黒猫ニャンゴの冒険 ~レア属性を引き当てたので、気ままな冒険者生活を目指します~

篠浦 知螺

第1話 巣立ちの儀

 群衆に囲まれた教会前の広場に、神官の厳かな声が響く。


「アツーカ村、信徒ミゲル、前へ……」

「は、はい!」


 普段は村長の孫として威張り散らしている狼人のミゲルも、今日ばかりは緊張しているようだ。

 顔色は蒼ざめ、いつもはモフモフな尻尾もダラーンと垂れている。


 毎年イブーロの街では、春分の日に『巣立ちの儀』と呼ばれる儀式が行われている。

 俺たちの暮らすアツーカ村にも教会はあるが、儀式を行える神官がいないので、このイブーロの街まで馬車に揺られて来たのだ。


 街の中心にある教会前の広場には、周辺の村から集まってきた儀式に参加する子供の他に、住民達が見物に集まっている。

 日本に較べれば娯楽の少ない街では、『巣立ちの儀』は一種のお祭騒ぎなのだ。


 ミゲルはギクシャクとした足取りで神官の前へと進み、跪いて胸の前で手を組んだ。

 神官は、複雑な文様が刻み込まれ、先端には大きな宝珠がはめ込まれた杖を、ミゲルの頭上にかざして詠唱を始める。


「女神ファティマ様の加護の下、健やかなる時を過ごし、巣立ちの時を迎えし信徒に祝福を……」


 宝珠が白い光を放つと、ミゲルの体は赤い光に包まれた。


「属性は火! 信徒ミゲル、与えられし恩恵を女神ファティマ様にご覧にいれよ」

「はい!」


 立ち上がったミゲルは広場へと向き直り、大きく深呼吸をした後で両手を天に向かって掲げた。


「女神ファティマ様の名のもとに、炎よ燃え上がれ!」


 掲げられたミゲルの両手の先で、直径50センチほどの火の玉が燃え上がる。

 広場に集まった群衆からは、ほぉっと感心するような声も上がったが、直後に打ち鳴らされた拍手には熱がこもっていなかった。


『巣立ちの儀』とは、その年に数えで十歳になる子供が、女神ファティマの加護を離れ、成人として生きてゆく決意を示す儀式とされているが、本来の目的は別にある。


 この世界の全ての者は、固有の魔法を持って生まれてくるが、幼いころは制御しきれずに自らを傷つけてしまう場合がある。

 風属性や水属性魔法の暴走で部屋が滅茶苦茶になる程度ならば良いが、火属性や雷属性魔法の場合には命に関わる危険性がある。


 そこで考え出されたのが、教会が『女神の加護』と呼ぶ魔法を封じる術で、その封印を解く儀式が『巣立ちの儀』だ。

『女神の加護』により、魔法の暴発で自傷する子供が減り、教会は確固たる地位を築くに至ったそうだ。


『巣立ちの儀』は、教会にとってのデモンストレーションだが、もう一つ別の目的がある。

 封印が解かれた直後に女神に献じられる魔法は、発動者の才能を示しているそうだ。

 最初から大きく、安定した魔法が使える者は、それ以後の成長も速いとされている。

 

