『アーバイン家の宿命』

『…いいか、ケウス…』


右腕のない一人の騎士が


血まみれの口で言葉をひねり出す


そんな騎士を両手で抱きかかえて


涙ながらに耳を傾ける青年。


『…竜は…悪だ…』


そう語りかける血まみれの男。


この騎士は竜殺しの一族


代々竜を狩ることで名の上げた名門


この騎士も竜殺しとしてその名を轟かせた一人


そんな人物が


今、絶命した―


『——父上っ!?



 父上ぇえええええええええええええええええええ!!—







「——長。アーバイン隊長!」


はっと我に返る騎士。


「…すまない。気が抜けていた」

「昨日はかなり飲んでいたご様子。不調ですか?」


「問題ない。続けてくれ」


辺境の村エルドルに到着した滅竜隊隊長ケウス・アーバイン

竜目撃情報を受け、部隊を引き連れ馬を走らせた。

到着した一行を村人はもてなし

そして、夜が明けた。


「部隊を5班に分け、このルートで竜を捜索します」


地図を広げた兵士が作戦内容を確認する。

今日は竜の捜索及び討伐作戦実行の日。


「隊長。村に竜が襲来することを想定し、戦力の一部は村で待機させますが」

「許可する。部隊の半数を村にとどめ、残りの計5班で捜索と討伐を行う」


―半数!?


その場の兵士達に緊張が走る。


竜討伐には人数が必要だ。

いくら隊長が名高き竜殺しの名門とはいえ

部隊の兵士一人一人がそこまでの力を有するわけじゃない。

確かに村人の安全確保が最優先だ。

誰一人犠牲者を出してはならない。

しかし―


「隊長!まだ我々は『竜』を確認しておりません!

 村に残す戦力は多くて3分の1にすべきです!

 しかも5班に分けたら戦力が足りない!

 もしも遭遇した竜が『12種』の一匹だったら…!」


「死ぬだろうな。間違いなく」


当たり前のように言い放つアーバイン。

その言葉を聞いた兵士の表情は険しい。


―12種

この世界には12種類の竜が存在する。

またの名を『原種』

竜は現在もその数を増やしており

野生の竜は他種の竜族との間に子供を作ることがあるが

その力は原種に比べて著しく衰える。

これを『雑種』と呼んでいる。

しかし12種、原種同士の子供はその力を色濃く残しており

雑種の比ではない力を持つゆえ危険なのだ。

現状、12種よりも雑種のほうが数が多いとされている。

故にいかに12種と出くわさないかで生存率は大きく違う。


兵士は恐れているのだ。

雑種ならまだ勝ち目は見える。

しかし、12種と遭遇したら―


「たとえ幼竜でも死者は出るだろう」


「ならば隊長!まず偵察を優先すべきです!

 そして竜種を確認でき次第全勢力で」

「二度言わせるな。偵察も討伐も計5班で行う」

「しかし!!」


「—やめときなよ」


アーバインと兵士の間に割って入る女騎士


「アルメイダ副隊長…!」


アルメイダと呼ばれた女騎士はウィンクで兵士に答える


「どうせ雑種しかいないよ。

 12種がいるのはもっとヤバい場所。

 火山の火口とか、毒森の奥深くとかさ。

 こんな穏やかな地帯になんて住まないよ。

 でしょ? アーバイン隊長様?」


「…一時間後に出発する」

「ハイハイ」


肩をすくめながらそう答えるアルメイダ。

すれ違うように立ち去る隊長アーバイン。

納得いかなそうな兵士はつぶやく


「…隊長は強いから俺たちの恐怖がわからないんだ…!」


それを聞いたアルメイダはため息交じりに兵士の肩をぽんぽんとたたいた。


「そういうこといわないの。

 隊長が今まで隊のみんなを見捨てたことがあったかしら?」


「…失言でした…」

「気持ちはわかるって。みんなこわいの。それに…」


アーバインの後姿を見ながらアルメイダは思った。


(…名門名門言われてるけど…怖い思い、たくさんしてるものね…)


竜殺しの名門、アーバイン家。

人々から英雄扱いされる一方

その裏でどれほどの苦境があったことか。

もしもケウスがアーバイン家に生まれなかったら。

きっと違う生き方ができただろう。

今の彼はただひたすら竜を狩る毎日。


神は彼に

竜を狩るために生まれてきた存在、とでもいうのか―




「全員揃いました!!」


兵士の号令が村の広場に響く。

いよいよ竜の捜索と討伐が始まるのだ。

列をなした兵士たちの表情は決意に満ちている。

みんなを前にし、アーバインは口を開く。


「諸君。これより竜の捜索及び討伐に出る。

 竜はどこから狙って襲い掛かってくるかわからない!

 

 一瞬たりとも気を抜くな!!

 

 竜は、悪だ!!


 悪にわれらは屈しない!!

 悪竜に正義の裁きを!!」


「滅竜隊、出陣!!」


 オオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!


兵士たちの雄たけびとともに隊列が動き出す。

それを見送る村人たち。




この日の天気は昨日と打って変わって


黒い雲が空を覆っていた―

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