第9話 夏の過ごし方
巣立ちの儀から四ヶ月ほどが過ぎて、本格的な夏になった。
ぶっちゃけるまでも無く、モフモフの猫人にとって夏は最悪の季節だ。
道も土、家の周囲は畑、村の周りは森に囲まれているので、アスファルトに固められた東京よりは涼しいはずだが……自前の毛皮が恨めしい。
モリネズミ獲りはもっぱら朝方に行い、昼の暑い時間帯は、沢沿いの涼しい林の中で過ごしている。
山影になる斜面から生えた木の上に、ハンモックを吊って昼寝を楽しむ。
ここなら魔物に襲われる心配も無いし、何より天然のクーラーのようでめちゃめちゃ涼しい。
お腹が空いたら沢に下り、淵に潜んでいる魚を突いて食材を確保する。
普通の銛で突こうとすると、警戒されて逃げられてしまうが、空属性の魔法で作った銛ならば殆ど見えない。
連日訓練と工夫を重ねているので、銛の材質もただ空気を固めたものではない。
穂先の部分は鋭く固くしてあるが、それは表面だけで芯の部分には柔軟性を持たせてある。
銛の柄の部分は、非力な俺でも扱いやすいように、水の抵抗を受け難い平べったい形にした。
狩場にしている岩に腹這いになり、銛を沈めて魚が来るのを待つ。
魔法の練習に、食料の確保、それに将来的な戦闘の訓練にもなり一石三鳥だ。
屈折率の違いで、薄っすらと銛は見えているが、気付かずに近付いてきた魚のエラの後ろを一突きで仕留めた。
ビチビチと魚が暴れる手応えが、狩りの成功を伝えてくる。
捕らえたのは、ヤマメに似た20センチほどの魚だ。
捕らえた魚は、内臓を出して串に刺し、塩を振っておく。
空属性魔法で底の丸い容器を作り、水を入れてレンズにして太陽光で火を起こし、レッツ塩焼きだ。
「うみゃ、うみゃ、捕れたてうみゃ、塩焼きうみゃ!」
さすがに捕ったばかりだから鮮度は抜群、生臭みは全くなく、パリパリの皮とほっこりとした身のハーモニーが絶妙だ。
腹が一杯になったら、ハンモックに戻って昼寝を再開。
うん、夏も悪くないんじゃない?
昼寝から目覚めたら、薬草を摘みに行く。
最近は、もっぱら移動にはステップを使っているので、山の中でも魔物に襲われる心配は無い。
地上から5メートルぐらいの位置を移動しているので、見通しが利くし、地面に匂いも残らない。
ゴブリンじゃ手も届かないし、仮に襲われてもそのまま逃走すれば良いだけだ。
ステップを使って移動し、薬草を見つけたら地上に降りて採取し、またステップを使って移動する。
逃走に関しては、十分なレベルにまで達していると思うので、次の段階に進むことにした。
逃走の次に身につけるのは、ずばり、防御だ。
魔力の向上のために、魔物の心臓を食べたいけれど、それにはまず倒す必要がある。
空属性魔法は、火属性や雷属性みたいな分かりやすい攻撃力が無い。
固めた空気を動かして離れた場所からも攻撃は出来るが、軽いという欠点が災いして威力が足りない。
現状、魔物を倒すような攻撃は、空属性魔法で作った槍を使って、近接戦闘を行うしかない。
そうなると、こちらの攻撃が届く距離は、相手の攻撃も届く距離になってしまう。
牛人や熊人みたいに体格に恵まれた人種ならば、殴られても大丈夫なように身体を鍛えることも出来るだろうが、猫人には無理な相談だ。
たぶん、ゴブリンに一発殴られただけでも、HPを半分以上削られるだろう。
そこで必要になるのが、防御手段だ。
具体的には、鎧と盾だ。
まず作ったのが、鎧の胴体の部分だ。
首から下、下腹も守れるように、腕と足にはぶつからないようにして、最後に動きを阻害しないように体から1センチ程離して『アーマー』を作った。
体から少し離しておくのは、動きを阻害しないため以外に、通気性の向上と衝撃が伝わらないようにするためだ。
試しに石ころを投げてアーマーで受け止めてみたが、身体から離れているので全く衝撃は伝わって来ない。
ちなみに、アーマーを装着した状態で横になると、体が宙に浮いている感じになる。