 『巣立ちの儀』には王国騎士団の審査官と、この辺りを治めているラガート子爵家の騎士が列席している。

 つまり、将来有望な人材を発掘する、スカウトの場でもあるのだ。


 魔法が披露された直後に、才能があると認められた者には審査官たちから声が掛かるが、火の玉を消して振り返ったミゲルに声は掛からなかった。

 声を掛けられた火属性の子供は、ミゲルの倍以上の大きさの火の玉を作り出していた。


「アツーカ村、オラシオ、前へ……」

「へ、へい……」


 名前を呼ばれた牛人のオラシオが、オドオドとした様子で歩み出る。

 ミゲルよりも頭一つ分ぐらい体の大きいオラシオだが、性格はとても大人しい。


「女神ファティマ様の加護の下、健やかなる時を過ごし、巣立ちの時を迎えし信徒に祝福を……」


 神官が詠唱を行うと、オラシオの体は緑色の光に包まれた。


「属性は風! 信徒オラシオ、与えられし恩恵を女神ファティマ様にご覧にいれよ」

「へい!」


 立ち上がったオラシオは、鼻息を荒くしながら広場へと向き直り、意を決して両手を突き上げた。


「女神ファティマ様の名のもとに、風よ舞い上がれ!」


 普段大人しいオラシオが、別人かと思うほど大音声で叫ぶと、広場に強い風が吹いた。

 オラシオが突き上げた両手の先に向かって気流が生まれ、広場の空気を吸い寄せているのだ。


 広場に集まった群衆から大きなどよめきが上がり、王国騎士団の審査官が右手を掲げると、割れんばかりの拍手が湧き起こった。

 騎士団にスカウトされ、厳しい訓練期間を乗り切れば、正式な騎士として叙任される。

 それは同時に、貴族としての身分を手にすることでもあり、辺境の村に暮す子供たちにとっては夢にまで見るサクセスストーリーなのだ。


 オラシオは両手で顔を覆って号泣し、教会の者に肩を抱かれて採用者の列へと案内されていく。

 ミゲルが苦々しげな表情で見送っているが、村長のコネ程度では王国騎士団に入り込めやしない。

 例え入り込めたとしても、騎士団は基本的に実力社会で、王族か一部の大貴族の子息でもなければコネだけでは正式な騎士にはなれないのだ。


 今年、アツーカ村から『巣立ちの儀』に臨む子供は、村長の孫で狼人の男ミゲルと、牛人の男オラシオ、羊人の女イネス、そして猫人の男である俺の四人だ。

 イネスが水属性で、魔力は弱いと判明したところで、広場に集まった群衆が帰り始めた。

 残っている子供は、猫人の俺だけだからだ。


 一般的に、魔力の強さは体格に比例すると言われている。

 成人男性でも、身長が120センチ程度しかない猫人には、魔力の強い子供は生まれにくい。

 現時点で身長が80センチにも満たない俺は、全く期待されていないという訳だ。


「アツーカ村、ニャンゴ、前へ……」

「はい!」


 跪いた俺の頭上に杖がかざされ、神官が詠唱を始めた途端、体の中で変化が起こった。

 例えるならば、蛇口を開いて水が流れ出すように、体の中を何かが巡り始める、同時に鍵が掛かっていたフォルダが開いたかのように、一気に脳に情報が流れこんで来た。


 これが、俺に与えられた……いや、備わっていた魔法。

 誰に教わったわけでもないのに、この直後に唱える言葉さえ頭に流れ込んで来た。


「属性は……水ではないのだな?」

「はい、違います」

「うむ、属性はそら! 信徒ニャンゴ、与えられし恩恵を女神ファティマ様にご覧にいれよ」

「はい!」


 俺の体を包んでいたのは、水属性の青よりも薄い水色の光だった。

 群衆からはクスクスと笑い声が聞こえ始めているが、俺は自分の魔法を使うことに夢中だった。


「女神ファティマ様の名のもとに、空よ固まれ!」


 俺が両手を空に突き上げた途端、広場は笑いの渦に包まれた。


「ぎゃははは、見ろよ、何も起こらないぜ!」

「あはははは、空っぽの空属性なんだから当然よ」

「魔力の弱い猫人で空属性って……あいつ終ってるだろう」


 見物に集まった群衆の目には、何も起こっていないように見えているのだろうが、俺の魔法は発動し、突き上げた両手の先で文庫本一冊分ぐらいの空気が固まっている。

 たぶん、強度は発泡スチロール程度しかないだろう。


 両手を下ろして、神官に一礼して逃げるように退場した。

 まだ群衆の笑い声が続いていて、恥ずかしくて顔が熱くなってくる。


 空属性は役立たずの属性と言われているが、物心ついたころからの夢である冒険者生活をこの程度のハンデで諦められるもんか。

 司祭による閉会の挨拶を聞き流しながら、俺は空属性魔法の使い方を考え始めていた。

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