夜の帳

『…わかんねえ…わかんねえよッ!!』


そう叫ぶ男。その手には生まれたばかりの赤子が。


『…なあ…考え直せよ…この子にはお前が必要なんだよ…!』


赤子を自分に託し、村を出ようとする男を必死に呼び止める。


『嫁さんが死んじまってお前はどうかしちまったんだッ!!』


竜に会いに行く。男はそう言って村を出ようとしている。


竜殺しでもない、竜に無縁のこの村の男がなぜ。


『考え直せよ!ヴィン!!』


『…ザック』


ヴィンは静かに振り返る。


『これはシエラも望んだことなんだ』


望んだ?我が子を一人にすることを?そして竜に会いに行く?


『だから!わかんねえって言ってんだよッ!…なんでなんだよ…』


『…ザック。親友の君にだけは、話そうと思う』


『…?』


半泣きのザックは顔を上げる。


そしてヴィンは親友にその理由を伝えた。


『この子は…ミッカは―――』


『————————』


ザックは――言葉を失った。






あたりはすっかり夜の闇に包まれ

ミッカと商人見習のシグは眠りについていた。


一人火の番をするコル。

ぱちぱちと音を立てて燃える焚火が絶えぬよう

木の枝を折りながら火にくべる。


「………」


夜の闇をぼーっと見つめるコル。

目線の先には森があるが

この闇夜では何があるかも見えないだろう。

しかしコルはある一点だけを見つめるように顔を上げていた。


「——————」


ぶつぶつ独り言をつぶやくコル。

そうでもしないと眠気が襲ってくるのだろう。

火の温かな明かりがコルの瞳を赤く照らす。



ふとコルは傍で寝息を立てて寝るミッカを見つめて

静かに微笑んだ。


「…竜と人は友達…か…」



古の昔。

竜と人は戦争を繰り広げてきた。

互いに殺し合い、その連鎖は終わることはなかった。


戦争初期。竜はその圧倒的な力で人をねじ伏せてきた。

人は竜に絶対敵わないことを知らしめたのだ。

戦争は竜の圧倒的勝利。

人は成す術なく駆逐されるほかなかった。

人は隠れるように息をひそめ反撃の日を待っていた。


時は流れ、人はある日、革命的な力を得る。

「竜殺し」

人の何倍の巨体を誇る竜を仕留める術を手にしたのだ。

これにより竜と人とのパワーバランスは崩れ

燻っていた戦火は一気に燃え広がることになる。


これにより人は人の国を築くまで繁栄し

竜は竜の住む領域を限定するまで後退した。


しかし両者は戦うことをやめようとはしなかった。

竜か人かそのどちらかが根絶やしになるまで

これからも闘いの日々は続くことだろう。




コルは闇夜に向かって言葉を放った。


「竜と人は友達なんだってよ」


闇夜から帰ってくる言葉はない。

しかしコルの視線の先には

闇夜に潜む影が――



影が動く。



緑色の二つの光が闇夜に浮かんだと思うと


その光はすっと消え去り


風に吹かれた草木が静かになびいていた。



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