第12話 基礎訓練は続く
属性魔法は女神の魔法、刻印魔法は学者の魔法、身体強化魔法は人の魔法と呼ばれている。
属性魔法は女神から与えられるので、上達の度合いは訓練次第だが、教えられなくても使い始められる。
魔法陣を使う刻印魔法は、学校へ行き、専門的な知識を得ないと使えないから学者の魔法。
そして、身体強化魔法は、人から人へと受け継がれていくから、人の魔法と呼ばれているらしい。
訓練を始めて分かったことは、属性魔法は魔脈に魔素を巡らせて発動させているが、身体強化魔法は魔素を血管に流して使うものらしい。
この魔素を血管に流すプロセスが、教わらないと感覚として掴めないようだ。
右手から左手に流す事から始めた訓練は、右手から右足、右手から左足、右足から左手といった感じで、全身に巡らせる感覚を覚えさせられた。
理屈は分かっているのだが、身体の中を弄られているようで、何度やっても全身の毛が逆立った。
「これが基本で、こいつを疎かにすると、身体を壊す可能性が高まる。気持ち悪いだろうが辛抱しろ」
現在は、ゼオルさんが外から操作して、魔素がスムーズに流れるか調整している段階で、引っ掛かりなく流れるようになれば、次の段階に移行できるそうだ。
訓練の前後には、魔法についての知識も教わった。
属性魔法と身体強化魔法では魔素の流れも異なるし、一度に使うには魔素を消費する量も増えるので、併用は難しいらしい。
上位ランクの冒険者でも、完全に併用する者は少なく、多くは素早く切り替えて使い分けているらしい。
「戦闘に入る前に、身体の中を魔素で満たしておくんだ。魔脈にも、血脈にも魔素が満たされていれば、素早く切り替えて使えるというわけだ」
「そんなに両方を併用するのは難しいものなんですか?」
「なにか同時に使いたい理由でもあるのか?」
「ええ、まぁ……」
既に完成の域に達しているステップだが、まだ練習段階として話して、身体強化を使った状態で逃走に活用したいとゼオルさんに話した。
「ほう、そいつは面白いな、空気で足場を作るのか」
「上手くいけば、川を渡ったり、崖の向こう側へも移動できるようになるので、逃走するのには便利かと……」
「そうだな。逃走するとなれば、身体強化も同時に使えた方が良いな。だったら、自分で工夫して練習してみろ。お前の歳から練習を積めば上手く併用できるようになるかもしれんぞ」
やはり、身体強化魔法も、若いうちから訓練した方が上達も早いし、強化の度合いも強くなるそうだ。
身体の小さい俺としては、身体強化魔法と属性魔法の併用は、是非ともマスターしておきたい。
「そう言えば、騎士の候補生って、どんな訓練をするんですかね?」
「騎士の訓練か、お前と同い年が一人候補になったんだったな。騎士になる奴らは、まずは基礎訓練だ。重りを背負って走らされ、筋力鍛錬、それからぶっ倒れるまで魔法の発動だ」
「うぇぇぇ……騎士としての礼儀とか振る舞いとかは?」
「そんなものは、騎士になる見込みが出てからだ。とにかく基本となる能力を上げる、戦闘技術だとか、礼儀なんてものは二の次、三の次だぞ」
アツーカ村の中では、俺が一番魔法の訓練を積んでいるし、同年代ではずば抜けた腕前だと思っていたけど、王都に行ったオラシオは遥かに先を進んでいそうだ。
騎士のように堅苦しい生活や、ゴリゴリの戦闘職になるつもりはないけれど、オラシオと再会した時に差を見せつけられるのは癪に障る。
「なんだ、騎士団にスカウトされた奴と張り合うつもりか? それなら、ミゲルをやり込めた程度で満足してるようじゃ話にならんぞ。候補生とはいえ王国騎士を目指す連中から見れば、ミゲルなんざ虫ケラか道端の石ころだ。お前でも、せいぜい捨て猫程度だな」
「別に満足なんかしてないし……」
スタートの時点からして大きく引き離されていたのだから、正面切って張り合うつもりは無いけど、現実を突き付けられると悔しくなる。
