第3話 祭りの屋台
イブーロの街並みは中世ヨーロッパというよりも、近代ヨーロッパに近いように感じる。
道路は土属性魔法で綺麗に舗装され、魔道具を使った上下水道も整備されている。
乗り物は、まだ馬車が主流ではあるものの、魔道具を動力とする魔動車もたまに見かけた。
日本が科学技術によって発展していったように、こちらの世界では魔道具によって生活が豊かになりつつあるようだ。
生活道具では、電子レンジは無いけれど、魔道具のオーブンはあるし、冷凍冷蔵庫も普及し始めている。
王都などの大きな街では、魔道具を使うための魔石が供給不足になりつつあり、一部の研究者によって魔物の養殖が試みられているなんて話も聞く。
「おっ、アイスクリームが売ってるぞ、オラシオ」
「アイス……って、何?」
「ミルクに手を加えて、冷やして固めた……って、食えば分かるよ。おじさん、二つちょうだい」
「あいよ!」
魔道具の進化によって、台車に載せられる大きさの冷蔵庫が出来たので、夏は移動販売をしているそうだ。
オラシオは最中に似た食べられる皿に盛られたアイスクリームを、恐る恐る口にした直後、夢中になって食べ尽してた。
「うみゃ! 冷たい、甘い、うみゃ!」
日本で売られているものに較べると、舌触りも良くないし、バニラ感が足りない。
それでも、ミルクが濃厚で味わいは悪くない。
「オラシオ、半分食べてくれ」
「えっ、ニャンゴがお金払ってくれてるのに悪いよ……」
「違う、俺の体で全部食べてたら、他のものが食べられなくなっちゃうだろ。色々食べて楽しむために、手伝ってくれよ」
牛人のオラシオは、すでに猿人の大人と遜色無いぐらいの体格をしているが、猫人の俺の身長は80センチにも届いていない。
完食を続けていたら屋台巡りを楽しむ前に満腹になってしまうだろうが、オラシオに手伝ってもらえば沢山の屋台メニューを楽しめるというわけだ。
イブーロに出ている屋台は、日本と似ているようで、どこか少し違っている。
クレープのようなものを売っているが、巻いてあるのは肉や野菜だし、ラーメンぽいけどスープパスタとか、微妙にこれじゃない感はあるものの、外国の祭りに来ているような味わいがある。
金魚すくいは無いけど、型抜きのようなものはあるし、射的はないけど、吹き矢があった。
「よし、オラシオ。あの上に飾ってある火の魔道具にしよう」
「えぇぇ……ニャンゴ、あれは当たっても落ちそうもないよ」
三段に積まれた箱の一番上、白っぽい石に魔方陣が刻まれた魔道具が乗っている。
大きさも用途も、日本で言うところのライターだ。
吹き矢は五本で銅貨一枚、魔道具は店で買うと、銀貨二枚ぐらいするはずだ。
的としては小さいし、重さもあるので当たっても倒れるだけで落ちない、いわゆる客寄せ用の景品で、取れそうで取れないようになっているのだ。
「ニャンゴ、下の飴にしようよ」
「いいから狙え。お前、そんなことじゃ騎士様になれないぞ」
「なんだい、坊主は騎士団から声が掛かったのか。そいつは大したもんだ」
「そうだぜ、今日のオラシオはツイてるんだ。おじさん、魔道具が落ちても泣くなよ」
「はははは、火の魔道具ぐらいじゃ泣かないから安心しな」
中年太りの犬人のおじさんは、腹をゆすって笑い声を立てた。
一日に何個か落ちたところで、十分に元は取れるのだろう。
吹き矢は肺活量がものをいうから、俺とオラシオでは吹矢の威力に大きな差が生じる。
俺は金を出す、実際に吹矢を飛ばすのはオラシオの役目だ。
銅貨二枚、十本の吹き矢を使って、命中したのが三回、そのうち二回で魔道具が倒れたが箱から落ちる気配も無い。
魔道具自体が重たい上に、首に掛ける紐まで付いている。
上側の角の部分にでも命中して、回りながら倒れでもしない限りは、落ちそうにない。
「ニャンゴ、やっぱり飴にしようよ」
「簡単に諦めるなよ、おじさん、もう一回だ」
「はははは、猫人の坊主の方が騎士に向いてるんじゃないのか?」
「空属性の猫人をスカウトするような物好きな騎士団があるならね。ほら、オラシオ、頑張れ!」
「どうしても、あの魔道具じゃないと駄目?」
「どうしてもだ。ほら、早く!」
下の段の飴に気を取られているオラシオのケツを叩いて、魔道具を狙わせる。
これまでの十本は、言うなればカモフラージュだ。
「よし、狙う前に深呼吸して……もう一回。今度は、ゆっくり息を吸って止める。狙え!」
