竜人記伝 —過ぎ去りし記憶―

ガリュー

序章 『子と子』

『竜と少女』

『決着を、つけようか―』



轟く雷鳴。

空は黒く濁り

あたりは業火に包まれていた。


渦巻く炎の中心に

剣を構えた「人」とそれを見下ろす「竜」。



両者の間に決着を阻む者はいない。



構えた剣こそ巨竜をも一撃で葬る竜殺しの邪剣—


その息は天地を一瞬で焼き払う竜の怒り―



睨み合い微動だにしない両者



そして



一瞬の稲光が



―その刻を告げた―






王都よりはるか離れた山間の村〈エルドル〉

その辺境の村に立ち寄るものは少なく

物好きな旅人か、数人の街商人が訪れるくらい。


村人は足場の悪い土地で畑を耕し

酪農と狩りで生活を成り立たせている。




とある晴れた昼下がり

一軒の民家の扉が開く。


ゆっくりと、そして中から外をうかがうように


しばらくして一人の少女が飛び出した。

草木で編んだ籠を手に

小走りで山のほうへとかけていく


「—おい、ミッカ!」


びくりと立ち止まる少女。

ゆっくり振り返り笑顔で答えた。


「なあに?」

「なあにじゃないだろ。どこ行く気だ?」


少女を呼び止めたのは家の向かいにある道具屋の店主。

暇を持て余して窓ふき掃除をしていたところを少女を見つけて呼び止めた。


少女の名はミッカ。村一番のおてんば娘で

村の大人たちの手を焼かせていた。


「また山に行くのか?今度は何を企んでいる?」


道具屋は以前、薪集めに山へ行った時があったが

その最中に大きな落とし穴にはまった。

仕掛けたのは目の前にいるこのおてんば娘。


「そんなんじゃないもん」


ぷいっとそっぽを向くミッカ。


「ただのお散歩だもん」

「昼飯を持ってか?」

「そう!」


手編みの篭いっぱいのパン。

とても少女一人が食べる量には思えない。


「…元気なのはいいが、一人で山に行くのはやめるんだ」

「なんで?」


「なんでってお前、『竜』が出るからに決まってるだろ」


村の大人たちは子供のしつけに『竜』の名をよく出す。


悪い子は竜に食われる―

言うこと聞かない子供は竜がさらう―


子供のころから絵本や童話で竜の存在を知らされてきた。

しかし、実際に竜を見たものはこの村にはいない。


この辺境の村エルドルはその昔

竜と人との戦争で傷ついた戦士達が逃げ延びてできた村。

絵本や童話で竜が出てくるのも

竜の恐ろしさを後世に残すために生まれた。


「だから勝手に山に行くんじゃない」

「しーらないっ」

「おいこら、ミッカ!」


道具屋の話もどこ吹く風。

ミッカは足早に山へ向かっていった。


「ったく、じゃじゃ馬娘め。怪我すんなよー!」


半ばあきらめながら道具屋は少女の後姿を見送った―




―数時間後。


険しい山道を登って行ったミッカ。

すると見えてきた大きな洞窟。

ミッカは迷わず洞窟の中へ入る。


村の子供達にとって山は最高の遊び場。

洞穴を見つけては探検し

あるいは休憩場所として

自然とともに暮らしているのだ。


特にミッカは村一番の探検好きで

その行動範囲は大人の人間も足を運ばない危険な場所にも

ひょいひょい身軽に駆け回る。


この洞窟もつい最近ミッカが見つけたものであった。

彼女のお気に入り

秘密の場所である。


薄暗い闇の中を歩く少女。

その表情はとても楽しそう―



すると洞窟の奥から



地を揺らす重々しい物音―



何かがうごめく気配。

そして暗闇にぼわっと光る

二つの赤い光。




その血のように赤い光は




少女の姿を捉えていた―


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