第6話 一夜のサバイバル

「結構歩いたし、少し休もうぜ。焚き火熾そう」

 人家に辿り着く前に日が暮れ始めてしまった。どんどん濃くなる影の色に、疲労と緊張が積み上がってきた。

 俺たちは暗闇を歩くよりも、火を熾して夜を越す事にした。


 歩きながら拾った小枝を積み上げ、ノートの切れ端を中に突っ込む。

「ジャーン!」

 俺は鞄の中から秘密道具を取り出した。マジックペン型火打石だ。これでどこでも火が付けられるってもんだ。


「面白い物を持ってるな」

 興味津々に見てくる藁池に、俺の鼻も高くなる。異世界で最初にサバイバルは基本だからな、日常持ち歩いても違和感のない形を探すのに苦労した品だぜ。

 俺の採ってきた木の実と、リュックに入っていた簡易食糧で腹を満たす。


「お湯が沸いたな、もう飲めるぞ」

 そう言って藁池が差し出したのは金属で出来た水筒の蓋だ。熱いのでハンカチタオルでくるんで受け取る。

 藁池はと言うと、こいつ皮手袋持ってやがった。金属の加工に必要だとかで普段から使ってるらしい。


 奴の鞄から湯たんぽみたいな水筒が出てきた時は驚いた。

「こいつも俺が作った水筒だ。直接火にかけられる水筒はなかなか売ってないからな」

 方位磁石に続いて、水筒も手作りとか、さすがに金属オタクを名乗るだけはあるな。


 いつの間にか、辺りを濃い闇が覆っていた。直ぐそばにある木々でさえ、墨で塗りつぶしたように真っ黒な森を作り出している。

 一歩先の暗闇が、鳥肌が立つほどに怖いと初めて感じた。

「やはり北半球だな。北斗七星がある、地球に間違いない。月が、すごく近いな」

 見上げる藁池の視線を辿って俺も空を仰いだ。

 黒を彩る無数の輝く星に、夜空が美しい物だったと思い出せた。この感動は忘れたくない。


 ウヲーン! ヲオオーン! ゥオーン!

 夜空を引き裂く遠吠えに、電流が走ったように身体が跳ねた。

「今の、やばいやつだよな」

「コヨーテか狼か、生息する動物までは知らないが、厄介な肉食獣がいるのは間違いないだろうな」


 藁池と顔を見合わせ頷き合う。

「薪を集めよう、火を絶やさないように」

「武器になる物の確認も」


 小鳥先生、藁池が銃刀法違反で捕まりそうです。

「刃は付けてない、ただの金属の棒だ。アルミ製だから強度も大して無い」

 藁池の鞄のポケットに並ぶペンのような形をした金属棒の数々。忍者の使う棒手裏剣に似ている。

 それがひいふうみいよお、四十本ほど。学校に持ってける物じゃ無いよな。


 それからさらに藁池の鞄から出てきたのは弁当箱を模した武器庫だ。

 箸は金属、箸箱も金属、食事用ナイフはもちろん、フォークにスプーン、串に、肉叩きに、おろし金。これでこいつ、食べ物は何一つ持ってなかったからな!


「俺のことより、お前はどうなんだよ! 異世界だ何だ言ってるんだから、何かあるだろう」

「まあ、って言ってもカッターと十徳ナイフくらいだぜ。あと5キロの鉄アレイ二つ」

「……鉄アレイを持ち歩いてたのか」

「身近で一番武器になりそうだと思ったんだよ」


 武器はこれで何とかなりそうだな。魔物じゃなくて普通の生き物なら大丈夫だろう。

 なんて思ってた時期もありました。


「怖え! 怖えよ、こいつら!」

 暗闇の中から近づいて来たのは茶色い毛をした、大型犬に近い大きさをした狼らしき生き物だった。

 実際に狼かは知らねえよ? だって俺狼見たことないもん。

 でも、狼っぽい雰囲気だから狼って呼ぶ事にする。


 低い声でウーウー唸って、いつ飛びかかろうか見計らっているようだ。今見えてるだけで4頭。

 足音とか鳴き声とかからするとその倍は居そうだ。

 焚き火の明かりに反射して、沢山の目が銀色に光っている。


 鉄アレイを握りしめた掌が汗で滑る気がする。


 狼から体を背けず、視線だけで藁池の様子を伺う。棒手裏剣もどきを手の上で転がして、やたらと落ち着いている様に見える。

 藁池の眼鏡が炎をキラリと反射した。


「おい、お前の眼鏡の機能は!?」

「はっ? 眼鏡の……機能? 視力を補助するものだが」

「違うっ! なんかこう周りを解析したりとか、強さを計ったりとか、特殊組織の中で通信できたりとか!」

 このピンチにこそお前のその能力を発揮しないでどうすんだよ。


「お前は眼鏡に何を求めてるんだ? 現実を見ろ、ただの眼鏡だ」

 そう言って渡された眼鏡は、余りにも軽く。俺の心を地の底に埋める程重たくした。

 戦うしかない。覚悟を決めろ! 俺は、アイカワ・A・アラトだ。


「はぁはぁ、はぁ」

「う、おーーっ、やってやったぜ!」

 俺たちは、何とか狼どもを追い払った。

 やはり鉄アレイは効く。振り回す筋力とバランス感覚が必要だがな。

 それに、藁池が焚き火に投入した金属の粉とかいうのが閃光と軽い爆発を起こして、最終的に狼たちは逃げ出したのだ。やっぱ藁池は銃刀法違反だと思うぞ。


 狂犬病の恐れのある狼に噛まれはしなかったが、軽い裂傷や打撲があるのは仕方ない。

 命があっただけ本当にありがたいと思う。


「どうだ、藁池。狼に鉄アレイで挑む、これが新人類、黒魔クロマニオン人になる男だ!」

 ニヤリと笑って見せれば、藁池は困ったように視線を泳がせた。

「どうした、見惚れたか?」

 ははは。狼に対して、人間の戦い方ってのを教えてやったぜ。

 あーでも、ボロボロの制服に「現実を見ろ」とか言われそうだな。


「いや、その。クロマニョン人は石器時代の人類だ。あの時はからかうような事を言って悪かった」

 藁池が謝った、だとーぉっ!!


「いやいやいや、そうだ、俺も悪かったな。自己紹介の時、名前をからかったりして。でも俺本当にいい名前だと思ったんだぜ、魔法の呪文の名前にしようとしてたんだからな」

「そうか。よし、じゃああの事はお互い水に流そう」


「おう! それでさ、どんな魔法か気にならないか? ワライケケの呪文はな、どんなに争ってる最中の人間でも戦いや怒りの気持ちを鎮めて楽しい気持ちになるんだ。友好的な態度に変わるから新しい地域に旅立つ時にはあると有利に進展して……」

「いや、別にその話はいい」

「いやいや、聞いてくれよ。それでな、どんなに怒ってても楽しくなるのに、このワライケケは泣いてる奴には効かないんだ。悲しい気持ちを無理やり消す事は出来なくて」

「頼むから、やめてくれその呪文の話は」


「え〜」

 せっかく考えた設定なのに、藁池のやつは耳を押さえてまで聞いてくれなかった。なんだよう、残念。

 夜明けまで、俺たちは交代で見張りをしながら休んだのだった。

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