第14話 ゴブリン討伐
ゴブリンやコボルトが、コロニーを作る場所は決まっている。
近くに飲み水があり、雨風をしのげる場所だ。
アツーカ村近くの山の中には、この条件を満たす洞窟がいくつかある。
こうした洞窟の場所は村民に周知されていて、薪拾いや薬草採取などで山に入る者達は不用意に近付かないようにしている。
今、俺達が向かっているのも、そうした洞窟の一つだ。
身体強化魔法の自主練習が解禁されてから一週間、今日はゼオルさんが中心となって、村の男衆の中でも体の大きい者が十五人ほど参加しての魔物討伐だ。
目標は、ゴブリンやコボルトなどの繁殖力の強い小型の魔物。
ついでに、普段近くの山では見かけない凶暴な魔物がいたら、そちらも討伐する。
これから冬に向かう山の中では、当然ながら食料が不足してくる。
果実や木の実のシーズンは終わり、真冬には地面が雪に覆われる日もある。
村の人間のように、春から秋までに作物を育て、収獲し、保存する知恵を持ち合わせていれば厳しい冬も乗り越えられるが、ゴブリン達にそこまでの知恵は無い。
山の食料が不足すれば、村に下りて来て食い物を漁る可能性が高まるのだ。
よく、ファンタジーの中では、ゴブリンは人間のメスを苗床として子供を生ませるといった設定を見かけるが、この世界ではあり得ない。
男も女も、ゴブリンにとっては等しく獲物であり餌として認知されている。
狼人や牛人など身体の大きな人種の成人男性ならば、ゴブリンやコボルトと素手で戦っても追い払えるだろうが、それはあくまでも一対一の場合だ。
三頭、四頭の群れで襲われれば対処出来ないだろうし、ましてや子供では一対一でも敵わないだろう。
アツーカ村の家は、東京の住宅地のように密集して建っていない。
例えば、一軒の家がゴブリンの群れに襲われたとしても、他の家が気付かない事だって考えられる。
実際、過去には村はずれの家が襲われて、一家全員がゴブリンの餌食になった事もあるそうだ。
そうした事態が起こらないように、村に近いゴブリンやコボルトのコロニーを叩いておくのだ。
今朝は、村長の家の前に集合して出て来たのだが、出発前に俺の同行を巡って一悶着あった。
参加する村の大人達からは、危険ではないかと危ぶむ声が上がり、ミゲルが自分も連れていけと駄々を捏ね始めたのだ。
「ニャンゴを連れていくのは、戦闘に参加させるためじゃねぇ。何か起こった時に、村へ連絡に走らせるためだ。こいつはすばしっこいし、普段から薬草採取をしているから山歩きにも慣れているしな。それに、おいニャンゴ、ちょっとお前の走りを見せてやれ」
ゼオルさんの説明を聞いても、半信半疑といった表情を見せている村人のために、身体強化を使った走りを見せろという意味だった。
身体強化を使った状態で三割程度の力加減、強化を使わない全力疾走の四割から五割増しのスピードで走ると、集まった大人達は目を丸くしてた。
「どうだ、このスピードがあれば混乱した戦場からも抜け出せる。勿論、万全の準備をしてから仕掛けるが、何か起こった時の対策も怠る訳にはいかん。ニャンゴは、そのために連れて行く」
俺の走りを見た後は、大人達からは異論は出なかったが、ミゲルの不満は収まらなかった。
何でニャンゴだけ贔屓するんだとか、俺にも身体強化魔法を教えろとか、散々駄々を捏ねていたが、今の時点での力不足を突き付けられれば、黙るしかなかった。
冬を前にしての魔物討伐は昔から行われていたが、怪我人や時には死者が出ることもあったそうだが、ゼオルさんが村に来てからは、時々怪我人が出る程度で死者は出ていない。
ミゲルを連れて行ったとしても大丈夫なのだろうが、遊びに行くのではない、不安要素は増やせないと、ゼオルさんは首を縦には振らなかった。
討伐に参加している大人達の装備は、革胴に手甲、脚甲、武器は槍と鉈だ。
ゴブリンと戦う時、基本は槍を使って近付かせずに倒すのだが、近づかれた場合には鉈を使う。
なぜ剣ではなく鉈なのかと訊ねたら、参加する全員が、日ごろから薪割りなどで使い慣れているのと、刃が厚いので折れたり曲がったりする心配が無いからだそうだ。
それに、鉈自体に重さがあるので、斬れなくても骨まで砕くようなダメージが与えられる。
ちなみに俺は、身体に合った小ぶりのナイフを持っているだけで、ぱっと見は戦闘力ゼロだが、武器なら空属性魔法で作れる。
この日のために、槍と短剣を瞬時に作れるように練習を重ねてきたが、たぶん、戦闘への参加はゼオルさんが許可してくれないだろう。
村を出発してから二時間ほど歩いたところで、ゼオルさんが後続に合図をした。
どうやら、ゴブリンなどのコロニーがあると思われる洞窟の近くまで来たらしい。
「ここから先は、無駄口は控えろ、出来るだけ物音を立てないように意識しろ」
ここまでは、物見遊山気分で歩いていた村の大人達も、表情を引き締めた。
準備を整えて来たが、それでも命のやり取りするのだし、ゴブリン達を逃がしてしまえば村が、自分の家族や友人が危険に晒されるのだ。
