第24話 喧騒

また四人に戻った心細さがトラックの排気音が遠退くにつれ強くなるのを感じる。


アメリカ製戦争映画のドイツ兵とは全く異なる規律の緩んだ連中だったが

彼等が軽口を叩く度に地雷や狙撃をされない安全が保障されたかの様に武内は感じていた。


「…寂しくなりましたね」


「ナチの親衛隊だそ、呑気な奴ちゃな!」


中田は貰ったファンタを飲みながら武内を小突いた。


「…彼等はどうなるんだい?」



反米反戦の学生は自分が教鞭をとる大学にも少なからず居ただけに

教授は無関係に徹しきれず鴉に聞いた。


「最終的解決とか言ってたわね…」


鴉は進入を禁止する木製のゲートを跨ぎながら答える。



「本当にそう言ったのか!?」


武内が叫んだ。

いや、叫びと言うより悲鳴


最終的解決


二十年近くに渡り欧州、東欧、ロシアの情報が正規のルートで入って来る事は殆ど無かった。

時折、ドイツ占領地域から脱出して来た人々より断片的に伝えられる位だ。


だが、所詮は一般人の持つ情報であり敵地の内情をうかがうには限定された物だ…

その中で、奇跡的に脱出に成功したあるユダヤ人家族より


旧ポーランドでユダヤ人が組織的に殺害されているらしい


と言う情報が入った。

これはドイツからの占領を免れている国や地域の人々を震撼せしめるに余りある内容であった。


ヒトラーの演説で度々流れる

「ユダヤ問題の最終的解決」

と言うフレーズ


それはユダヤ人の抹殺その物であったとマスコミは盛んに報道したものだ。


「待てよ!カナエさん!答えろよ!!」


無視して先に進もうとした鴉の肩を武内は掴んだ。


「その名前で呼ぶな」


武内の鼻先にワルサーの銃口が突き付けられる。


「あの人達…殺されるんだぞ!分かってるのかよ!?」


武内は銃を払いのけると鴉の両肩を掴んで揺さぶった。


鴉は驚きの表情で武内を見る。

ついさっきワイヤートラップで腰を抜かしていた奴が

鼻先の銃口を払いのけるなど想定外だ。


「ふぅん…」


鴉は薄ら笑いを浮かべると武内の顔をまじまじと見た。


「武内ハルヨシ君…だったかしら?」


つい今しがたまで鴉は武内を保護者二人に付いて回るだけの犬っころ位にしか考えていなかった。


「武内君って、実は勇敢なのね?」


鴉は武内の首に両腕を回すと唇が重なる位の距離まで顔を近付けた。


「なっ!?何…!?」


武内は真っ赤な顔で飛び退く


「何って、そのままの意味よ」


鴉は今トラックが上がって行った山道を指差す。


「待ってるから、話し合って来たら?」


鴉はホルスターから予備の弾倉を抜きワルサーと共に武内に差し出した。


「ほら、早く行きなさいよ…間に合うかもよ?」


鴉は武内に拳銃一丁で親衛隊に立ち向かえと言っているのか?


「え…?」


話し合いに拳銃なんて要らない

彼女は何を言っているのか?


武内は当惑した表情で鴉を見た。


「オメー、連中と仲良しだろうがよ?何とか出来なかったんかよ!?」


見かねた中田が武内に加勢する。


「仲良し?ナチの親衛隊と仲良しだなんてゾッとしないわね」


鴉はワルサーのスライドを下げた。

ジャキッっと硬い金属が擦れ合う音が森に響く。


「連中とはお金だけの関係よ」


鴉がスライドを離すとバネの力で勢いよくスライドは戻り

再び硬質な音を響かせる。


「私は見逃してもらう為にお金を払い連中は、お金欲しさに目をつむる」


弾倉の第一弾は装填された。

その手慣れた操作にセーラー服の黒色が相まって

武内はナチの将校と話している様な錯覚を覚えた。

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