『少女の願い』

村人はまだ知らない


「竜」の恐ろしさを


少女はまだ知らない


「人」の残酷さを―







薄暗いその洞窟は

険しい山道を登ると

大きな口を開けて存在していた。


そこに村の少女ミッカは

たった一人で訪れる。


武器も持たずに―



暗闇に光る二つの赤い光。

うごめくその物体は

少女の姿を捉えて―





「きたよー!」





ミッカはうごめく黒い物体に抱き着いた


それは、竜―


少女の体の3倍はある大きな体

全身黒い鱗に覆われた

竜の子供だった。


「傷はもういいみたいだね!」


ミッカは幼竜の胸元をなでる。

そこには剣で切られたような大きな切り傷があった。


それに答えるように

少女の体に頭を擦り付ける幼竜。


「ごはん、持ってきたよ!」


ミッカは籠からパンを取り出すと

竜の口元へ運んであげた。


「おいしい?」


次々とパンを飲み込む竜。

それを見て笑みを浮かべるミッカ。


ミッカはこの山奥の洞くつで

傷ついた幼竜の世話をしていたのだ。


この山はミッカの遊び場。

ある日この洞窟を見つけ

探検がてら中に入ると

傷ついた竜に出会った。


大人たちから竜の恐ろしさを聞いていたミッカは

あまりの恐怖にその場で震えて動けなかったが


目の前の竜は

それ以上に苦しそうであった。



―助けなきゃ―



それからというもの、ほぼ毎日この洞窟に通い

薬や食料を持ってきては与え

ミッカは通じるかもわからない言葉をかけ続けた。


最初は警戒していた竜も次第にミッカに打ち解け懐く様になった。


「クロ!あなたの名前はクロ!」


名前も付けた。

体の色が黒いのでクロ。

毎日名前で呼んではじゃれあっていた。


ミッカの中で恐ろしい竜の存在は

いつしか「人」の友人そのものへと変わっていった。


村にはミッカ以外にも年の近い子供は大勢いるのだが

ミッカは村の子供達とは仲良くできなかった。

大人たちは気にしていなかったが

村の子供達にはミッカの「銀色の髪の毛」が気になるようで

いつも髪の毛のことでからかわれていたのだ。


村の子供たちの髪の毛の色は黒、もしくは茶色。

銀色の髪の毛はミッカしかいない。


『やーい、そんな髪の毛の色してんのはジジかババだけだぞー!』

『ミッカはババ色~!まだ子供なのに変な色~!』


『………』


いつも一人で遊ぶミッカ。

山に行くのも一人だけ。

しかし、ミッカだって村の子供たちと同様遊びたかった。

友達が、欲しかったのだ。


「元気になったら、一緒にかけっこしようねクロ!」

竜の頭をなでながらミッカは言った。

ごろごろとのどを鳴らす竜。

竜と一緒に思い切り遊びたい。

一人の少女のささやかな願い。


「二人」がはしゃぎながら山をかける日も近い―






時は夕暮れ―


ミッカは山をおり村へと帰っていった。

険しい山の下山もミッカにとっては朝飯前。

なんの危なげもなく戻っていく。


村に到着すると

何やら広場で大人たち…いや村中の人たちが集まっている。



(…なんだろ?)



ミッカもその人だかりへ混ざっていく。


すると視線の先には村長と、見慣れない鎧を着た人物。

その後ろには大勢の兵士がいた―


「お、おうミッカ!どこ行ってたんだこんな時に!」

ミッカに気づいた道具屋の店主が駆け寄る。


「なにかあったの?」

「わからねえ…今さっきこんな村においでになったみてえなんだ」

「あの人たち、だれ?」


「—王国騎士サマだよ」



白金の鎧に身をまとい

赤いマントをなびかせた男が村長に歩み寄る。


「あなたが村長か」

「は、はい。そうでございます…」


怯えた表情を浮かべる村長。

腰の曲がった白髪の村長は

穏やかな性格で慌てる姿など見たことない。


しかし、今日は違った。


村に起きた初めての異変。


今までこの村に王国の騎士が来たことなどない。

来ても旅人か商人くらいなのに。


「お、王国の騎士様がこんな辺境の村に一体どういったご用件で…」

笑顔でそう聞く村長。

その表情には汗がにじみ出ていた…。



「この近くに竜がいる」


「!!」


騎士のその一言に

ミッカの背筋が凍る―


それだけではない。



―竜がいる―



その言葉に村人たちが騒ぎ出す。


「な、なんだって…竜…!?」

「うそでしょ…?」

「どういうことなんだ!?」

「俺たち、竜に食われちまうのか!?」

「い、いやよ!そんなの!!」


珍しい客人が来たと思えば、竜がいる?

あまりの突拍子のない言葉に

村中が不安と困惑、恐怖の声で満たされた。




     「 静まれ!! 」




一人の女騎士が一喝する。

村人のどよめきは消え失せた。

そして、赤マントの騎士が語り始める。


「私は王国騎士『滅竜隊』隊長、ケウス・アーバインだ!」


―滅竜隊

各地で出現する竜を狩るための部隊

王国騎士でも腕利きの猛者が集まる

竜殺し専門の騎士たちだ。


「此度、このエルドル近辺にて竜を見たとの情報を受け

 我々滅竜隊が討伐任務を請け負った!

 安心してほしい!

 村人の皆にはその身の安全と

 我々「人」の安寧を乱す竜を討ち取り

 必ずや平穏を取り戻すことを約束しよう!!」



村に響くアーバインの一声。



「…お、おお…!これが救いの手!」

「…騎士様が助けに来てくれたんだ…!」

「あたしたち…助かるのね…!?」

「国王様はこんな村一つも見捨てず、助けてくださるんだ!!」


歓喜の声に沸く村人たち

最初はこわばった表情の村長も

王国騎士アーバインと固く握手を交わし

何度も頭を下げ感謝の意を伝えた。


「皆の衆!今宵は宴じゃ!

 わしらを助けに来てくれた騎士様たちに

 もてなしをするのじゃ!」


あわただしくなる村。

女たちはすぐ食事の支度をはじめ

男たちは急ごしらえの宴の席を準備する。

道具屋の店主もほっと胸を撫で下ろす。


「…やれやれ。竜がいるなんて言われたときはどうなることかと思ったが

 騎士サマが来てくれて竜を倒してくれるときたもんだ。

 こうしちゃいられねえ!

 何年も寝かせていた極上の酒を倉庫から引っ張り出さなきゃよ!

 道具屋としては大赤字だが、命には代えられねえしな!

 ミッカ、お前も騎士サマをもてなすんだぞ―」




しかし、振り返るとそこにミッカの姿はなかった―

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