「ふっ!」
吹き矢は魔道具を掠めただけで、後ろの幕に当たって落ちた。
「いいぞ、今の感じで良い。落ち着いて、集中しろ!」
「ふっ!」
今度の吹き矢は魔道具に当たったが、台に近い下側に当たったので、少し揺れただけで倒れもしなかった。
「いいぞ、あと三本集中しよう。一回肩の力を抜いて、深呼吸……よし、いこう」
「ふっ!」
今度の吹き矢は、魔道具の上を通過してしまった。
「いいぞ、左右はバッチリだ。その調子、力を抜いて、集中……よし、いこう」
「ふっ!」
上側ギリギリの所に吹き矢が命中し、魔道具がグラリと傾いていく。
魔道具は倒れながら、捻りを加えたように転がり、箱の角から転げ落ちた。
「よっしゃ! やったぞ、オラシオ!」
「お、落ちたよ、ニャンゴ、落ちた、落ちた!」
「かぁ……こいつは驚いた。坊主は本当にツイてるみたいだな。ほれ、持っていけ!」
犬人のおじさんは、苦笑いをしながら魔道具をオラシオに差し出した。
「やった……はい、ニャンゴ。やっと取れたよ」
「そいつは俺からの餞別だ。オラシオは風属性だから、訓練で野営する時なんかに持ってた方が便利だろう」
「えっ……いいの?」
「勿論だ。元手は銅貨三枚だけど、物は良いものだよな、おじさん」
「はははは、軽くその十倍はするんだぞ、坊主」
犬人のおじさんは、新しい魔道具を手にしながら他の客にアピールをしている。
少し盛ってあるとは思うけど、値段を聞いたオラシオは目を見開いている。
「ニャンゴ、やっぱり……」
「オラシオ、貰ってくれよ。その代わり、諦めずに訓練に立ち向かって、必ず騎士になってくれよな」
「ニャンゴ……ありがとう。大切にするし、必ず騎士になるよ」
オラシオは、魔道具を首からさげて照れくさそうに笑ってみせた。
まぁ、魔道具が落ちたのはイカサマなんだけどね。
吹き矢が当たった瞬間に、待機させておいた空気の塊で魔道具を押し倒し、ついでに転がり落ちるように後ろ側の空気を斜めに固めておいたのだ。
計算通りに不自然にも見えずに魔道具が転がり落ちたので、思いっきりガッツポーズしてしまった。
犬人のおじさんには悪いことしたけど、ちゃんと落ちるのだと思って、他の客が次々に狙い始めたから、良い宣伝にはなったはずだ。
たぶん、イカサマ無しでは銀貨三枚注ぎ込んでも落とせないはずだ。
「よし、オラシオ。次は、あれ食おうぜ!」
「黒オークの串焼き……本物かな?」
「さあな、食ってみりゃわかるかもよ」
黒オークは、日本で言うなれば黒毛和牛のような位置づけだ。
一串に大きめの肉片が四つ、重さにすると100グラムぐらいで銅貨二枚。
日本円にすると二百円程度の値段は、本物としては安すぎる気がする。
「おじさん、二本おくれ」
「あいよ、ちょうど焼きたてだ。熱いから気をつけな」
銅貨四枚を払って、一本をオラシオに手渡す。
肉の断面は楕円形で、一見するとヒレ肉のようにも見えるが、黒オークのヒレ肉がこんな値段で買えるはずがない。
表面はカリっと焦げ目が付いているが、中はシットリとして柔らかい。
濃厚な肉の旨みを塩とブレンドした香草が更に引き立たせている。
「うみゃ、何これ、うみゃ!」
「ニャンゴ、これ、すっごい美味しい!」
「うみゃ……黒オーク、うみゃ! てか、おじさん、これどこの部分の肉なんだ?」
「どうだ、美味いだろう。正真正銘の黒オークだが、どこの肉かは商売上の秘密だ」
熊人のおじさんは、ニカっと自慢げな笑みを浮かべてみせた。
たぶん、普通は捨てられるような部分の肉なのだろうが、料理に詳しくないので分からない。
「うーん……どこの肉だろう? まぁ、美味いから良いか。よし、オラシオ次行くぞ」
「ニャンゴ、次はどこに行くの?」
「次は……冒険者ギルドだ」
「えぇぇぇ! ニャンゴ、冒険者になるの?」
『巣立ちの儀』を終え、魔力の封印が解かれた者は、冒険者として登録が出来るようになる。
冒険者になる者の多くは、腕っ節に自信のある連中で、体格的にも、魔力量の面でも、猫人の俺には向いていない職業だ。
「いいから、行くぞ」
「ちょ、ちょっと待ってよ、ニャンゴ」
「さっさと来ないと置いていくぞ」
黒オークの串焼きに未練がありそうなオラシオを引っ張って、イブーロの冒険者ギルドを目指した。
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