第7話 素材の活用法

 アツーカ村では、傘を使っている者は殆どいない。

 イブーロの街では傘を使う人もいるそうだが、村では村長ぐらいだ。


 傘は、まだ高価な品物なのだ。

 雨の日に村人はどうするのかと言えば、樹液で防水したゴワゴワのカッパを着るか、藁を編んだ笠を被って移動する。


 頭や体はそれで良いかもしれないが、足元が悪い。

 イブーロの街は土属性魔法で舗装させていたが、アツーカ村は舗装されていない土の道が殆どなので、雨量が増えればグチャグチャにぬかるんでしまう。


 俺たち猫人は、基本的に靴を履かない。

 木靴や革靴、サンダルなどが売られているが、裸足の方が性能が良いのだ。

 俺の肉球と爪をなめんなよ……って感じだ。


 靴を履かないから、道がぬかるむ雨の日は出歩きたくない。

 身体も普通に猫だから、毛が濡れるのも出来れば避けたい。

 だから、雨の日は仕事はしない。


 薬草の採取やモリネズミの捕獲で稼いだ金を少しずつだが家に入れてるので、雨の日にゴロゴロしていても良いと思うのだが、親から学校に行って来いと言われた。

 普段仕事をしている時には、そんな事は一言だって言わないクセに、大人ってやつはどこの世界でもズルいものだ。


「えっと……アンブレラ。それとステップもだな」


 傘が無いなら作れば良いじゃないか、道が悪いなら踏まなきゃいいじゃないか。

 空属性の魔法を使い、ドーム状に屋根を作り、ぬかるみを踏まないようにステップで足場を作る。


 実際の傘と違って、柄を持たなくても良いし、ビニール傘よりも遥かに視界良好だ。

 ステップは改良を加えて、ツルツルだった表面をザラザラにして滑りにくくしてある。


 湿気で毛がジットリとしてくるのは防げないが、雨もぬかるみも怖くない。

 ただし、俺の魔力が尽きなければの話だが、訓練には持ってこいだ。


「えぇぇぇ……ニャンゴ、それどうなってんの?」

「わっ、イネス。駄目、叩かないで……あぁぁ」

「ゴメン……」


 学校に向かう途中で出会った同い年で羊人のイネスが突進してきて、あえなくアンブレラは砕け散った。

 空属性で作ったものは魔法の攻撃に対しては強い抵抗力があるけど、物理的な衝撃にはまだ弱いのだ。

 おかげで黒猫なのに、濡れネズミになってしまった。


「アンブレラ」

「それが、この魔法の詠唱なの?」

「まぁ、そんな感じ」


 今度はイネスも一緒に入れるように、少し大きめのドームを作った。

 ステップを作る位置も高くして、イネスと肩を並べて歩く。


「まだ練習中だから叩かないで」

「うん、分かった。でも、いいなぁ……これなら雨に濡れなくて済むよね」


 現状『アンブレラ』の魔法は、ビニール傘というよりもガラスの傘という感じだ。

 これまでは、強度を上げる=固くすることばかり考えていたが、状況によっては柔らかく伸びるようにした方が良いのだろう。


 これまで独学で空属性の魔法を工夫してきたが、基本的にイメージを明確にすると上手くいく場合が多い。

 固定範囲を広げる時には、レジャーシートを広げるようなイメージをしたし、強度を上げる時は、一度固めた空気を圧縮するようなイメージをした。


 今度の場合ならば、ビニールやゴムのような伸縮性を明確にイメージ出来れば上手く行くような気がする。

 ついでに圧縮して強度を上げる場合にも、しなやかさが加わるようにイメージすれば『ナイフ』の脆さも解消されるかもしれない。


「さっきは魔法の傘を壊しちゃって、ゴメンね」

「ううん、イネスが壊してくれたおかげで、新しいアイデアを思いついたから気にしなくていいよ」

「良かった。でも、ニャンゴって変わってるよね。普通、空属性だったらガッカリして、そんな風に工夫しないって聞くよ」

「そうかもしれないけど、でもやってみると面白いよ」

「そっか、私も水属性の魔法を練習してみようかなぁ……」


 騎士や冒険者を目指す一部の者と建設工事に携わる者を除くと、最近は属性魔法を練習する人が少なくなっている。

 理由は、魔道具が発展、普及してきているからだ。


 火、水、風の魔法は、魔法陣を使った刻印魔法でも発動出来る。

 吹き矢の屋台で手に入れたライターのような火の魔道具や、給水器のような魔道具、扇風機のような魔道具は手に入れやすい値段になりつつある。


 属性魔法は、明確なイメージをしないと発動しないし、練習しないと安定して発動しない。

 例えば、ミゲルが火属性の魔法を使う場合、巣立ちの儀で発動させた直径50センチぐらいの火の玉は、力任せに発動させている状態だ。


 力任せならば簡単に発動するが、直径50センチの火の玉は、火種として使うには大き過ぎる。

 適度な大きさに魔力を絞って安定して使うには練習が必要で、失敗すると火の勢いが強すぎたり、突風が吹き荒れたり、周囲が水浸しになる……なんて事が起こりかねないのだ。