むこうは才能がある人間が更に努力をしているのだから、才能に恵まれない俺では、それこそ血の滲むような努力をしないと追い付くことなんか出来やしないだろう。
「幼馴染に負けたくない気持ちは分かるが、身体強化は基礎を疎かにするなよ。基礎訓練は退屈だし効果が見えにくいが、基礎をしっかりと作っておけば、後からの伸び代が違ってくる。まずは焦らず、じっくりと取り組め」
「はい……」
とは言ったものの、身体強化魔法の基礎訓練は地味だ。
ゼオルさんと手を繋いで、血管内に魔素を巡らせる練習の繰り返しだ。
最初、ゼオルさんが動かしていた魔素を、次の段階では俺が動かしている。
相変わらずゼオルさんと手を繋いでいるが、今は魔素の動きを監視して貰っている感じだ。
外から取り込んだ魔素を血管へと流して循環させていくのだが、属性魔法を使う時に魔脈で循環させるようにスムーズに出来ない。
たぶん、本来は魔素を流すものではないのに、意図的に血管に循環させることで身体強化を実現しているのだろう。
更に、どうせ上手くいっていないならばと前世の知識を持ち出して、毛細血管まで意識してしまったせいで、ドツボに嵌ってしまった。
それまでは太い血管しか意識していなかったから、それなりに流れていた魔素が、急に上手く流れなくなってしまった。
「ゼオルさん、コツみたいなものがあるんですかね?」
「ふふん、お前の身体の中のことだ。自分で何とかしろ」
「はぁ……」
ゼオルさんにアドバイスを求めても、万事この調子で、自分で考えて解決するしかないようだ。
こうなれば、徹底的にやるしかないと開き直って、まずは右手から始めて、全身の細い血管まで魔素が巡るように集中して取り組んだ。
太い血管にドンっと魔素を押し込んで、そこから細い血管を通して拡散、浸透、循環するイメージが固まって来ると、流れが徐々にスムーズになっていった。
速い流れを作るよりも、ゆっくりでも良いので、澱みなく、均一に、体の隅々まで巡る流れを作っていく。
試行錯誤を繰り返している間も、ゼオルさんは軽く頷くか、首を横に振る程度で具体的なアドバイスはしてくれない。
教え方が壊滅的に下手なのではと疑ったりもしたが、感覚的なものなので、本人が工夫して掴むしかないそうだ。
ゼオルさんが手を握って監視を続けているのは、万が一血管内の魔素の流れが暴走した時、強制的に押さえ込むためらしい。
「魔素の流れが、暴走するとどうなるんですか?」
「血脈が裂けて血が噴出したり、心臓が破裂して死ぬ場合もあるぞ」
「うぇぇぇ……マジっすか?」
このオッサン、サラッととんでもない事を言いやがったぞ。
重篤な後遺症という話は聞いてたけど、死ぬほどとは聞いていない。
「じゃあ、訓練をやめるか?」
「いえ、やめるつもりはないです」
「騎士の訓練で身体強化の訓練を始めるのは、三年目からだ。それまでの時間は、身体強化に頼らなくても強靭な肉体を作るための訓練に費やされる」
「それじゃあ、俺の方が上手く身体強化を使えるようになる可能性が高い?」
「そうだな、だがそれもお前次第だし、例え身体強化魔法に長けていても、基本となる身体の強さを伴わなければ、張り合うことなんか出来ないぞ」
身体強化魔法にも、当たり前だが限界はある。
10の力を持つ者が、2倍になる身体強化を使えば力は20になる。
力が2しかない者が張り合うためには、力が10倍になる身体強化魔法を使わなければならない。
「魔法を使って、どの程度まで強化出来るんですか?」
「そうだな……普通は三割増し、上手いやつなら五割増し、倍まで強化出来るのは一握りの人間だけだな」
俺が倍の強化が出来るようになったとしても、オラシオだって三割増しには強化される。
元々の身体能力の差を考えると、単純な力勝負では勝てないだろう。
やはり、身体強化魔法はスピードアップに使うべきだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます