赤と紫

ドルアーノ王国には滅竜器製造工房が存在する


そこは王宮内にある鍛冶工房。


ここは選ばれた人間のみ立ち入りが許される。


全身漆黒の鎧に身をまとった人間が工房の扉を開く。


工房内には数人の職人が炉の前で滅竜器の加工を行っていた。


『親方、英雄殿が来やしたぜ』


親方と呼ばれた初老の男性。


受付で待つ漆黒の人物に歩み寄る。


『ぃよう、ルドガー。早かったじゃねえか』


漆黒の鎧の主はルドガー。


王国で黒竜殺しの異名を持つ英雄。


『いえ、相手が大したことがなくて助かりました』


『大した事、ねえ』


親方が鼻を鳴らして笑う。


ルドガーは黒竜しか狩ることをしない。


黒竜討伐は本来、竜殺しが大隊を組んで挑んでも勝てるかどうか


そんな竜をこのルドガーは一人でやってのける。


『親方。黒竜の材料です』


テーブルの上に大きな麻袋を置く黒竜殺し


『…おいおい、この黒竜の鱗の大きさ…何が大したことねえだ。大物じゃねえか』


袋の中には黒竜の鱗や皮が詰まっていた。


『鎧の修繕は?』


『できてんぜ』


親方が指さす方向に、漆黒の鎧と――大きな剣。


『完成したんですね。邪剣が――』


『あぁ。黒竜の滅竜器だ。我ながらやべえ獲物作っちまったぜ』


漆黒の大剣。竜を滅することに特化した邪剣――。


『では早速持っていきますよ』


『おいおい、今日王都に帰還したばかりだろうに。休めや』


しかしルドガーは装備を受け取ると


『竜は――特に黒竜は、一刻も早く滅しないといけませんので』


また竜狩りに旅立った――。




王都に向かうその途中。

森を抜けるために馬車を走らせていたミッカ達は

その道中で、血まみれの男を発見していた。

着ている服は赤く染まっている――


「し、死んでいるんですか…」


震えるシグ。


「いや、生きてるが——」


コルがそう言う前にミッカが男に駆け寄って


「しっかりしてください!聞こえますか!?」


血まみれの男に呼びかけるが


「ミッカ、そいつにあんまり近づくな」

「え!?」

「毒だ」

「!?」


男をよく見ると出血だけでなくて

肌の色が青紫色に変色しつつあった。

身体には切られたような傷。そして毒。


「こいつはもう助からんな」


コルがそう言うと

ミッカは持っていた水筒で男の傷口に水をかける。


「まだ助かるかもしれない!!」

「やめとけよミッカ」

「いや!目の前で人が死ぬのは、嫌なの!!」


過去を思い出すミッカ。

鮮明に記憶する山で起きた出来事。

遠目ではあったが、王国の兵士たちが次々と燃死する様子を見てしまった。

あまりに刺激が強すぎた記憶。


「………」


ミッカがこうなったらコルは止めようがないことを知っていた。


「おい、シグ」

「え!?は、はい!」

「薬、ねーか?毒消すやつ。あと傷薬」

「あ、あります!待っててください!!」


コルの言葉に反応し荷台に飛び乗り荷物を漁るシグ。

王都での売り物であるがそんなことは言っていられない。

シグとミッカはありったけの薬を男に使い治療する。


「シグくん!包帯!もっと止血しないと!」

「は、はい!!」

「………」


――駄目だ。そんな薬じゃ――


コルが助からないといったのには理由があった。

その毒の症状は、蛇や蜂なんてものじゃない。


――紫竜の毒なんだよ――


12種の竜、紫竜。

体内に猛毒を生成できる器官を有し

人間が食らえばひとたまりもない。

相手が竜であってもその猛毒は死に至る。

治療方法は毒が全身を回る前に特殊な薬を打つか

変色した部分を切り落とすほかない。

村や町で売っているような薬では効くわけもなく


――こいつはもう――


必死に男に手当てをするミッカとシグ。


「あきらめないでぇえ!!」


ミッカの声に反応しない男。

シグも察したのか、目を強く閉じ顔をそらす――



「どいて」

「!?」



コルが後方からの声に反応して素早く振り返ると

そこには白い法衣を着た青年が立っていた――

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