第10話 疫病神? 福の神?

 街の規模が大きくなるほど、人種による偏見や差別が厳しくなるらしい。

 アツーカ村のように山奥の小さな村では、村人全員が働き手として役目を果たさないと村を維持していけなくなるから差別される事は少ないらしい。


 それでも、全く偏見や差別が無い訳でない。

 そもそも猫人は、他の人種に較べると体が小さい。


 口論の果てに腕力に物を言わされれば、勝敗は目に見えている。

 俺の親父が、近所の牛人のおっさんに凄まれて、面倒事を押し付けられているのを物心ついた頃から良く目にしてきた。


 体格的には小学生と大男だから、ビビッてしまうのも無理はないのかもしれない。

 俺は、同い年で村長の息子孫でもある狼人のミゲルにも、気に入らなければ文句を言ってきたし、腕力勝負を挑まれそうになったら、素早さを活かしてさっさと逃げて来た。


 いじめられた上に、あっさりと殺されてしまった前世のように、言いたいこともロクに言えずに生きていたくないからだ。

 ミゲルは事あるごとに卑怯だとか、腰抜けだとか煽ってくるが、挑発に乗るつもりは無い。


 腕力に優れている奴と、まとも腕力で戦ってたまるもんか。

 俺を卑怯呼ばわりするなら、俺の得意な素早さで戦って勝ってみやがれ。


 巣立ちの儀から戻って暫くは、だらけた生活をしていたミゲルも、業を煮やした父親に相当絞られたらしく、最近はまともに学校に通っているらしい。

 とは言え、毎日、ほぼ一日中魔法の訓練を続けている俺のように、属性魔法の訓練はしていないようで、今ならまともに戦っても負けないだろう。


 練習を続けて約二ヶ月が過ぎて、アーマーとシールドの改良も進んでいる。

 一つは材質だが、だいぶ強度を上げられるようになってきた。


 同じ材質で作った板は、まだ棍棒で殴りつけると壊れてしまうが、壊れながらでも反発している。

 猫人の俺の攻撃でこの程度なので、魔物の攻撃に耐えられるとは思えないが、何も身に付けていないよりはマシなはずだ。

 