 その点、魔道具は魔力を流し込むだけで安定した出力で発動する。

 過剰な魔力を流し込もうとしても、構造上流し込める魔力に限界があり、出力が大きすぎて困るような状況は基本的に起こらない。

 使い勝手では魔道具の方が楽だし、何より本来自分が持っている属性以外の魔法も使えるから便利なのだ。


 アツーカ村の学校は、村長の家の隣にある。

 一学年は多くても六人、一人だけの学年もあり、全校生徒は二十一名なのだが、毎日通ってくる生徒は数えるほどだ。


 学校と言うより寺子屋といった雰囲気で、学年ごとに教室は分かれていないし、出席日数に差がありすぎて、学力の差も激しすぎる。

 教師は三人で、生徒は、出来る子、普通の子、困ったちゃんの三グループに分けられていて、当然俺は困ったちゃんグループだ。


 アツーカ村で生まれた子供のうち、長男や女子の多くは、村で育ち、村で一生を終える。

 村から出たのは、『巣立ちの儀』の一度きりという者も珍しくない。

 そうした者は、勉強の必要性を余り感じていないようだ。


 対照的に、熱心に勉強をしている一団がいる。

 農家の次男や三男は、いずれ口減らしのために家から出て行かざるを得ない。

 家を出ても村では働き口が限られているし、街に出て仕事を探すには学力が必要だ。


 俺も小作人の三男だから、いずれは家を出る必要があるが、ぶっちゃけ授業は退屈だ。

 読み書きは薬屋のカリサ婆ちゃんから習ったし、計算は前世の記憶がある。


 社会情勢には興味があるけど、授業よりも行商人に聞いた方が情報は新しいし、王家の歴史とか興味ゼロだ。

 学業よりも魔法の腕を磨いて、早く冒険者として活動したいと思っている。


 魔法の授業とかがあれば喜んで聞くのだが、魔法陣に関する知識とかは高等学校や、王都の魔法士学院でないと教えてくれないらしい。

 つまり俺は、登校してきた途端に帰りたくなっている。


 仕方が無いので、授業を受ける振りをして、手元で魔法の練習をすることにした。

 課題は、今朝思い付いた柔軟性だ。


 15センチ程度の長さで、定規のようなプレート状に空気を固める。

 これまでのやり方で、思いっきり圧縮して強度を増し、両端を持って力を加えてみると、ポキっと折れて霧散してしまった。


 今度は同じ形のプレート状に、ゴム板をイメージして空気を固めてみた。

 両端を持って力を加えると、フニャっと曲がって壊れなかったが、反発力が弱くて曲がったままになってしまった。


 これではゴム板というよりも、幅の広いゴム紐のようだ。

 試しに両端を持って引っ張ると、ビヨーンと伸びて壊れなかった。


 授業を受けるよりも遥かに楽しくなってきて、柔軟性や反発力を変えて素材作りに没頭した。

 その結果、樹脂板(硬)、樹脂板(軟)、ゴム板(硬)、ゴム板(軟)、ビニールシート、ゴム紐といった感じで素材を作れるようになった。


 この素材を応用していけば、強靭な刃物とか、防御力の高い鎧なんかも作れそうな気がする。

 これからは、魔法を使う度に材質の見直しをしていこう。


 学校の授業は、午前中で終わりだ。

 また魔法の練習をしながら帰ろうかと思っていたら、玄関で何やら小声で相談しているミゲルとダレスの姿が見えた。


 何を企んでいるのか見守っていると、一人の生徒がダレスに足を引っ掛けられて、ぬかるみにバッタリと転ばされた。

 雨ガッパどころか顔まで泥だらけになった生徒は白黒のブチ猫人、俺の二番目の兄フォークスだった。


 両手を泥について起き上がろうとした所を、ミゲルに背中を踏み付けられ、兄貴は再び泥に顔を突っ込んだ。


「ふん、そんな所に這いつくばっているな、邪魔だ!」


 悔しげな表情を浮かべた兄貴を、ミゲルが蹴り付ける。

 ぬかるみに転がされた兄貴の姿を見て、頭の中で何かがプチンと切れた。


 固めた空気の幅は3センチ、長さは30センチ、厚さは3ミリ、材質はゴム紐。

 兄貴を見下しているミゲルの鼻の前に片方の端をセットし、もう一端を移動させる。

 60センチ、90センチ、150センチ、250センチ……発射!


「うぎゃぁぁぁぁ!」


 バチーン! という物凄い音と共に、ミゲルはもんどり打ってひっくり返った。

 鼻が真っ赤になっているように見えるのは、気のせいではないだろう。

 すかさず、ダレスの鼻っ柱にもお見舞いしてやった。


「いってぇぇぇ!」


 泥だらけになって痛みに悶える二人を見て、兄貴が目を真ん丸にして驚いた後、俺に視線を向けてきた。 

 両手の平を上に向け、俺は知らないとゼスチャーで伝えたが、信じてはいないようだ。

 普段は何かと小煩い兄貴が、ニヤっと笑いやがった。

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