第2話 転生したら黒猫だった

 気付いたら黒猫になっていた。

 正確には猫人という人種なのだが、赤ん坊の時には猫にしか見えない。

 大人になった後でも、前足が物を握りやすい形をしていることと、女性の乳房が胸にあることを除けば二足歩行する猫だ。

 

 前世は東京在住の男子高校生だったが、キモオタ認定されて虐められ、悪ふざけした同級生に階段で突き飛ばされ、あっさりと死んでしまった。

 猫人として生まれ変わったと知った時、怒りや憎しみ悲しみで、気持ちがグチャグチャになって泣き喚いたが諦めた。


 生まれ変わる時に神様に出会わなかったし、チートな能力ももらっていない。

 召喚された訳ではないから、元の世界に帰る方法も分からないし、たぶん無いのだろう。


 それならば、猫人としての生活を楽しむしかないのだが、この世界は歪んでいる。

 体格の大きな人種は人に近い姿をしているが、身体の小さな人種は獣に近い姿なのだ。


 ミゲルは人間の子供が狼の耳と尻尾を付けたコスプレのような姿だが、俺は立って歩く猫だ。

 一応服は着ているけれど、その違いは一目瞭然なのだ。




「おい、お前ら。さっさと帰るぞ」


『巣立ちの儀』が終わると、ミゲルは宿へ戻ると言い出した。

 ミゲルとイネスと俺は、儀式が終れば何もやることは無いが、オラシオは騎士団の審査官から、これからの予定について説明を受けている。


「俺はオラシオを待って一緒に戻る」

「けっ、もう将来の貴族様に胡麻を摺るつもりかよ」

「オラシオはのんびりしてるから、置いて帰ったら間違いなく迷子になるぞ」

「じゃあ、お前が連れて帰って来い。行くぞ、イネス」

「んー……私も待ってようかなぁ……」


 村を出た時、イネスはミゲルに気があるような素振りをしていたが、『巣立ちの儀』が終ってから心変わりしつつあるようだ。

 騎士になるのが山村の男の子にとっての夢であるように、貴族との結婚は山村の女の子にとっての夢である。


 アツーカのような小さな村で騎士団にスカウトされるような素質に恵まれた子供が現れるのは、それこそ十年に一度ぐらいしか無い。

 貴族との結婚なんて御伽話のようなものだが、目の前に現れれば気持ちが揺れるのは当然だろう。


 アツーカ村の村長は世襲制なので、何事もなければミゲルは将来村長になるのだろうが、性格は独善的だ。

 対するオラシオは温厚な性格だが、騎士になるには厳しい訓練を乗り越えなければならないので、確実に貴族になれるとは限らない。

 イネスは将来玉の輿に乗るべく、二人を天秤に架けているのだろう。


「一緒に帰るなら、途中の出店で菓子を買ってやる」

「ホントに? じゃあ一緒に帰る」


 安いな、イネス。

 と言うか、まだ数えで十歳だから、これが普通なんだろうな。


『巣立ちの儀』の見物人を目当てにして、街には沢山の出店が並んでいる。

 山奥の村で育った俺たちには、何もかもが物珍しく見える。


 オラシオが戻って来たら、用事を済ませ、宿までの道で出店見物をするつもりだ。

 それまでに、ちょっと必要な聞き込みをしたら、魔法の練習でもしていよう。


「すみません、ちょっと教えていただきたいのですが……」

「儀式に参加していた子ね。何かしら?」


 下手な人間に聞き込みをして騙されたら元も子も無いので、教会のシスターに聞き込みをすると丁寧に教えてくれた。

 これで先方に教会の紹介だと話せば、たぶん屋台巡りの軍資金は作れるはずだ。


 聞き込みが上手くいったので、安心して魔法の練習に取り掛かった。

 俺が使えるようになった空属性は、不思議な魔法だ。


 まだ検証し始めたばかりだが、固めたいと思った場所の空気を、文庫本一冊程度の範囲で固めることが出来る。

 強度は発砲スチロール程度で、軽く叩いた程度で壊れてしまい、壊れると破片として残らずに霧散してしまう。


 確証は無いが、固められる範囲とか、固めた空気の強度とかに魔力の強さが関わってくるのだろう。

 使える魔力が増えれば、もっと硬く、広範囲に固められるはずだ。


 固めた空気は、そのままでは固めていない空気と同じく目では見えない。

 目では見えないのだが、魔力的な繋がりのようなものがあり、俺にはどこが固まっているのか把握出来ている。


 この魔力的な繋がりがあるからか、固めた空気は動かすことが出来た。

 まだ試し始めたばかりなので、素早くは動かせないが、練習を重ねれば速くなるはずだ。


 固められる空気の形は、限界である容積を越えなければ、自由に変えられるようだ。

 大きくは出来ないが、小さくは出来るし、二つ、三つに分割することも出来る。


 ただし、二つに分けた固めた空気をバラバラに動かそうとすると、集中が途切れてしまい霧散してしまった。

 それでもいつかは、複数の固めた空気を自由に動かせそうな気がするが、全ては練習次第だろう。