木の幹や灌木に身を隠しながら近づいて行くと、洞窟の前には五頭ほどのゴブリンの姿があった。
そのうちの三頭は、まだ子供のように見える。
「春に生まれたガキだな……情けはかけるな。殺らなきゃ殺られると思え」
ゼオルさんは、二度ほど深呼吸をすると、持っていた槍を肩の上に構えた。
「ぬんっ!」
投げ放たれた槍は、銀色の光芒を残して一頭のゴブリンの胸に突き立った。
ゼオルさんは、すかさず次の槍を受け取って投擲、こちらも狙いを過たずゴブリンを串刺しにした。
「いくぞ!」
木の陰から飛び出したゼオルさんは、腰に吊るしていた幅広の長剣を引き抜くと、親を殺されて呆然としていたゴブリンの子供を切り捨てる。
あまりの早業に、ゴブリン達は悲鳴を上げる間も無く、命を絶たれた。
「よし、囲め! 一匹も逃がすんじゃねぇぞ!」」
「おう!」
槍を構えた村の大人達は、洞窟の入り口を塞ぐようにして、半円形に取り囲んだ。
物音を聞いて飛び出して来たゴブリンを、一人が胴体を槍で突いて止め、周りの者が首筋などの急所を突いて止めを刺す。
普段は畑仕事や酪農をしている村の男達だが、何度も討伐に参加して慣れているようだ。
こうした隊列や連携も、ゼオルさんが指導しているのだろう。
飛び出して来た六頭のゴブリンは、瞬く間に血祭りに上げられたが、洞窟の中にはまだ残っているようで、警戒するような唸り声が響いてくる。
「よし、燻すぞ!」
ゼオルさんが指示を出すと、村の男達は担いで来た藁束に火をつけて、洞窟の中へと放り込んだ。
「女神ファティマ様の名のもとに、風よ吹き抜けろ!」
風属性の魔法を使える者は、洞窟内部に向かって魔法で風を送り込む。
「いつ飛び出して来てもいいように、準備しておけよ」
藁束が燃えて、洞窟の中は煙で満たされていく。
やがて咳き込むような声が聞こえ、一頭また一頭と這い出てきたゴブリンが槍の餌食となっていく。
討伐したゴブリンの数が二十頭を越えると、洞窟から這い出して来なくなった。
それでも洞窟の入口を囲む村の男達は、表情を緩めずに警戒を続けている。
「よし、六人を警戒に残して、他の連中は解体を始めろ」
ゼオルさんの指示で、警戒を続ける六人以外はゴブリンの解体を始めたのだが、最初に行ったのは、穴を掘って薪を燃やすことだった。
討伐を行っている間も、血の匂いが周囲に流れていたが、解体を始めると更に血の匂いが濃くなる。
その匂いに釣られて、別の魔物が寄って来ないように、薪を燃やして火を使う人間が居ると知らせるのだ。
一部を除いて、魔物も火を怖れるらしく、煙の匂いが魔物避けの基本だそうだ。
「ニャンゴ、やってみるか?」
「いいんですか? じゃあ、教えて下さい」
俺に声を掛けて来た馬人の男性は、たしかミゲルの腰巾着ダレスの父親だ。
親切で教えるというよりも、自分の手を汚したくないだけのような気がする。
「ニャンゴ、ナイフは?」
「もう持ってますよ。空属性魔法で作ったナイフなんで、ぱっと見ただけじゃ分からないでしょう」
魔法で作ったナイフで、ゴブリンの皮膚を少し切ってみせると、ダレスの父親は口を半開きにして驚いていた。
ついでに言うと、上半身は顔の部分を残して、ゴムのように柔らかく固めた空気で覆ってある。
使い捨ての手袋と手術着みたいな感じで、これを着ていれば、血が飛び散っても大丈夫だ。
ゴブリンを解体する最大の理由は魔石で、魔石は心臓のすぐ近くにあるので当然出血も多くなるが、自慢の毛並みが汚れる心配は要らない。
ダレスの父親に教わりながら、ゴブリンの解体を進めた。
一番下のあばら骨のところを横一文字に切り開き、腕を突っ込んで魔石を回収する。
「心臓のすぐ脇にある少し小さい塊だ、そいつを引っ張り出せ……そうだ、それを切り開け」
「おぉ、魔石だ……」
鶏の卵よりも一回り小振りな魔石は、濁った深緑色をしている。
魔石は魔物ごとに色が違っていて、コボルトのものは焦げ茶色だ。
練習したいからと頼んで、別のゴブリンの解体もやらせてもらう。
大人達にしてみれば、自分の手を汚さないで済むから、喜んで譲ってくれる。
心臓を取り出せないかとチャンスを狙うが、空属性魔法で作ったナイフが注目を集めてしまって、今回は難しそうだ。
近くの水場で魔石を洗い、ついでに腕についた血を流してから、身体を覆っていた空気を解除すれば、自慢の毛並みは元通りだ。
俺達が討伐したゴブリンを解体している間に、ゼオルさん達が洞窟内部の掃討を終えていた。
魔石を取り出したゴブリンは、土属性魔法を使える者が掘った穴の中で、倒木などと一緒に燃やした。
完全な灰にはならないが、魔物や獣が見向きしなくなる程度まで焼き焦がし、ニガリヨモギの粉を混ぜた土で埋める。
討伐したゴブリンが餌となり、他の魔物が住みつかないための処置だ。
洞窟の周辺や内部にも、ニガリヨモギの粉をたっぷりと撒いて、討伐は終了。
山を下りて村に戻ったのは、傾いた日が山の稜線に隠れる頃だった。
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