第5話 ネズミ捕り
アツーカ村に戻り、出発の準備や村を上げての壮行会などの忙しい日々を過ごした後、火の魔道具を首に掛け、イブーロで俺が買ってやった新しい靴を履いて、オラシオは旅立っていった。
あの日、迷子になるほど店を眺めて歩いて俺が買ったものは、丈夫でポケットのたくさん付いたリュックと爪研ぎ用のヤスリだけだ。
プローネ茸を売って所持金は潤沢だったけど、それは将来自分が村から旅立つ時のために最初から取っておくつもりだった。
折角、魔法のある世界に転生したのに、山奥の村で一生を終えるなんて真っ平御免だ。
この世界における猫人の地位は低い。
法律では人種による差別は禁止になっているのだが、現実には差別が存在している。
多くの人種が存在しているが、魔力が大きいほど、力が強いほど、頭が良いほど、進化しているほど優れていると思われている。
例えば狼人は、成人男性の平均身長は180センチ程度で、顔付きや体毛の生え方はいわゆる人間に近く、頭上の耳と尻尾に狼の痕跡を残すだけだ。
一方の俺達猫人は、成人男性でも平均身長は120センチ程度で、直立歩行する猫にしか見えない。
魔力も、体力も、知力も、進化の度合いも、全てにおいて猫人は狼人には敵わないと思われている。
兎人や狐人など、猫人に体格が近い種族もいるが、体毛の生え方がいわゆる人に近く、それだけで猫人は劣っていると言われているのだ。
だが俺は、それほど猫人が劣っているとは思っていない。
猫人の多くは差別を受けているために貧しいために、家の手伝いをさせられ学校に通えない者が多い。
体格に関してはどうしようもないが、知力に関しては教育を受ける機会の差だろう。
「カリサ婆ちゃん、薬草摘んで来たぞ」
「おかえり、ニャンゴ。魔物には出くわさなかったかい?」
「大丈夫だ。ただ、アカツユクサの育ちが良くないな」
「あぁ、春先に雨が少なかったからだろうね」
シュレンドル王国では、『巣立ちの儀』を終えた春から十五歳の春まで、初等学校に通うことになっている。
この五年間が大人になるための準備期間のようなもので、十五歳で成人として扱われるようになる。
ただし、『巣立ちの儀』が終れば冒険者ギルドに登録できるように、貧しい家庭の子供は学校に通わずに働くことが多い。
俺の家も兄二人と姉一人の内で、まともに学校に通っているのは二番目の兄だけだ。
一番上の兄は、いずれ家の畑を継ぐ立場なので、農作業を手伝わされていて、いずれ嫁に行く姉は織物の内職をさせられている。
いずれ口減らしとして家を出される俺は、五歳になった頃から狐人のカリサ婆ちゃんの薬屋に入り浸り、薬草摘みなどをして小銭を稼いできた。
薬草を採取するには、険しい山に踏み入らないといけないし、専門の知識も必要だ。
薬屋に入り浸っているのは、薬草の知識を得るためで、いずれ自分は村を出て自立するのだと婆ちゃんにも話してある。
「はいよ、頼んでおいた薬草はちゃんとあるよ」
籠いっぱいの薬草を納めて、銅貨五枚の報酬を受け取る。
朝から半日働いて、日本円の感覚だと五百円程度の報酬だ。
時給にしたら百円以下になりそうだが、それでもアツーカ村の子供では普通の報酬だ。
村自体に外貨を稼ぐ産業が乏しく、獣の毛皮や織物、薬種などを行商人が買い取るが、受け取った金の殆どは物品の購入に充てられ、行商人に戻っていく。
イブーロの街に較べれば生活は貧しいが、村長一家を除けば村全体が貧しいので、特段貧しいと感じることは無い。
「じゃあ、俺はネズミ捕りに行ってくる。捕れたら持って来るよ」
「はいよ、楽しみにしてるよ」
薬草採取以外の俺の仕事が、モリネズミの捕獲だ。
モリネズミは、その名の通りに森に生息しているネズミで、体長が15センチ程度、尻尾を加えると30センチ近くになる。
畑の作物や保管してある穀物を食い荒らす害獣で、捕まえて尻尾を切り取って村長宅にもって行くと五匹で銅貨一枚の報奨金がもらえる。
報奨金が出ると言っても、すばしっこく罠に掛からない賢さもあるので、捕まえるのは難しい。
俺がモリネズミの捕獲をしているのは、空属性魔法の訓練に持って来いだからだ。
薬屋を出た俺は、畑と森の境へ向かった。