 教会前の石段に座って魔法の練習を続けていたら、騎士団の説明を聞き終えた子供たちが出て来た。

 みんな頬を上気させ、瞳を希望で輝かせている。


 オラシオも、説明会で知り合ったらしい男の子と握手を交わし、再会を誓い合っている。

 前世の頃から団体行動とかは苦手だったので、騎士団への憧れは薄かったのだが、ちょっと羨ましく思えてしまった。


「オラシオ、こっち、こっち!」

「ニャンゴ、お待たせ。あれっ、ミゲルとイネスは?」

「先に宿に戻ったよ」

「そうなんだ、じゃあ僕らも帰ろう」

「その前に、ちょっと寄り道していこうぜ」

「えっ? 寄り道って、ニャンゴ街に来たことあるの?」

「無いけど、さっき教えてもらったから大丈夫だ。せっかくのお祭りなんだから見物していこうぜ」

「でも僕、お金持って……あっ、ある。でも、これは使っちゃいけないお金だから……」


 どうやら騎士団に勧誘された子供には支度金のようなものが配られるようだ。

 そうでないと、王都までの路銀にも事欠くような貧しい家の子供もいるのだ。


「心配すんなよ。俺に任せておけって!」

「ニャンゴ、お金持ってるの?」

「いや、これから作る」

「えっ、作るって……」

「いいから、行くぞ!」

「あっ、ちょっと待ってよ」


 横に並ぶと、大人と子供ほども体格の違うオラシオを引っ張って、シスターから教わった店を目指す。

 目的の店は、教会から程近いレストランだ。


 お祭りとあって、店の前にもテーブルを並べて料理を販売していた。

 お客が途切れたところを見計らって、売り子のお姉さんに声を掛けた。


「こんにちは、俺たち『巣立ちの儀』に参加するために山奥の村から来た者です。教会のシスターさんに紹介していただいたのですが、ここのお店で、プローネ茸って買い取ってもらえますか?」

「えっ、プローネ茸って、あのプローネ茸?」

「はい、村で採れたものなんですけど……」

「ちょっと待ってて、店長、ちょっとお願い出来ますか?」


 お姉さんが店長を呼びに店に入ると、オラシオが興奮気味に話し掛けてきた。


「ニャンゴ、プローネ茸なんて何処で見つけたの?」

「そりゃあ、秘密に決まってるだろう」

「でも、勝手に売ったら村長に怒られるんじゃないの?」

「バレたらな。でも、オラシオが黙っていればバレないだろう」

「えぇぇ……」


 プローネ茸は、山奥の森に生える直径15センチぐらいの白くて丸い茸で、この国では松茸よりも珍重されている。

 教会のシスターには、プローネ茸を買い取ってくれそうな店を紹介してもらったのだ。


「君かい、プローネ茸を買い取ってもらいたいという子は?」

「はい、『巣立ちの儀』に参加するために山奥の村から来ました」

「早速で悪いけど、物を見せてもらえるかな?」

「はい、これです……」


 肩掛け鞄から、竹を編んだ籠を取り出し、蓋を開けてプローネ茸をみせると、口髭を蓄えた狼人の店長は、ほぉっと小さく声を洩らした。


「これは見事なプローネ茸だ。それも二つもか」

「どうでしょう、買い取っていただけますか?」

「いいだろう、二つで大銀貨四枚でどうだい?」

「大銀貨四枚……あ、あの、大銀貨三枚と残りは銀貨にしていただいても良いですか?」

「ああ、構わないよ。ちょっと待っていたまえ」


 狼人の店長が、お金を用意しに店の奥に入ると、オラシオが肩をバシバシと叩いてきた。


「ニャ、ニャンゴ、だ、だ、大銀貨四枚って、ニャンゴ、ニャンゴ」

「痛い、痛いよ、オラシオ」

「ご、ごめん。でも、大銀貨……」

「それだけ村長に儲けを横取りされてるんだよ」


 プローネ茸を村で買い取ってもらうと、この十分の一ぐらいの値段になってしまう。

 イブーロの街の近くでは採れないし、山奥の村から持って来るには輸送費が掛かる。


 だから村よりも高値で売れるとは思っていたけど、まさか十倍の値段が付くとは思わなかった。

 それに、野菜を売ってる店ではなくて、直接レストランに売りに来たのも正解だったのだろう。


 店長から受け取った大銀貨三枚と銀貨五枚は、ぶつかりあって音を立てないように布で巻いて鞄の奥に仕舞い込んだ。

 店に来る途中で、屋台の値段も見て来たから、銀貨五枚あれば結構楽しめるはずだ。


「どうもありがとうございました」

「いや、こちらこそ良い素材が手に入って助かった。また良いものが採れたら、持ってきてくれ。いつでも、同じぐらいの値段で買い取らせてもらうよ」

「はい、機会があれば、よろしくお願いします。よし、オラシオ、行こう!」

「あっ、待ってよ、ニャンゴ」


 レアな属性の魔法は手に入れたし、軍資金も潤沢だし、いざ異世界のお祭を堪能しよう。

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