第23話 別れ道

トラックは、分岐に続く下り坂を後輪を引きずって引きずって…


…ようやく停止した。


「…相変わらず下りは突っ込みそうだな」


近付く分岐を荷台からヒヤヒヤしながら見ていた隊員が苦笑いした。


「コイツは前輪にブレーキが無いから…」


もう一人は額の汗を拭うと髑髏のマークが縫い付けられた規格帽を被りなおした。


荷台の親衛隊連中の軽口を聞きながら武内は

トラックは日本製が良いと思う。


こんな性能の車ばかりが名古屋を走ったら

じきに車は衝突して停まるものだと皆は思うようになるだろう。


便乗出来るのは、此処までだ。


トラックは舗装路を外れて山へ上がり、四人は建造途中で投げ出された舗装路を再び徒歩で進む事になる。


彼らとは、ここでお別れだ。



トラックより数メートル離れて乗用車も停まった。


「まぁ、気をつけてな」


下士官は軽く右手を上げナチス式敬礼で席を立つ鴉を送る。


「映画館にエスコートはしてくれないのかしら?」

鴉は薄いドアを開けるとスカートの端を摘まんで車から降りた。


「馬鹿言え!あんな所から帰れるのはお前くらいだよ!」



トラックの兵達はアオリ板を開けると武内達三人を降ろした。


「ねぇ!協力者なんでしょ!?協力者なら、私達が来た事を偉い人に伝えてよ!!」


先ほどの女学生がトラックを降りる武内に懇願する。


荷台の兵等は先ほどの混乱に嫌気がさしたのか叫ぶに任せていた。


彼女の声はエンジンの排気音で途切れ途切れになりながら

自分等は戦争を終わらせに来た事を三人に告げる。


「伝えて!私達はヒトラー総統と話したいのよ!伝えて、お願…」


「さぁ、行くわよ」


肩を叩かれ武内が振り返ると、知らぬまに鴉が背後に立っていた。


「だけどさ…」


教授と中田はトラックから離れたが武内は何とか出来ぬものかと動けないでいた。


「見ちゃダメよ…ああいうのは」


鴉は女学生の必死の言葉を遮ると分岐のあちら側へ行けと武内の背を押した。


「ちょっと!アンタ…!邪魔するんじゃないわよ!!」


生来の気性でなくとも、自分の必死の訴えを邪魔されたのだ。


女学生は激高する。


あの少年は、やっと、やっと、自分の話を聞いてくれる相手だった。


確かにドイツ軍に接触した直後は前線司令部に通され話も聞いてくれた。


応対したヘラルトと名乗る中尉は、あの忌々しい日本人下士官と違って金髪碧眼の生粋のドイツ人であった。


スマートで紳士的な彼の対応に彼女等はすぐに総統に会える手はずを整えてくれると期待に胸膨らませたのだが、何ら後ろ楯が無いと知るや中尉は急激に興味を失い

それっきりとなった。


政府高官や貴族の子供だったら話も変わろうが

多少裕福なだけの庶民と総統が会席する理由が中尉には理解出来なかった。


総統と彼らが何を同意しようが日本政府が履行する義務など無いではないか


こんな徒労でしかない話を総統官邸に上げようものなら

生涯、この東の最果てで暮らす事になりかねない。


下士官が「最終的解決」と例えた決定を中尉が下した後も彼女等は自分達の主張を受け入れてくれる人を待ち続けた。


そして、やっと、やっと、話を聞いてくれた武内に

彼女は全ての希望を託して……


それを邪魔されたのだ。


目の前が真っ暗になる思いだった。


「何よ!何なのよアンタは!?」


こんな山奥でセーラー服と言う奇妙なナリ

あの三人を仕切っている様にも見えるが

忌々しい下士官がスカートの端を摘まんでは捲る素振りをしていた所から見て

ろくな女ではあるまい。


「身体売るなら、あっちでパンツ脱いでろ!!」


女学生は乗用車を指差して挑発したがセーラー服の少女は気にするでもない。


「もう脱いじまった後か売女!」


唾を吐きかけたが、彼女の足元にも届かずコンクリートの上に落ちる。


「この!…糞っ!ズベタ!ズベ公!!」


思い付く限りの罵声を女学生は鴉の背中に浴びせ続けた。


「なんで…なんで…誰も聞いてくれないのよ…」


鴉が振り返るとトラックは音を立てなから走り出す瞬間であり

女学生が力無く荷台に膝をついているのが見えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る