教国の民
稲妻が走る。
風と雷、そして雨。
嵐の訪れは黄竜の怒りと言い伝えられている。
ここはドルアーノ王国とミカドル教国の国境。
そこに嵐の森と呼ばれる場所がある。
人が立ち入ることがない秘境。
その森の奥に一軒の家が建っていた。
家の中には傷ついた黒い幼竜。
そして傷を手当てする老婆。
『人は勝手な生き物でね』
竜の首元を止血し、薬を塗る。
黒竜は苦しそうに唸り声をあげる。
『生かすも殺すも自分次第と思ってる。でも…』
老婆は竜の頭をなでる。そして語りかける。
『あんたも出会ったみたいだね』
しわだらけの老婆がやさしく微笑む。
『いるんだよ人の中にも。変わり者がさ』
竜の首に巻いてあった布は綺麗に洗われて、黒竜の側に畳んであった――
「おいしかったね~コル~!お腹いっぱいだよ~」
「うまかったな」
店から出てきた二人は幸せそうな表情。
旅の醍醐味の一つが食事というのもうなづける。
「つぎどこいくミッカ?」
「本屋さんってあるかな?」
「ほん~?」
「そうそう!この前シグ君からもらった古竜語の本を解読したいんだけど…」
「なに書いてあるかわかんねーもんな」
ミッカがもらった古びた本は一文字もわからないままだった。
「全然意味が分からないし…何か手がかりになりそうな本があったらいいなって」
「本好きだなミッカ」
「うん!これでもしかしたら竜のことがもっとわかるかも!」
「ふーん」
ミッカは古竜語の本を開くと、まだわからぬ文字の列に心躍らせていた。
よこからひょいと覗き見るコル。
「ちょっとみせて」
「え? コルわかんないって言ってたでしょ?」
「最初のページしか見てなかったし」
ミッカから古びた本を預かると
歩きながらパラパラとめくるコル。
「どう?」
「全然わかんねー」
「だよねー。昔の言葉を研究した本を見つけて勉強するしかないのかなー」
「ふーん」
「この村に本をたくさん置いているお店ってないのかなぁ」
「ドルって古竜語で竜って意味らしーな」
「へー、そうなんだ。じゃあエルドルの村って何とかの竜って意味なのかな―—」
ぴたりと足を止めるミッカ。
「え、ちょっと待ってコル!?そ、その本の中身読めたの!?」
「え?」
「いやだってさっきドルは古竜語で竜って意味だって!」
「まね」
「どどどどうやって!?」
「…勘?」
「勘!?」
慌ててコルが読んだページを見るミッカ。
「ほ、他にはなんて書いてあるの!?」
「わかんね」
「え!?さっき読めたって」
「気のせいかも」
「気のせい!?」
どうやらコルも理解して読んだわけではないらしい。
文字の流れがそれっぽかったと言うコル。
本当に読めているのだろうか…。
そんな二人のやり取りを通眼で見ていた人物が近づいてくる。
「——あの」
声をかけられた二人はその人物に振り向く。
雪のように白い髪の毛の女性。
来ている服は法衣だろうか、白い法衣がその人の全体を白で染めている。
ミッカとコルに近づいてくる女性。
「はい?なんでしょうか」
「しろいな」
女性は一礼すると名乗った。
「私はミカドル教国から来ましたスゥと申します」
「なんか用?」
コルが首をかしげて聞く。
「あの、そちらの銀色の髪の…」
「私、ですか?」
「はい。もしかして教国から来たのかと思いまして」
「あ、名乗ってなくてごめんなさい、私の名前はミッカっていいます。
出身はこの村から南西にあるエルドルという村です」
「えっ」
少し驚いたような表情をするスゥ。
なんとも複雑そうな、聞いてはいけないことを聞いてしまったかのような――
「ごめんなさい、私の勘違いでした」
深々と頭を下げるスゥにミッカは慌てて答える。
「い、いいんです!でもどうして私が教国出身だと?」
ミッカも存在自体は知っていたミカドル教国。
雪に覆われた白銀の世界。
水に囲まれた美しい国と聞いている。
「教国の民はその血筋で髪の毛が白くなるのです。
この国でその毛色は珍しく、もしやと思い声をかけてみました」
「ん?ミッカの親ってそうなの?」
「お父さんはエルドルの村出身で、お母さんは…」
ザックから自分の母親について聞いたことがある。
ミッカの母シエラは他国の出身だと。
それを思い出し胸のペンダントを握り締めるミッカ。
「で、あんたはこの国に何しに来てんの?」
コルが話に割って入る。
その問いにスゥは静かに答えた。
「この国での用はもう済みまして、これから西の帝国まで行く途中だったのです」
青い瞳のスゥはミッカの瞳を見つめて伝えた。
「私は教国で――竜の守り人をしております」
それを聞いて目を見開くミッカ。
ミッカのその瞳の色は――青かった――。
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