 二つ目の改良は、ヘルメットの作成だ。

 金属製と違って透明なので、頭をスッポリと覆う形にしても視界を遮ることは無いが、呼気がこもって曇るので、通気用の穴をつけた。


 もう一つ、耳を覆ってしまうと、折角優れた聴覚が活かせなくなってしまうので、耳を出すタイプと覆うタイプの二種類を使い分けることにした。

 索敵中は周囲の音が良く聞えるように耳を覆わないタイプ、戦闘中は耳まで覆うタイプという感じだ。


 三つ目の改良は、シールドの運用だ。

 シールドは相手の攻撃を受け止めるためのものだが、俺が手で持って使うよりも、魔法で空中に固定させた方が強いことが分かった。


 俺が持って使う場合、俺よりも強い力で押されればシールドは移動してしまうが、魔法で固定した場合には、受けきるか壊れるかの二択で、その場からは移動しないのだ。

 そこで、シールドは手に持って使うのではなく、魔法で空中に浮遊させて使うことにした。


 訓練の時には小さいサイズで二枚作って、俺の周りを移動させているが、ステップの運用に慣れているせいか、動かすよりも破棄して新しいものを展開する方が早そうだ。

 俺が危険を察知するよりも早く、自動的に展開するのが理想だが、そこまでのレベルに到達するのは難しそうだ。


 このまま訓練を続ければ、逃走と守備体制は納得できるレベルまで到達できそうだが、問題は攻撃力の向上だ。

 猫人の身体は小さく軽く、空属性の魔法で作れる武器も丈夫だけど軽いので、更に魔力を高められても、一撃の威力を高めることは難しいだろう。


 重たい一撃が無理ならば、速さを極めるしかないだろう。

 そのために、なんとか身体強化魔法を会得したいと思っている。


 身体強化魔法は、その名の通りに魔法によって身体能力を強化する魔法だが、訓練をしないと使えるようにならない。

 属性魔法は巣立ちの儀で封印を解かれた瞬間、封じられていた記憶を思い出したみたいに使えるようになるが、その取っ掛かりの部分が分からないのだ。


 魔力で身体を強化するという理論が分かっても、どうやって魔力を身体に流すのか、基本的な感覚が分からない。

 属性魔法を使うように、魔脈に魔素を注ぎ込んでも、属性魔法が強化されるだけで、身体が強化されることはない。


 独力で使えるようになる人もいるそうだが、強化の加減が出来ずに筋肉や靭帯を痛めたり、最悪の場合には重篤な後遺症を負う危険性もあるらしい。

 そのため最初のうちは、扱いに慣れた人に教わりながら覚えるのが一般的だ。


 アツーカ村で一番の使い手となると、村長に雇われているゼオルさんだが、噂によると簡単には教えてくれないらしい。

 村長の孫であるミゲルが頼んでも、首を縦に振らなかったそうだ。


 モリネズミを捕まえて報奨金を貰いに行くようになって、ゼオルさんと顔を合わせる機会は増えたが、挨拶をする程度で話をしたことはない。

 見た目からしてイカツイおっさんだし、どうやってコンタクトしたものか切っ掛けが掴めなかった。


 季節は、すっかり秋めいてきて、山の木々が葉を紅く染める季節となった。

 秋が来れば、すぐに冬が来る。

 この季節は、モリネズミ達が冬篭りのために食料を集める時期でもあり、奴らの動きが活発になれば、当然俺も忙しくなってくる。


 これまでは、一日に五匹程度しか捕まえられなかったけど、秋になってからは倍の十匹どころか、三倍の十五匹捕まえられる日もあった。

 おかげで収入は増えたのだが、人が稼ぐのを面白く思わない奴がいる。

 

 その日も、十五匹分の報奨金を貰って村長の屋敷を出ようとしたら、門の脇にミゲル達が待ち構えていた。

 以前なら、どこをすり抜けて逃げようかと考える場面だが、空属性魔法のおかげで逃走経路はいくらでもある。


「ニャンゴ、お前インチキしてんだろう」

「はぁ? いきなり何を言い出してんだ?」

「インチキでもしなきゃ、お前がモリネズミを一日に十匹も、十五匹も、捕まえられるはずが無い」

「いや、意味が分からないんだけど。そもそもモリネズミを捕まえるのに、正当な方法とか、インチキな方法とかあるのか? 他人に迷惑を掛けなきゃ、どんな方法で捕まえようと村のためになるんだから非難されるいわれは無いぞ」

「なんだと、こいつ……誰から報奨金を貰ってると思ってるんだ」

「村からに決まってるだろう。村のお金と村長個人のお金は別物だぞ。将来村長になるなら、その程度の事はちゃんと覚えておけよ」

「こ、こいつ……」


 煽りとも呼べない程度の正論返しを食らっただけで、ミゲルは顔を真っ赤にしてプルプル振るえだした。


「お、お前なんか……女神ファティマ様の名のもとに……」

「そっちから魔法を撃って、俺が避けたらお前の家が燃えるぞ」

「炎よ……えっ、あっ、熱ぅ!」


 頭の上で発動途中だった火の玉を変に中断したことで、ミゲルは頭から火の粉を被り、大慌てで払い落としたが、毛が焦げる臭いが漂ってくる。

 ちょっと燃えてたみたいだし、ありゃハゲるかもしれないな。


「この野郎!」

「うわっ、危ねぇ!」


 一つ年下で、まだ巣立ちの儀を受けていない熊人のキンブルが、10メートル程の距離から石を投げ付けてきたので、咄嗟にシールドを展開した。

 シールドは壊れたもの、何も無いように見える空中で勢いを失って地面に転がった石を見て、キンブルは目を見開いている。


「お前なぁ、そんな物がまともに当たったら、冗談じゃ済まねぇぞ。目にでも当たったら失明するかもしれないんだぞ、ふざけんな!」


 まさか猫人の俺に怒鳴られるとは思っていなかったのか、キンブルは怯んだような表情を浮かべて後ずさりした。

 石を拾って振りかぶっていた馬人のダレスも、ビクリと身を震わせて動きを止めている。


 至近距離からの投石とか、マジで洒落にならないから、前回の目つぶし以上のお仕置をしてやろうと考えていたら、背後から野太い声が響いて来た。


「そこまでだ、ガキども」


 玄関脇の窓から虎人のゼオルさんが見下ろしていると気付いた途端、ミゲル達は尻尾を巻いて逃げていった。

 というか、ミゲルの家はここだろう、どこに行くつもりなんだ。


「そこのお前、俺が行くまで待ってろ!」


 俺を指差しながら言い捨てると、ゼオルさんは窓から顔を引っ込めた。

 俺も逃げてしまおうか……とも考えたが、逃げた方が面倒な事になりそうだし、もしかすると身体強化魔法を教わる切っ掛けを得られるかもしれない。


 すぐ出て来るのかと思いきや待つこと暫し、玄関の扉を開けたゼオルさんは、俺の顔を見ると意外そうな表情を浮かべてみせた。


「ほぅ、逃げずに待っていたか」

「逃げる理由がありませんから」

「ふん、そうだな……よし、ちょっと来い」


 ゼオルさんは、顎でついて来るように示し、離れの建物へ向かって歩きだした。

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