第13話 身体強化魔法
山の広葉樹が葉を落とし、冬の足音を身近に感じる季節になった。
ゼオルさんから身体強化魔法の手ほどきを受けるようになってから約一ヶ月が経過し、ようやく自主練習の許可が出た。
それは、身体強化魔法を使っても良いという許可でもある。
「いいか、ニャンゴ。最初は身体強化魔法を使いながら、ゆっくりと動け。いきなり全力で動くと、筋肉や関節を痛めることになる。強化出来る度合いは一定、力加減は身体の動きで調節しろ」
「了解です」
身体強化魔法は、魔素を流す量を調節して、強化の度合いを調整するのかと思っていたが、強化出来る割合は一定らしい。
つまり、強化するか、強化しないか、スイッチを切り替えるだけらしい。
動きの速さは、筋力で加減するらしい。
例えば、二倍の強化が出来る人が、元の50%増しの力で動くには、75%の力加減で動かなければならない。
「強化されるのは良いとして、何だか使い勝手が悪いような……」
「魔法で強化の度合いを調整することには多くの者が挑戦してきたが、それよりも筋力で調整する方が楽という結論になっている。まぁ、挑戦しても構わんが、そこに属性魔法との併用まで加えると、魔法の調整で手一杯になって動きが取れなくなるだろうな」
確かに俺の場合、属性魔法との併用を考えているので、ONかOFFかに限定した方が良さそうだ。
「じゃあ、まずは身体強化をせずに走ってみろ」
今居る場所は、村を流れる川の土手道で、ここなら邪魔が入らずに全力疾走も出来る。
まずは、身体強化魔法を使わずに走ってみたが、魔法の訓練の他に筋トレも続けていたので、春よりも確実に速くなっていた。
「ほぅ、なかなか動けるじゃないか。じゃあ、次は身体強化して走ってみろ。最初は二割程度の力で試せ」
「二割ですか……」
二割程度とは、随分と抑え気味だと思ったが、それだけ身体を痛める危険性があるのだろう。
大きく深呼吸して気持ちを落ち着け、血管に魔素を満たして循環させる。
軽くジョギングする程度の気持ちで一歩を踏み出したのだが、あまりの違和感に五歩も進まずに足を止めた。
全身の毛が逆立って、冷や汗が流れている。
「どうだ、すげぇだろう?」
ニヤリと笑ったゼオルさんの問い掛けに、頷きを返すだけで精一杯だった。
軽く、本当に軽くジョギングする程度の力加減だったのに、スピードの上がり方が全力疾走した時と同じぐらいに感じたのだ。
「これまで黙っていたが、お前の魔素の流し方は普通の奴とかなり違っている。暴走する心配も無さそうだし、何より魔素が濃密に流れていくから、どうなるか楽しみだったが……こいつは思った以上みたいだな」
たぶん、毛細血管まで意識するような流し方が原因のようだが、他の人よりも大幅に身体能力が強化されているようだ。
ただ、仮に五倍の強化が出来たとしても、筋肉や靭帯が壊れてしまうような気がする。
「地味な基礎訓練を粘り強く続けた御褒美だ。手に入れた類い稀な力に振り回されないように、また基礎から地味に訓練を重ねろ」
「そうですね。無茶したら確実に身体が壊れそうですよ」
身体強化魔法を使っての軽いジョギングを再開する。
信じられないほど軽い力で、信じられないほどスピードが上がっていく。
三割程度の力加減で、素の全力疾走を超えるスピードで走れたし、筋肉の疲労度も少ないような気がする。
ただし、魔力的な疲労度は感じるので、長時間強化を続けるのは難しそうだ。
そして、普段の五割程度の力加減で走ると、腿の裏がピリっと悲鳴を上げた。
すぐにスピードを緩めたので、大事には至ってないと思うが、身体強化を使っての全力疾走したら、間違いなく身体が壊れるだろう。
「どうした? 痛めたのか?」
「ちょっとピリっと……」
「そうか、今日はここまでだな。夜眠る前に魔素を流す基礎訓練をやっておけ。身体強化をしている時は、回復力も強化されるから治りが早くなるぞ」
「そうなんですか、やってみます」
筋力は強化されると分かっていたが、回復力まで強化されるというのは朗報だ。
この世界には、いわゆる治療用のポーションが存在しているが、光属性の魔法を使える人が、普通の傷薬に長時間治癒の魔法を掛けて作るそうで、とても高価だ。
掛けただけで、止血できたり、傷口が塞がるような上級ポーションは、高ランクの冒険者が保険のために持ち歩くようなもので、俺のような田舎のガキには手が出せない値段だ。
もし、何倍もの早さで回復するならば、ポーションの代わりになるかもしれない。
「ゼオルさん、普段から身体強化魔法を使っていたら、肉体的にも強化されたりするんですかね?」
「そいつは難しいだろうな。見たところ、お前は強化の度合いが高いから、強化を掛けている状態では全力で動けない。それだと、肉体的には鍛えられないだろうな」
「やっぱり、身体強化を使わない状態で地道にトレーニングするしかないのか……あれ? 肉体を強化すれば、身体強化を使った時に出せる力は更に強化されるから……どこまで行っても全力は出せないような……」
「がはははは、確かにそうだな。まぁ、それでも身体を鍛えれば限界点は高くなるんだ、無駄ではないぞ。俺が教えられるのはここまでだ。あとは、自分で色々試してみろ」
「ありがとうございました。とりあえず、身体を壊さないように気をつけながら、試してみます」
身体強化魔法の基本は教えてもらったが、ここから先は自分で自分の身体と相談しながら限界を見極めていくしかないようだ。
俺の場合、属性魔法との併用にも挑戦しなければならないし、まだまだ課題は山積だ。
「ニャンゴ、一週間後に魔物を間引きに山に入る。お前も同行しろ」
「えっ、でも俺は攻撃手段は無いも同然ですよ」
「大丈夫だ、お前に魔物を倒せなんて言わないから心配すんな。ただし、逃げ足だけは磨いておけよ」
「了解です」
アツーカ村の周辺では、秋の終わりから春になるまでに、食い物に困った魔物が村に侵入する場合がある。
特に元々数の多いゴブリンは、放置しておくと大挙して村に押しかけ、場合によっては村人に被害が及ぶこともある。
そこで、本格的な冬を前にした今ぐらいの時期に、魔物の個体数を減らすための山狩りをするのだ。
ゼオルさんを中心に討伐に向かうのは、身体が大きな人種の村人だ。
ゴブリンの群れに遭遇しても、身体の大きな人種が数で上回れば、被害を受けずに討伐できる可能性が高い。
万が一、オークなどの大型の魔物が出て来た場合には、ゼオルさんが相手をするらしい。
今回、俺がゼオルさんに誘われたのは、逃げ足だけは一人前だと認められたからだろうが、出来れば攻撃でも一目置かれたい。
とりあえず『サミング』と『シールド』で支援するとして、もう少し攻撃性の高い属性魔法が使えないか、残り一週間で考えよう。
それに、ゴブリンを討伐するならば、心臓を食うチャンスがあるかもしれない。
間違いなく魔石は取り出すので、心臓周辺まで切開する事になる。
ただし、どれぐらい食べれば効果が出るのかも不明だし、魔物の生肉を食べるのは禁忌とされているので、周りに居る大人に見つかれば、何を言われるか分かったもんじゃない。
それでも、身体の小さい俺が、強い魔法を使えるようになるために、是非とも試してみたい方法なのだ。
「あぁ、オラシオの奴、ちゃんと訓練に付いていけてるのかな? 便りが無いのは無事の知らせ……なんて状況は手紙が簡単に届けられる世界での話だけど……頑張れよ、オラシオ。必ず騎士になるって約束したんだからな」
遠い王都で頑張っているであろうオラシオを想像しながら、夕暮れの土手道を家へと向かう。
なるほど、身体強化は回復力も高めるらしく、さっき痛めた太腿の裏側も、もう痛みが引いていた。
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