第4話 冒険者ギルド

 イブーロの冒険者ギルドは教会と広場を挟んだ反対側、大通りを少し進んだところにある。

 冒険者ギルドはシュレンドル王国に限らず、周辺国に跨る大きな組織だ 。


 イブーロの冒険者ギルドで登録を行えば、その情報は連携する全てのギルドで共有される。

 冒険者ランクは勿論、これまで達成した依頼の内容、依頼を失敗した状況、規則に違反して受けたペナルティなど記録として残るもの全てだ。


 これは、冒険者の実績を公平に判断するためであり、依頼者の安全を確保して信頼を得るための措置でもある。

 過去の記録が残っていなければ、護衛に雇ったはずの冒険者が旅の途中で盗賊に豹変する……なんてことが起こりかねない。


 依頼者の信頼が得られなければ、ギルドの存在意義そのものが揺らいでしまうことになる。


『巣立ちの儀』が終わり、魔法が使えるようになると同時に、冒険者としての登録が可能になる。

 どういう仕組みなのかは知らないが、冒険者としての登録には、本人の血と魔力のパターンを登録する必要があるらしい。


『女神の加護』を受けている状態では、この魔力パターンの読み取りが出来ないそうだ。

 そうした情報を読み取るための魔道具が必要なため、冒険者登録は街のギルドでないと行えない。


 ギルドの出張所すら無い小さな村もあるので、『巣立ちの儀』を受けた子供の多くが、儀式が終了すると冒険者ギルドを訪れ、この日は混雑するそうだ。

 俺がオラシオと一緒に屋台巡りをしていたのは、混雑が終わるまでの時間つぶしのためだ。


 もう空いただろうと思ったのだが、それでもギルドの内部には多くの子供の姿があった。

 既に登録を済ませたのか、それとも付き添いで来ただけなのか、ギルドの内部を物珍しそうにキョロキョロと眺めている。


「ニャンゴ、僕も登録した方が良いのかな?」

「オラシオは、騎士訓練学校で身分証を作ってくれるから必要ないだろう。それに、ギルドのカードを作るには金が掛かるぞ」

「あっ、そうか、そうだよね」


 ギルドの登録カードは、血液や魔力パターン、ランクなどの個人情報が登録されている一種の魔道具でもある。

 製造方法はギルドの機密事項で、偽造、変造は重罪として裁かれるそうだ。


 そうした特殊なカードなので、登録には銀貨一枚のお金が必要になる。

 日本円の感覚だと千円程度の金額ではあるが、俺たちのような山村の子供にとっては大金だ。


 毎年『巣立ちの儀』を終えた子供が殺到するからか、ギルドには専用の窓口が設置されていて、五人ほど子供が列を作っていた。

 ピーク時には、ギルドの外まで列が伸びると聞いていたので、やはり屋台で時間を潰してきたのは正解だった。


 窓口にいたのは犬人の若い女性で、テキパキと登録事務をこなしていた。

 こちらの世界に転生してから約十年、初めて見たギルドのお姉さんは、想像していたよりも地味な印象だ。


 もっと色っぽくて、冒険者たちが一度お願いしたいと思うような感じを期待していたのだが、現実は甘くなかった。

 ちなみに、ビキニアーマーを身につけた女冒険者も見当たらない。


 祭りの日とあって、冒険者の数は普段ほど多くはないのだろうが、殆どは体格の良い虎人や獅子人、牛人、馬人などで、登録に来ている子供たちも同じだ。

 ギルドに入ってからずっと観察しているが、俺以外の猫人の姿は無く、アウェー感が半端無い。


 窓口の女性職員も、登録に来たのはオラシオで、俺は付き添いに来たのだと思っていたようだ。

 俺が登録、オラシオが付き添いだと言うと驚いていた。


「失礼いたしました。新規登録ですね。では、こちらの用紙に必要事項を記入していただけますか。読めない場合や書けない場合には、私がお手伝いいたします」

「たぶん、大丈夫」


 用紙には名前、居住地、年齢、属性などを書き込むようになっている。

 全ての項目を記入して、用紙を返却した。


「空属性ですか……珍しいですね。では、こちらの水晶球に手を乗せて下さい」


 窓口の横には、見慣れない魔道具が置かれ、登録には水晶球みたいな部分に手を振れる必要があるらしい。

 魔道具の水晶球に手を乗せると、ぼんやりと水色の光を放った。


「はい、確かに空属性ですね、確認いたしました。魔力指数は32です」

「32というのは、やっぱり少ないのか?」

「そうですね。一般的な成人男性の平均値が120程度と言われていますので、現時点では少ないですが、二十歳ぐらいまでは魔力指数は増えると言われていますので、あまり心配なさらならくても大丈夫ですよ」


