第25話 赤色

「なんで…こんなもの…」


武内は鴉が差し出した拳銃を払い除けるが

彼女は無言で再び武内に拳銃を差し出す。


防錆の為、リン酸塩で化成処理された白っぽいスライドとフレームが印象的だ。

銃身はくたびれて交換となったのか黒染めされた生産ロットの違う物だった。

木材だと思っていたグリップは茶色の樹脂で、あちこちにキズが入っている。



「こんなもの要らないから!」


だが鴉は「さぁ!」とばかりに拳銃を渡そうとする。


「分かったよ!受けとるよ!!」


その時、山の上からシーツを引き裂くような音が響いた。

もしくはチェーンソーか?


何の音か武内は全く分からなかった。


「さぁ、行こうか…」


鴉は拳銃を腰のホルスターに無造作に投げ込むと道を歩きだした。


「ちょっと…今の音…何だよ!?」


武内は鴉を追い、その肩を掴んだ。


「機関銃の音よ、もう終わったわ…」


射撃速度が速すぎて250発が繋がった一つの音に聞こえる…

その射撃に曝された者は口々に言う


シーツを引き裂いた音だとか

電動チェーンソーだとか


それがMG42機関銃の独特の掃射音だった。


武内は石像の様に動かない

中田も教授も少女の姿をした悪魔をただ見つめていた。


あの学生達は殺されてしまったのだ。


つい先ほどまで必死に話を聞いてくれと懇願していた女学生

今、彼女は血塗れになって倒れているのか…


爆竹を爆ざしたような音が二回響いた。

まだ息のあった者に

あの下士官がトドメをさしたのだろう…


あの四人の遺体は二度と見つからない

彼女達の親は永遠に我が子の帰りを待ち続けるのだ。


愚かだったのかも知れない

だが、平和を希求しただけだ。


蜂の巣にされて殺されなきゃならない理由なんてない!!


絶望の中で、彼女は最後に何と言ったのだろうか…




「ねぇ、君の願いって何?」


静寂を破ったのは鴉だった。


だが、答える気にはなれない

今はそんな話より、大学生達の冥福を祈りたかった。



鴉は俯く武内を覗き込む。


血の様に赤い瞳で武内を覗き込む。

彼女の日本人離れした容姿、たぶん混血なのだろう

だが、この赤い瞳…

赤い瞳の人種や民族など聞いた事がない。



「女の子にモテたい?」


突然の言葉に武内は慌てて鴉の瞳から目を逸らした。


だが、鴉は両手で武内の頬を抑え

互いの鼻が当たりそうな距離まで顔を近づけて続ける。


「希望の大学に合格したい?」


「お金持ちになりたい?」


「映画俳優になりたい?」


「不老長寿?」


「偉人になりたい?」


「やめろ…やめろよぉ!!」


武内は鴉を振り払った。

馬鹿にするな!そんなのが目的なんかじゃない!!


「僕は…!」


今まさに叫ぼうとする武内の唇を鴉の人差し指が塞ぐ。


「私はね、君の願いがどんなクッダラナイ物でも必ず神社に連れて行くわ」


「くだらないって…」


反論など許さないとばかりに鴉の手のひらが武内の口を押さえ付けた。


「仕事だからね!お金をくれたからよ!」


少女とは思えない力で鴉の手はグイグイと武内を道の端に生えた木に向かって押して行く。


「ま、待てよ!地雷が!」


先ほどのワイヤー式地雷が武内の脳裏に浮かび

膝が凍えたかのように震えた。


「そう、あるかもしれない…踏めば死ぬわ…そうなれば連れては行けない」


鴉は歩みを止め、武内の口から手を離した。


「だから、勝手に歩き回る奴やドイツ兵を呼び寄せる奴…アナタを死なせるのよ!」


「だけどさ、僕は…」


言葉が続かない、死体が当たり前の様に転がっている此処では

死なないだけで精一杯なのだ。


彼女の知り合いの親衛隊も目先の日本円でならトラックにも便乗させてくれるが

世界平和には銃弾で答えた。


飲み物を貰って心を許していた馬鹿な自分



此処にあるのは目の前の損得だけだ。


それ以外は何も無い場所で一体なんの願いが叶えられると言うのだろうか…


「君が優しい人、善い人だって事は分かったから」


彼女は武内の肩に腕を回すと再び近すぎる位に顔を近づけた。

そこに親愛の情はあるまい…


「だけどね、此処では悪い私の言う事に従って欲しいのよ」
















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