第4話 転移と言えば異世界だろっ!

「ここが資料室かあ! すげえ、色んな物がある」

 北棟の資料室に入れば、そこは日常とは違う空気が住んでいた。ガラスに展示された品物の数々に、まるで本物の歴史資料館の中にいる気分になる。


「さすが時代研究に活発な部活がある高校だな」

 藁池は興味深く資料を覗き込み、目的の鏃や槍を見つけたらしい。


「なんかボロボロだな」

 本物の武器が見れると思って来た俺だが、ここにあるのはどれもボロボロに崩れた形もはっきりしない塊ばかりだ。


「4000年、形が残ってるだけでも凄いと思わないか? その間に戦争や災害にも遭っているんだぞ。これを作るために、どれだけの苦労と、使う時には……。いや、それもまた歴史だな」


 流暢な喋りを突然止めた藁池に振り向けば、全身にびっしりと汗をかき、青を通り越して土気色の表情をしている。

「おい、藁池っ。顔色悪いぞ! 大丈夫か? ちょっと座れ、横になってもいい。部屋の空気が悪かったか? 今換気してくる」


 慌てて窓へと走り寄る俺の背中で、藁池が何かを言っているがそれどころじゃない、後回しだ。

「相川、この部屋の窓は固定されてるから開かない。換気扇のスイッチを……」


 立て付けが悪いのかなかなか開かない窓を、俺が勢いに任せて力一杯開いた時だった。

 ガラガラガラッと沢山の物がぶつかり合う音で鼓膜が破れるかと思った。

 それから、床の揺れる地震のような衝撃。

 資料室の棚が、いくつも壁から剥がれて床に倒れていっている。

 AAAを名乗る俺の力は伊達じゃないって言っただろう。

 俺の背中を冷や汗が流れた。


 割れたガラスの破片を踏まないようにと一歩踏み出した時だった。足の下で透明なガラスのカケラが消えていく。

 いやそれどころか床の色まで消えていくようなって、周囲にはいつの間にか壁や学校すら無くなっていた。


「な、んだよこれ」

 茫然と見回してみれば、高い山の上にいるようで、空が近く、遠くの景色が遥か下に美しく広がっている。

 俺の知っている日本ではない。電柱も電線も、道路やビルも視線の限りに無いのだ。


「まさか、異世界っ! よっしゃーあ!」

 身体の奥から湧いてくる喜びに、俺は思わず拳を握っていた。


「ぃってててて」

 小さく聞こえた声に振り向けば、そこに地面に座り込んだ藁池がいた。

「お、お前も一緒だったのか。巻き込まれって奴か? ん、おい顔色悪いぞ。大丈夫か?」


 資料室でも、具合の悪そうだった藁池は、今も吐き気を堪えるような顔をしている。おそらく、異世界転移の際に身体に負担がかかったんだろう。

 俺は全く平気だけどな。


「大丈夫だ。すぐに落ち着く。それより、ここはどこだ? どうしてこんな所に。学校はどうなったんだ?」

 その疑問は無理もない。普通の人間がいきなり見知らぬ土地にいたら不安を感じないはずがない。

 俺はワクワクしてるけどな。


「落ち着いて聞いてくれ。藁池、ここは多分異世界だ。俺たちの住んでいた地球とは違う。魔力があったり、魔物が出たりするかもしれない。とりあえず力を合わせて……」


「現実を見ろ。俺たちには影がある。角度から言っても光源は一つ、影の長さから真南に近い位置に太陽が来ているはずだから今は昼頃だ。人間の視力は4、5キロメートルだそうだが、ここから見える範囲で、南側から少し西寄りに海のような水のきらめきが見える。4キロ先に見える地平線。丸く見える空、呼吸のできる空気に身体に感じる重力。ここは高確率で地球だ」