畑の周囲には道が作られていて、その外側に5メートルほどの草地があり、その先は森になる。
この道と草地が警戒心の強いモリネズミが入り難くする工夫なのだが、一度畑の作物の味を知ると侵入を繰り返すようになる。
草地に腰を下ろして、待つこと暫し、モリネズミが姿を現した。
草地の端に顔を出したモリネズミは、スクっと後足で立つと周囲を入念に警戒し始める。
俺の位置からは約30メートルの距離があるが、これがモリネズミに近づけるギリギリの距離だ。
今は、俺が座ったままなので、逃げる素振りを見せていないが、少しでも身体を動かせば、一目散に逃げていくはずだ。
通常30メートル以内に近づけないので、基本的に罠を使って捕獲するしかない。
モリネズミは、ジーっと俺を観察し続けているが、動かないのは好都合だ。
「ケージ」
空属性の魔法を使い、モリネズミの頭の上に、体がスッポリと収まる大きさで、籠状に空気を固める。
あとは、上から被せて押さえ込めば捕獲は完了だ。
駆け寄ると、モリネズミはキーキーと鳴き声を上げながら、猛烈に土を掘り始めていた。
「ナイフ」
モリネズミを閉じ込めた籠を維持しつつ、ナイフの形に空気を固める。
一ヶ月前は発砲スチロールていどだった強度は、ベニヤ板ぐらいになっている。
空気を固める時に圧縮率を上げるように訓練し続けた成果だ。
狙いを定めて、籠の間から空気を固めたナイフを突き入れる。
ナイフはモリネズミの首筋を斬り裂いたが、強度不足で粉々になってしまった。
首筋を斬り裂かれたモリネズミは、悲鳴を上げ、鮮血を撒き散らしながら籠の中で暴れていたが、すぐに弱り始めて息絶えた。
害獣とはいっても、命を奪う生々しさにはなかなか慣れない。
血抜きをしたモリネズミを袋に詰め、周囲に飛び散った血には土を被せてから移動する。
ここは仲間の悲鳴と血の匂いが漂い、他のモリネズミは近付いて来ないからだ。
移動している間も魔法を使い続けている。
使える魔法の規模を示す魔力指数を増やすには、とにかく魔法を使い続けるしかない。
魔法を使うと、体の中を何かが巡っている感覚を覚える。
こちらの世界の人には、魔素を循環させる魔脈と呼ばれる器官があるらしい。
固める空気の範囲を広げようとしたり、強度上げようとすると、体の内部に抵抗を感じるのは、魔脈が流せる魔素の量に限界があるからだそうだ。
例えるならば、細いホースに大量の水を流そうとしているような感じだ。
流せる魔素の量の限界が、行使できる魔法にも限界という訳だ。
この抵抗感に抗って魔法を使い続ける事で、魔脈が太くなり、より強い魔法が使えるようになるそうだ。
移動の間に使っているのは、「ケース」と名付けている魔法だ。
空気を固めてケースを作り、モリネズミを入れた袋を囲んである。
こうしておけば、血の匂いで他のモリネズミに警戒されずに済むからだ。
ケースを発動し続けながら、強度が上がるように意識している。
この後、場所を移動しながら、全部で五匹のモリネズミを仕留めた。
村長の家に向かう前に立ち寄ったのが、村一軒の何でも屋、犬人のビクトールの店だ。
「おっちゃん、買い取りよろしく!」
「おう、今日は何匹だ?」
穀物を主に食べるモリネズミの肉は美味いし、毛皮も細工物に使えるので、尻尾は村長の所へ持ち込み、体の部分はビクトールに買い取ってもらっている。
一匹あたり銅貨二枚、五匹捕獲して全部売り払えば、銀貨一枚と報奨金の銅貨一枚になる計算だ。
「買い取りは三匹」
「じゃあ、銅貨六枚だ。もっと捕れるなら、いくらでも買い取るからな」
「そんなに捕れないよ」
「それも、そうか……まぁ、頑張ってくれ」
ビクトールは俺から仕入れたモリネズミを捌いて、肉を売ったり、宿屋の客の食事に使っているらしい。
切り取った尻尾を村長宅に持ち込んで報奨金を貰い、家に帰る途中でカリサ婆ちゃんの薬屋に立ち寄る。
モリネズミ一匹が、小振りな芋五個と岩塩に化けた。
残りの一匹は、我が家の食卓に上がる予定だ。
モリネズミを捕まえるようになって、少しずつだが貯金が出来ているし、我が家の食糧事情も良くなった。
本日もアツーカ村は、平穏な一日だった。
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