人は竜を憎み
天高く燃え上がる黒い炎
一匹の黒き巨竜が一つの国を滅ぼした。
呪われし邪炎は人を一人残らず焼き殺す
たとえそれが幼い命であったとしても―
燃え盛る様子に見飽きたのか
黒き巨竜は空高く舞い上がる。
それを見上げる一人の男。
両膝をつき、両腕は黒い炎で燃え上がっていた。
その手には黒焦げた何か。
それを胸に抱きしめるようにする男。
『…そんなに人が醜いか…』
うつむきぼろぼろと涙をこぼす―
『…そんなに人が目障りか…!』
空を見上げ眼を見開く―
『そうだというのならァア!!』
男は叫ぶ―
『竜など、滅びてしまえェえええええええあああああああああああ!!!』
抱きとめた燃え殻が宙を舞う
それは悲しき黒い涙であった―
小さな町パドルを出発したミッカ達。
馬車に乗って向かうは王都。
高く昇っていた日はいつのまにか落ちて
一行は野宿することとなった。
焚火を囲んで食事をする三人。
商人見習の少年シグはミッカとコルにスープを作って馳走する。
「わあ、おいしい!
「あ、ありがとうございます…」
ミッカが笑顔で褒めると、えへへと照れるシグ。
「ミッカが作るスープのがうまい」
「コル!」
なぜか機嫌が悪いコル。
「お、お口にあいませんでしたか…?」
恐る恐る聞くシグ。ミッカの視線が痛い。
「…まあ、うまいことはうまいけど」
「よ、よかったあ!」
食事を終えると三人は各々の身の内を語っていた。
「へぇえ!シグくんはお父さんの後を継ぎたいんだね!」
「は、はい!まだまだ未熟だって父さんは認めてくれてないんですが…」
シグの家系は代々商人をやっていて
王国だけでなく、隣国である帝国、教国にも足を運んで商売をしている。
そのため旅先では危険がつきものなので護衛を雇うのだが
今回はパドルの町で他の商人にもっていかれてしまったのだ。
「王都までという契約だったので違約金はもらえましたが
なにせ護衛なしなんて盗賊には襲ってくださいって言ってるようなものだし
竜には食べてくださいって言ってるようなものですからね。
コルさんが護衛をしてくれると言ってくれた時は助かったと思いましたよ」
「だろ~」
ふんすと鼻息をつくコル。
コルは女性とは思えない馬鹿力を持っているが
「コルさんはどんな武器を?」
「すで」
「素手!?」
素手だった。
「すででじゅーぶんだろ」
「ひ、人はさておいて、竜だったらどうするんですか!?」
「すで」
「素手!?」
素手だった。
途端に不安になるシグ。
確かにコルの腕っぷしは良さそうだが、いくら何でも素手って―
「不満か」
「とと、とんでもないですはい!」
いったいどこから素手で竜を倒すという自信が湧いて出るというのか…。
「そそ、そういえばミッカさんたちは竜を探しているんでしたよね?」
「え、えぇ。黒い竜を探しているんだけど…」
「それでしたら…」
シグは荷物をごそごそ漁ると本を何冊か取り出した。
「竜に関する書籍です。お好きなのを差し上げます」
「ぇえええ!?い、いいのシグくん!?」
「これも何かの縁です。お代は結構ですよ。
あ、父さんには内緒でお願いします!」
わなわなと手を震えさせるミッカ。
一つ一つ本を手に取り品定めする。
「わぁああ!これ図鑑だ!
すごい、こっちは竜の研究、生態について書いてある!
こっちは竜を題材にした御伽話や物語!絵本まで!」
「よかったら全部差し上げますよ」
「ぜぜぜ全部なんてダメだよ売り物なんでしょ!?」
厚意に甘えて一冊だけ…。
眼をらんらんと輝かせてどれにしようか迷うミッカ。
すると一冊だけ古びた書物を見つける。
今にも崩れてしまいそうな相当昔の書物だ。
「これは…?」
「ああ、それは古竜語で書かれた書物で読めないんです」
「古竜語?」
「はい。その昔、竜は互いの意思疎通に人と同じように言葉を用いたのだとか。
それが古竜語なんだそうです」
「竜が…言葉を!?」
衝撃だった。
確かに本の表紙に書かれている文字は
この世界で広まる標準な言語とは異質なもので
とても読めそうにはなかったが
「それってつまり、この古竜語を話せれば竜と会話できるってこと!?」
ミッカの胸が高鳴る。
なんてすばらしいことなのだろう。
竜と意思疎通ができるなんて!
「これください!」
迷わず古竜語の本を欲するミッカ。
その様子を見ていたコルは
「そんなのいらねーと思うけど」
「ちっちっちー!コル君はわかってないなー!
この本の真の価値というものが!ウフフ!」
すっかり夢見心地なミッカ。
やれやれとため息をつくコル。
賑やかな焚火を囲んでの談笑
その温かな光に
黒い影が迫っていた―
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