このまま眠れたら気持ち良さそうだが、意識が途切れるとアーマーは解除されてしまった。
身体に密着せず、浮動する鎧にしたのだから、当然盾も浮動する形にした。
以前、ミゲルに火属性魔法で攻撃された時に作った『ウォール』を小型化し、頑丈に作り変えて『シールド』とした。
長さは1メートル、幅は50センチ程度で、軽く湾曲させてある。
機動隊が使う、透明なポリカーボネートの盾みたいな感じだ。
この大きさならば俺の全身をガードできるし、しかも透明だから視界を遮ることもない。
このアーマーとシールドを基本形として、材質や形を工夫していくつもりだが、現状ではステップと併用出来るのは、どちらか一つだけだ。
しかも、ステップに魔力を使っているので、鎧と盾の形をしているだけで、強度が足りない。
早く魔物と戦ってみたい気持ちもあるけど、ゲームと違って死んだら終わり、やり直しは出来ない。
現状の強度では、一撃で粉砕されて、ダメージも通ってしまうだろう。
アーマーを着込み、ステップを使って移動する。
傍から見ると、空中をヒョコヒョコ歩いているだけに見えているだろうが、使う魔力が増えているので消耗する。
昼過ぎから夕方まで、薬草を摘んで歩いただけでグッタリしてしまったが、消耗する分だけ鍛えられてもいるだろう。
沢に戻って、魚を捕ってから家路についた。
「カリサ婆ちゃん、薬草買い取って。魚はサービスだ」
「いつもすまないね。ほぅ、ハスリムソウじゃないか、随分と奥まで入っているようだけど、大丈夫なのかい?」
「ちゃんと気を付けてるから大丈夫だよ。こないだ、ゼオルさん達が魔物狩りに入ったし、今日もゴブリン一匹見かけていないよ」
虎人のゼオルさんは、村長に雇われている冒険者で、歳は五十を超えているらしいが、一睨みで村の若い連中を黙らせる凄みの持ち主だ。
若い頃は王都周辺で活動していたそうで、Aランクにも手が届くほどの凄腕だったらしいが、貴族との付き合いが面倒で、一線から退いた時にアツーカ村に来たそうだ。
「それなら良いけど、気を付けるんだよ。あんたに居なくなられたら、あたしだって困るんだからさ」
買い取りのお金を出しながら、カリサ婆ちゃんは心配そうな表情を浮かべている。
俺の他にも薬草を持ち込む者は居るけれど、モリネズミや魚のお裾分けをするような者は居ない。
「分かってるよ。おっ、降ってきたから帰るよ」
「はいよ、気を付けてお帰り」
山から下りて来る時に遠雷が聞えていたが、どうやら雲が流れて来たようだ。
ポツポツと乾いた道に染みを作った雨粒は、すぐにバケツをひっくり返したような土砂降りになった。
「アンブレラ、ステップ」
頭の上から足元まで届くぐらいの大きなドームを作り、ステップで地面から50センチぐらいの高さを歩く。
農作業をしていた村人が、頭を覆いながら走っていくのが見える。
真っ暗になった空を稲光が龍のように走り、腹に響くような雷鳴が轟いた。
カラカラに乾いていた道にも川のように水が流れ、昼間の熱気さえ洗い流されていく。
「おぉ、涼しくなった……でも、程々にしてもらいたいね」
涼しくなるのは歓迎だけど、川が溢れたり、街に出る道が崩れたりするのは困る。
収獲前の芋が腐ったら、冬を越すのが難しくなる。
俺が生まれる以前だが、夏に長雨が続いて芋が全滅し、冬に餓死する者が出た年があったそうだ。
「秋になったら、干し魚でも作るか……」
効率を考えるなら、イノシシでも狩って干し肉を作った方が良さそうだが、例え上手く倒せたとしても、村まで持って帰れない。
「冒険者として活動するよりも、まずは一人前として生きていけるようになる方が先か……」
前が見えなくなるほどだった雨脚も弱まり、西の空には茜色の薄日も差している。
村の中を流れる川も、堤を超えることはなさそうだ。
家族の分の魚を片手に、夕暮れの道を家へと向かった。
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