 まだ成長の余地があるとは言われたものの、一般的な成人男性の四分の一程度というのは少しショックだ。

 おそらくだが、冒険者として活動している成人の平均値は、もっと高いはずだ。


「ねぇ、オラシオは騎士団にスカウトされたんだけど、魔力量だけ量ってもらっても良い?」

「まぁ、騎士団に……良いですよ、どうぞ」


 オラシオが手を乗せると、魔道具の水晶球は強い緑色の光を放った。


「凄い……魔力指数は465です。騎士団に誘われるのも納得ですね」


 周囲で見物していた冒険者たちからどよめきが起こり、登録に来た子供たちはオラシオに羨望の眼差しを向けている。

 分かってはいたけど、15倍近い差を見せ付けられると、さすがにショックを感じてしまった。


「では、こちらの針を使って血を一滴お願いできますか?」


 指示に従ってギルドカードに血を垂らし、それを魔道具で読み取ると、冒険者としての登録は完了だ。


「では、アツーカ村のニャンゴさん、これでFランクの冒険者として登録されました。今後ギルド経由で仕事を受ける際には、このカードを必ず提示して下さい」

「カードの有効期限とかはあるの?」

「特にありませんが、居住地などに変更がございましたら、ギルドで手続きをして下さい。それと、カードを紛失した場合、再登録に銀貨一枚必要になります」

「分かった、無くさないように気を付けるよ」


 ようやく手に入れた念願のギルドカードをシミジミと眺めていると、上から伸びてきた手にヒョイっと奪い取られてしまった。

 驚いて振り向くと、大きな角を持つヘラ鹿人の男が、退屈そうな表情で俺のギルドカードを眺めていた。


「何するんだ、返してくれ!」

「ふん、『巣立ちの儀』の記念か……そっちの牛人の坊主なら見込みはあるが、お前じゃ冒険者としてロクな働きなんか出来ないんだ、こんなもの要らないだろう」


 二十代半ばぐらいだろうか、俺からすれば見上げるような体格は、角を入れれば余裕で2メートルを超えているだろう。

 左の腰に下げた長剣や、身につけている防具を見ても、格好だけの冒険者ではないようだ。


「別に、腕っぷしを振るうだけが冒険者の仕事じゃないだろう。それに、俺みたいな子供を虐めるのも冒険者の仕事じゃないはずだ」

「けっ、口の減らねぇニャンコロだな。ほれ、返して欲しければ取ってみな」


 ヘラ鹿人の男は、カードを頭上に掲げてヒラヒラと振ってみせる。

 猫人の体は身軽だが、助走無しでジャンプして届く高さではない。


「はぁ……悪趣味だな」

「ほれ、どうした、ほれほれ……うわっ、目が……」


 二つに分けて指先ぐらいの大きさに固めた空気で目潰しを食らわせてやり、動揺した男の体を駈け上がってギルドカードを取り返した。


「オラシオ、行くぞ!」

「くそガキ、何しやがった、ちくしょうめ!」


 発泡スチロール程度の強度しかなくても、眼球を直撃すれば少しの間は視力を奪える。

 ヘラ鹿人の冒険者が回復する前に、オラシオを連れてギルドを飛び出し、雑踏に紛れ込んだ。


「凄いや、ニャンゴ。一体どうやったの?」

「空属性の魔法で、ちょちょいってな……」


 祭りの雑踏に紛れてしまえば、俺たちのような子供はいくらでも居るから見つけられないだろう。


「おぉ、武器屋があるぞ。オラシオ、覗いていこうぜ」

「えぇぇ……武器はまだ早くない?」

「訓練学校に行けば、すぐに剣とか槍とか使うようになるんじゃねぇの?」

「そうかなぁ……」

「見るだけならタダだぜ」


 アツーカ村には、農具とか鍋を作る鍛冶師はいるけど、本格的な剣などは作っていない。

 店のなかには俺の背丈よりも長い大剣や、鞘に細かな装飾が施された長剣など、見ているだけでもワクワクするような武器が飾られているが、猫人の俺が扱えるような物は無い。


 成人男性でも身長が120センチ程度の猫人は、騎士や兵士、冒険者といった肉体を使って戦闘を行う職業に就くことが少ないので、武器の需要が少ないのだ。

 牛人のオラシオならば、騎士訓練学校に行き、鍛えられ、身体も大きくなり、こうした武器を扱えるようになるのだろう。


 武器屋のひやかしを終えた俺たちは、屋台巡りを再開しつつ、普通の店も見て回った。

 かりんとうとチュロスの合いの子のような菓子や、村では見かけない果物に舌鼓を打ち、魔道具屋や服屋、鞄屋などを眺めて歩く。


 オラシオの靴がボロボロで、穴が空いていたので、新しい靴を買ってやった。


「そんな、火の魔道具も貰ったのに悪いよ」

「何言ってんだ、オラシオ。お前は、アツーカ村を代表して行くんだぞ。足下見られて馬鹿にされてたまるか」

「でも、ニャンゴ、僕そんなお金持ってないし、どうしたんだって聞かれたら……」

「あぁ、プローネ茸の事は話すなよ。上手く誤魔化しておいてくれ」

「もぅ、ニャンゴ……」


 山奥のアツーカ村には、何でも屋と薬屋が一軒ずつあるだけで、お金での取り引きよりも物々交換の方が多い。

 欲しい商品を探して店を見て歩くのは転生してから初めてなので、いくら時間があっても足りない気がする。


「やっぱり街は凄いね。こんなにお店があって、こんなに色んな物が売ってるんだもの」

「何言ってんだよ、オラシオはもっと凄い王都に行くんだろう。王都はイブーロの何倍も大きいって言うぞ。迷子にならないように気をつけろよ」

「えぇぇ……僕、自信無いなぁ。ニャンゴが一緒に来てくれれば良いのに……」


 オラシオは、俺と較べると身体も魔力量も段違いに大きいのに、気が小さいのが玉に瑕だ。


「王都か……すぐには無理だけど、いつか必ず行ってみせる。その時までに、俺を案内出来るようになっておけよ」

「えぇぇ、そんなぁ……」

「にゃははは、頑張れ、オラシオ」

「うん!」


 イブーロの街をグルグルと歩き回った俺たちは、ものの見事に迷子になった。

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