『マンイーター』

『…しつこいんだけど?』


ここは帝都ドルデ。

夜中の都の裏通り

一人の女性が男二人に絡まれていた。


『なーなーねーちゃ~ん、そう邪険にすんなよ~』

『俺たち、竜の密売やってるわけ』

『だからなによ』

『か・ね・も・ち、ってこ~と!』


ここ帝都でも竜は密売対象で

物好きに高値で売れていた。

しかし、ここ帝都でもその処罰はある。


『俺たち金しかねーからさあ~』

『ぱーっと、遊ばない~?』

『あたし、あんたたちみたいな竜臭い男、嫌いなのよね』


いい加減消えてほしい

女性のいら立ちが頂点に達しようとしたその時―


暗闇の奥から

耳障りの悪い金属音が



―足音—



徐々に近づく不気味な音。

やがてその姿が街灯に照らされる―


『なんだあ、てめえ』


男たちがにらみを利かせる。

そこには紅の鎧に身を包んだ「人」


『ちッ、帝国騎士サマのおでましかい』


自分たちを取り締まりに来たのだろう。

あいにく竜の密売につながるような証拠は持っていない


『あのねえ騎士サマよ~?俺らなぁ~んにもしてねえから』

『そ~そ~。ただそこのねーちゃんと遊びに行こうって話―


女性は目を疑った。

男二人の間をいつの間にか紅鎧の「人」が通り抜けたかと思うと

男達が―発火した。


紅色の炎に焼かれ

その場に崩れ落ちる―燃えカス

女性は今起きたことが理解できずにいた。


『な、え、や…ころ、した?』


確かにさっきこの男だったモノは竜の密売をひけらかしていた。

場合によっては死罪なのは知っている。しかし―


『い、いくらなんでもいきなり―』


目が合った。


いや、兜でその素顔は見えないし

暗くて目も合うなんてことはないはずだが


目が、合った―


『あ、あたしは関係ない!!そいつらに絡まれていただけで!!』


必死に弁明する女性

その女性の背中から

いびつな剣が突き抜ける―


『—ひ―』


悲鳴を上げる前に燃え上がる女性

刺した剣を雑に引き抜くと

女性の足元には


竜皮の鞄が落ちていた―






「…マンイーターって例の…!?」


アルメイダもそのうわさは聞いたことがある。

最近帝都に出現したという連続猟奇殺人鬼。

黒焦げた死体が山のように発見されているが

犯人はいまだ捕まっていない。


何が目的なのか

人を焼いて楽しんでいるとでもいうのか


その昔、竜と人との戦争に

人食い竜の伝説がある。

食われた人は数知れず

死の間際まで人を食らっていたその竜は

邪竜マンイーターの名で多くの歴史書に登場する


帝都の民はその得体のしれない殺人鬼に

邪竜の名をなぞらえたのだ。



「人食い竜にしては、焼きが過ぎるのではないか?」


それとも人より炭がお好みか―?


アーバインの言葉に答えないマンイーター。



横殴りの雨風—



最初に行動を起こしたのは―



「はぁああああああああッ!!」



先ほどまで尻餅をついていたアルメイダ。

彼女の獲物、自分の背丈より長い槍で


マンイーターを穿つ―!


「やられっぱなしってのは性に合わなくて―さァア!!」

「—!!」


鋭い一撃がマンイーターを襲う!


彼女の槍術はアーバインも一目置いていた。

磨きに磨かれた一突き一突きは、決して竜に後れを取ることはなく

対人戦闘においても目を見張るものがあった。


次々と繰り出される槍術―


あまりの連撃に彼女の槍先を捉えることはできない


はず、だった。

マンイーターは身体を最小限にずらすだけで

アルメイダの槍撃をすべてかわしていた。

そして羽虫を払いのけるように剣を振る。


「あッっつ!?」


いびつな剣から噴き出す火炎

間一髪かわすアルメイダだったが

よけたはずなのに火炎の熱が彼女の身を焼きにかかる。


「うそでしょ!?」


それだけではない

彼女の獲物である槍の刃先が熱で溶けていた。


「副隊長を援護しろ!!」


銃を構えた狙撃兵が一斉に銃弾を放つ!!

マンイーターはその方向に剣をかざすと

すさまじい爆炎で壁を作る。

銃弾はいつの間にか地に落ち音を立てて燃えていた。



その一瞬


炎に紛れてアーバインが斬りかかる―!


その動きを読んでいたかのように

マンイーターは身をひねり大剣をかわすと

振り上げた紅蓮の剣をアーバインの頭めがけて

たたき落とす―!!


「——」


ぴたりと剣が宙でとまる


―いない―


さっきまで大剣を振り下ろし

隙だらけだったアーバインは



今、自分の後ろにいる―


そこにアーバインの渾身の一撃が―




しかし後ろに飛んで距離を取るアーバイン



なぜ?



確かにマンイーターを両断出来た好機であったはず。

しかしアーバインは見逃さなかった。



「二刀使いか」



もう一本

マンイーターは紅蓮の剣を

もう一本隠し持っていたのだ。


一本の剣でも脅威だというのに

其れを二本も持っている


「隊長ぉおあああ!!」


剣を振りかぶった兵士が加勢する


「—よせ!!近づくな―—


遅かった。


熱したナイフでバターを切るように

着ている鎧が燃えとけながら

二人の兵士が炭になった―


さらにマンイーターは紅蓮の剣を投げ飛ばし

次々と兵士達を発火させる―


「——」


とっさに二刀で大剣を受け止めるマンイーター


「これ以上はやらせん」


宝剣銀凪はマンイーターを両断せんと

その剣圧を増す―!


紅蓮の二刀は火花と火炎を吹き出しながら

大剣を押し返そうとする―


かに見えた


「隊長!?」


アルメイダもすぐに理解した。

受け流したのだ。

銀凪はマンイーターを両断することなく

地面にその刀身を埋めた―


踊るように体を回転させるマンイーター。

紅蓮の刃はアーバインの首をめがけて―!!


「—が―!?」


渾身の一刀。

アーバインの大剣がマンイーターの脇腹に抉り込む。


地面に埋まった大剣が

あの瞬間

あの剣速で

マンイーターに届くとは考えられないが


アーバインはそれを間に合わせた―!


「はぁああああああああああああ!!」


斬り抜く―!!



轟音とともに

勢いよくマンイーターが岩壁に叩きつけられる




「…す、すごい…」



あの紅蓮の悪魔を切り伏せた滅竜隊長。

竜殺しの天才とは知られたものだが

対人戦闘でここまでの動きが人間に可能なのか

アルメイダには到底理解しえぬ領域だった。


今の一撃を食らえば

人間などひとたまりもない。

胴体が真っ二つになることは避けられない―



なのになぜか



アーバインは浮かない表情




「—私が相手をしているのは」



—本当に「人」なのか―?





マンイーターは気怠そうに起き上がる―

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