第3話 青い野郎
「先生、俺は人類の古代史に興味があるのですが、この学校に初期の鉄を使った
藁池の真面目くさった声が聞こえてきて、俺は意識を取り戻した。
いつの間にかホームルームは終わっていたらしい。
早い生徒はもう帰宅を始めている。
「おー、いいねー。若人は知識に貪欲でないとー。資料室にあるから見るだけなら何時でもできるよー」
鏃に槍、だと?
「小鳥先生、俺も興味ある! 見に行きたい!」
「相川もかー、いいぞー。今日は先生、とても忙しいから案内できないけど、資料室は北棟の1階にあるから二人とも見てくるとよーい」
「先生、社会科の担当ですよね。今度メソポタミア文明や鉄加工の始まりと言われているトルコの遺跡についての資料の手に入れ方を教えて下さい。出来れば紀元前2000年から1000年頃で、青銅器時代から鉄の加工がいつ頃始まったのか知りたいので」
捲し立てるように早口に言う藁池はどこか焦っているようにも見える。
「やる気だなー。藁池は、インディー・ボーンズになれそうだなー」
小さな肩を上下に揺らして、小鳥先生がころころと笑う。
はあ、と深くため息を付き藁池は額に指をついていた。
「現実を見ろ、先生。インディー・ボーンズは架空の考古学者だ。映画に出てくる冒険もアクションも、古代人の使う魔法やら遺跡の罠もみんな作り物だ。俺は
おういっ!
こいつ、小鳥先生に現実を見ろって言ったぞ。
強気だ、ってか普通にヤバイだろう。
「藁池ー、大人にゃー現実は辛いもんよー?」
小鳥先生は相変わらず、脱力系の声で小首を傾げて返答していた。
思わずホッとしてから何で俺がホッとするのかと、頭をぶんぶん振って正気を取り戻した。
「藁池や〜、小鳥飛び込む、草の音ぉ」
小鳥先生が教室を出て行ってすぐ、藁池の前に男子が三人現れた。
拍子をつけて歌のように藁池に聞かせている。
ニヤニヤとした顔は善意からだとはとても思えない。
つまり、悪役登場か。
しかし今の歌、聞いたことあるなあ。俳句、だっけ。
【古池や かわず飛び込む 水の音】誰だったかな、小林一茶、いや、松尾芭蕉だな。
こんなくだらないからかいに使われるなんて、芭蕉もかわいそうだ。
大きな溜息とともに、低い藁池の声でボソリと聞こえてきた。
「分け入っても……」
これは確か種田山頭火の、5・7・5じゃないので有名な俳句。
【分け入っても 分け入っても 青い山】だったかな。
「分け入っても……青い野郎」
「ぶふぁははっ、何だよ青い野郎って」
真面目に俳句呟いたかと思ったら、青い野郎って。
やる事がガキだって事か。
「くくっ、俺、お前結構好きかも。いいセンスしてるよ。なあなあ、藁池、資料室に行こうぜ。俺も興味あるんだ、昔使われてた弓矢の鏃とか槍とかが見れんだろう」
藁池の肩に手を掛けて言えば、一瞬眉を上げたもののフッと息を吐いて口の端を上げた。
「おいふざけんなよっ、お前
「ダサいよな」
「恥ずかしいと思わないのかよ、俺たちに近寄るなよ仲間だと思われる」
三人組が俺にも突っかかってきた。これはゲームで言うなら強制的な戦闘、エンカウトか。
相手は身体が大きいボスタイプが真ん中に1体、左右は小柄なヒョロイのが2体。
からかってやろうぜって悪意が見え見えだ。
主人公の出会う初期の敵と考えるなら、力技のオークにゴブリン2体ってところか。
伊達にAAAを名乗ってるわけじゃない。日々の筋トレの威力はプロの格闘家に近いレベルだぜ。最近じゃシャドーボクシングの相手を5人にして修行してる。
こんな連中、俺の相手じゃないんだよ。
だがここは場所が悪い。
たくさんの生徒の目がある教室の中で、他クラスの先生だって廊下を頻繁に歩いている。
三十六計逃げるが勝ちって言葉がある、ここは戦闘を避けるのが勝ちだな。
「近寄ってきたのはお前らの方だ。俺たちは今から用事があるからもう行くな」
そう言って鞄を持って藁池をうながせば、藁池も荷物を持って廊下へ向かう。
「おい、変人ども。お前らちょっと頭のネジ外れてないか?」
オークが身体のデカさを活かして威圧してくる。その横に定位置とばかりに二体のゴブリンが付き添う。
ああ、こんな時に言いたい句を思いついたぜ。
【すずめの子 そこのけそこのけ お馬が通る】小林一茶。
弱く小さな存在が、傷つくまいと大きなものより逃げ去る光景が目に浮かぶ。
俺はオークに目を合わせて声に力を込めた。
「エキストラ、そこのけそこのけ、
俺が何と言ったのか理解出来なかったらしく、オークもゴブリンも首を傾げている。
「現実を見ろ。誰が
藁池だけが、横目で俺に指摘してきた。大馬鹿はひどいぞ。
オーク達も、意味は分からずとも、俺に馬鹿にされた事は感じたようで、向かい合う俺と藁池対オークゴブリンチームは、戦闘に突入しようとしていた。
が、その時大歓迎の横槍が入ってきた。
「ねえ、藁池くん。光君て呼んでいい?」
「あー、私も光君て呼びたい」
「ねえねえ、光君、スマホ持ってる?」
クラスの女子の集団が、廊下に先生達の気配がなくなったと見て藁池に群がったのだ。
スマホは授業中の使用禁止などの決まりがあるため、先生の前だと堂々とは切り出し難かったようだ。
「皆でトークグループ作ろうよ。クラスの女子はね、皆もう入ってるの」
「そうか。じゃあ俺だけじゃなく、ここにいるこいつらも入れてくれ」
「うんうん、もちろんだよぉ」
律儀に鞄からスマホを取り出すと、藁池は女子達にアドレスを教え始めた。
「お、俺も!」
「あー俺も俺も」
「よろしくお願いしますっ」
と、オークゴブリン軍団も仲良くトークグループに仲間入りだ。
俺もしっかりグループ入りしてきた。
「お前、大人だな」
登録を済ませてさり気なく廊下へと進んでいた藁池を追いかけ、俺はすっかり感心していた。
悪意丸出しの馬鹿な男子に、クラスの女子と喋る機会を与えるなんて、こいつ懐がでかい。
ふん、と鼻だけで息を吐いて藁池は黙って歩き出した。
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