「何を、言ってくれてるんだ、藁池。不安なのは分かるが、学校にいたはずの俺たちが突然見知らぬ場所にいるなんて、そんなの異世界転移しか考えられないだろう!」

「異世界なんて馬鹿げている。現実を見ろ、異世界に行った人間なんているのか!?」


「っ、だったらこの状況はどうなんだよ。なんなんだよ! お前ならどう説明するって言うんだ?」

 周囲に人の姿は見つからない。この世界に人がいるのかも分からないし、最悪見知らぬ人間は殺されるか、奴隷扱いなんてハードモードの可能性もある。


「……夜に星が見えれば、星座の位置から地球かどうかが判明するだろう。見える天体から北半球か南半球かも分かるバズだ。今は日光が当たって暑い位だが、空気が乾燥しているように感じる。夜には冷えるかもしれない」

「お前は何なんだよ。きっちり説明しやがって」

 嫌味な奴だな。状況の変化に戸惑ってたらまだ可愛げもあるってのに。


「そうだっ、こう言う時はまずはスマホの確認だ」

 そんな簡単な事を忘れていた。

「当然、圏外っと。時間は11時20分か、資料室にいた時間と変わらないな」

「なるほど、太陽が真南に来る時と日没の時間で何か少し分かるかもな」

 そう言って藁池は地面にルーズリーフを1枚置くと真ん中に鉛筆を突き刺した。

 現在の影の形を書き写し、分度器を添える。

「正午まで約30分と言った所か」

「まめな奴だな。と言うか、お前何でそんな事知ってんだよ」

「太陽と時間の関係は小学校で習うだろう」

「あれが太陽ならな!」


 だらだらと喋っていたが、ここでじっとしていても得られる情報は少ないだろう。

 少し辺りを探索してみようと思う。

 藁池の顔色はまだ悪いので、ここに残して俺だけで情報収集をした方がいいだろう。


「藁池、俺は少し周りの様子を探ってみようと思う。お前はここにいてくれ」

「ならこれを持って行け。同じ方角に歩き続ければ迷う事はないだろう」

 そう言って藁池が鞄に付いていた小さなストラップを外した。方位磁石だ。

「北側が下がっているから、北半球にいる可能性が高い」

「地球だったらな。いい物持ってるな、借りてくよ。そうだ、これ掛けとけ」

 顔色の悪い藁池に制服の上着を貸して、俺はまず南側へと足を進めた。


「で、これが周囲の様子を撮ったムービーな。あと食べれそうな木の実も見付けたから採ってきたぞ。どうだ、俺は出来る男だろう」

 一時間程で周囲の探索を終えて、俺は藁池のいる山の頂上付近に戻ってきた。

 この高い山の上からだと、周囲が一望できて分かりやすい。

 南側の山の麓には村らしき人家のような建物も見られた。


「念のためにスマホの充電は温存した方がいいんじゃないか?」

 不安げに聞く藁池に俺は胸を張る。

「ふふん、こんな事もあろうかと、俺は太陽光式モバイルバッテリーを持っている。太陽の光があればスマホの充電は出来る。もちろん、お前も使っていいからな」

 リュックサックに付けたソーラーパネルと、黒いバッテリー本体を見せて俺は白い歯を見せる。


 本当に、俺ってば出来る男だ。どうして一緒に転移したのが可愛い女子じゃなかったんだ。神様も気が利かないな。


「用意がいいな。なら遠慮なく使わせてもらう。撮ってきた画像を見せてくれるか?」

 藁池に俺のスマホを渡して、替わりに藁池のスマホを受け取り充電する。

 鉛筆の日時計には真南の位置に12時とその先に1時2時3時と続いて書き込まれている。

 日没予想位置に春とか秋とかまで書いてあった。本当にまめな奴だ。


「海の色が違うな」

 ポツリと呟いた藁池に振り返ると、スマホの画像を見ながら眉間にしわを寄せていた。

「別に、海の色は普通だろう。ピンクとか紫でもないし。そうだ、南の麓に人家みたいなのを見付けたんだ、動けるようならそっちに行ってみようぜ。川もあったから水分の補給もできる」

「生水は飲むなよ」

「えっ……」

「飲んだのか。腹を下すかもしれないぞ。沸騰させてから飲むようにしろ」


 そうだ、そんな単純な事も忘れていた。現代日本にいると水が貴重だって事は知っていても、水中の細菌に気を使う事なんてないもんな。

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