気付いていたが、さすがに採取するだけの余裕は無かった。


 昼は、沢で魚を捕って食べたが、産卵期を終えると魚の数が減るし、冬を越す魚は淵の深い場所へと潜ってしまうので、もうすぐ捕れなくなってしまうだろう。

 冬は薬草も種類や量が減ってしまうし、モリネズミは冬篭りに入ってしまう。

 冬の間の稼ぎ方も、今のうちに考えておかないといけない。 


 薬草を入れた籠と沢で捕った魚を担いでカリサ婆ちゃんの薬屋に行くと、ゼオルさんが来ていた。

 俺に身体強化魔法の手ほどきを始めた頃から、お茶の淹れ方を習いに来ているらしい。


「カリサ婆ちゃん、薬草採って来たよ。それと、魚はオマケだよ」

「どうれ、よくこれだけ集めて来たね。まさか、根こそぎ採って来たんじゃないだろうね」

「そんな事したら、来年の稼ぎが無くなっちまうよ」

「そうだよ、ちゃんと株は残しておくんだよ」


 薬草の採り方は、ここに入り浸り始めた頃に、カリサ婆ちゃんから叩き込まれた。

 その時に、根こそぎ取らず、次の年に育つ分を残すように、口を酸っぱくして言われた。


「ゼオルさん、昨日はお疲れ様でした」

「ニャンゴも解体まで頑張ってたそうだな」

「俺一人じゃゴブリンも倒せないから、解体を覚えるには良い機会だからね」

「来週も討伐に行く予定だからな、準備しておけよ」

「はい、次はもう少し役に立ってみせますよ」


 カリサ婆ちゃんが淹れてくれたお茶を飲み、ゼオルさんと話し込んでいたら、すっかり日が暮れてしまった。

 俺が魚を持って帰らないと、家の食卓が貧しくなってしまう。


「俺も帰るとしよう、カリサさん、長々邪魔したな」

「なぁに、茶葉を買ってもらってるんだ、気にしなくていいよ」


 ゼオルさんは、荒くれ者や悪ガキには怖いおっさんだけど、小さい子供やお年寄には柔らかな表情で接している。

 ミゲルとかを睨み付けている時と、薬屋でお茶を啜っている時のギャップが面白い。

 帰る方向が一緒なので、歩きながら討伐の話を聞いた。


「ゴブリンもコボルトも、討伐のやり方は一緒なんですか?」

「そうだ。ただ、コボルトの方が動きが速いから注意は必要だな」

「昨日討伐した洞窟は、どの程度の期間は大丈夫なんですか?」

「そいつは分からないが、まぁ、この冬の間は他の魔物が住みつくことは無いだろう」


 ゴブリンやコボルトは、春に繁殖期を迎えるそうで、その頃になると新しい群れが作られて、生息場所として秋に討伐した洞窟が選ばれる場合が多いそうだ。


「今年は、あと何回ぐらい討伐を行うんですか?」

「魔物共の動き次第なんだが、あと三回ぐらいはやっておいた方が良いだろうな」

「やっぱり一週間ごとなんですか?」

「討伐に参加するもの達も、日々の生活があるからな。毎日と言う訳にはいかんだろう」


 昨日の討伐に参加していたのは、みんな村のおっさん達だ。

 アツーカ村のような山村には、街の冒険者に依頼を出すような余裕は無いから、村の大人達が仕事の合間に討伐に参加しているのだ。


 そのため、本業が疎かにならないように、討伐は一週間に一回のペースで行っているらしい。

 つまり、次の討伐まで一週間の猶予があり、何か工夫を凝らす時間はある。


「ふん、そんなに焦って活躍しようなんて考えるなよ」

「えっ、いや、そんなつもりは……」

「誤魔化したって顔に出てるぞ。何かやらかしたい……てな」

「そりゃあ、昨日は解体ぐらいしか手伝えなかったから……」

「巣立ちの儀を終えたばかりのヒヨっ子に頼ろうなんて、誰も思ってやしないぞ」


 いや、ダレスの父親は解体を任せる気満々だったけど……他の大人達は、確かに俺が怪我しないように気遣ってくれていた。


「急には大人になれないってことですね」

「まぁ、そうだ。それに、お前はいずれ村を出て行くんだろう? 居なくなる人間に頼ってたら駄目だろう」


 街に出て冒険者として生きていきたい……なんて、ゼオルさんに話したことは無いけれど、そういうのは伝わってしまうものなのだろう。

 家も大丈夫、村も大丈夫、心配なのは薬屋のカリサ婆ちゃんだけだ。


「今年の討伐は、見て覚えるぐらいに考えておけ。それと、街に出て冒険者をやりたいなら、ゴブリン程度は一人で討伐出来るようにならんとな」

「まだまだ、課題は山積みですね」

「ふふっ、身体強化魔法が使えるようになった程度で調子に乗ってると、コロっと死んじまうからな」

「肝に銘じておきます……」


 村長の家の前まで来たので、ゼオルさんと別れて家に向かおうと思ったのですが、何やら村の大人達が集まっているようです。


「おぉ、ゼオルさんだ。ゼオルさんが戻ったぞ!」

「何だ、こりゃ何の騒ぎだ」

「ミゲルが帰って来ないんです」

「うちの息子もだ!」


 血相を変えているのは、ダレスの父親で、キンブルの両親の姿もあります。


「村長の家の蔵から剣を持ち出しているらしい」

「村の中は探したけど見当たらない」

「まさか、山に入ったのか? ガキだけでか?」


 そこへ憔悴した表情の村長が顔を出しました。


「ゼオルさん、どうすれば……」

「もう日が暮れてしまっているし、じきに月も沈む。夜が明けてからでないと、探すのは難しいです」

「そこを何とかならんか?」

「魔物どもは夜目が利きます。我々は明かりを頼りにしなければ、森の中を歩くことすらできません。それに、松明をもって移動となると山火事を引き起こす危険もある」


 村に暮らす者ならば、夜の山に入ることが、どれほど無謀か言われなくても分かっているが、改めてゼオルさんの口から告げられることで、集まった大人達の間に絶望感が広がっていった。


「ニャンゴ、お前、今日はどこの山に入った?」

「今日は沢沿いの北の山ですけど、ミゲル達は見かけてませんよ」


 山に入る時には、魔物や獣に襲われないように周囲の様子には気を配っている。

 それは、ステップを使って移動するようになってからも変わらない。

 高い位置を歩くようになったから、これまでよりも遠くまで見渡しているし、北の山にミゲル達がいれば気付いたはずだ。


「そうか、あいつら、どこの山に入りやがった……」

「おーい! 西の山に向かうのを見たってよ!」


 村の中を探しに行っていた人なのだろう、こちらに駆け寄ってきながら大きな声で知らせてきた。


「西の山……もしかしたら……」

「おい、ニャンゴ、どこに行くつもりだ!」

「炭焼き小屋。西の山でゴブリンに襲われても、炭焼き小屋に逃げ込めれば助かるかも」

「おい待て、ニャンゴ!」


 ゼオルさんの制止を振り切って、西の山にある炭焼き小屋を目指して走り出す。

 ミゲル達はムカつく連中だけど、ゴブリンに食われてしまえ……とまでは思わない。


 身体強化魔法を使って、力加減は二割程度で走る。

 これならば、強化無しの全力疾走と変わらないスピードで、長い時間走り続けられる。


 それに、身体強化魔法を使っていると、視力も強化され夜目も利くようになるのだ。

 月が明るいせいもあって、昼間と同じように見える村の道を西の山を目指してひた走った。

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