四葉のクローバを見つけてはいけない!

戸部 アンソン

転生したらクローバーだったとかですか?

終わった

4つ葉のクローバーを見つけたら幸せだった時代が!



 ヨガとは身体からだと精神の対話を行う具体的な手段だ。サンスクリット語でスカアーサナと言う「あぐらに似た坐位」をとり呼吸に神経を集中させる。最初は普段の呼吸、胸骨が動く呼吸をしている。私の場合は湶骨(アバラボネ)が上下する。しばらくすると胃袋上の横隔膜に意識を変える。深くゆっくりと横隔膜を広げる、もどすを繰り返しているうちに腹式呼吸が深くなっていく。呼吸がもっと深く長くなるころから徐々に瞑想へと移行していく。全身から張り詰めたものが軟化していく。特に両肩に載っている重さが「しらっと落ちる」と表現したい。

 

 ヨガ講師から「緊張がほぐれリラックス状態となり、ストレスが解消される」と聞いたからか、だんだんそんな気がしてくる。副交感神経が刺激され、自律神経のバランスが整ったはず。体全体が軽くなった気がして子供の頃のようなハツラツとした全能感が沸いてくる。私の場合は、ヨガの坐位をとり十五分ほどでBGMから喚起される森林や清流のイメージが脳内に広がる。心地の良い場所に魂だけが浮遊している感じがしてくる、これを瞑想と呼ぶのだと思っている。


 十年ほど前、会社での人間関係がつらい頃があった、解決策がないかとYouTubeを探していた、ヨガレッスンを見つけて真似をしていた。背景に使われている山奥の情景を思い浮かべながら、ポーズを真似てみた。音楽が加わるとぐっと奥が深くなり夢中になった。部屋に大きな鏡を買ってきて取付け、ヨガYouTuberのポーズと比較してみた。


ち、ちがう!


似てはいるけど足の位置が違いすぎる。どうなっているんだ??と感じながらも、月謝が高くて通えず、独自のポーズでヨガもどきを何年も継続していた。仕事での人間関係のストレスは、自分が昇進したからか、部署が変わったからか何が問題だったかすら覚えていない。


 数年たったある日、自宅近くにヨガスタジオが出来た。今なら月謝が払えると思い入会し、かれこれ半年ほど通っている。週に2~3回通い、1時間程度のレッスンを受けている。大勢の講師が在籍するヨガスタジオなので、好きな講師のいる時間を狙って通うことも自由。レッスンが始まる前に珈琲を飲みながら読書をすることもできる。私はシャワーを浴びて発汗しやすくしておくことにしている。サニタリーには化粧水も乳液も完備されている。鏡は完璧に磨き上げられている。掃除会社を雇っているのではなくスタッフが都度掃除をしているゆたかで美しい空間。

 そんなヨガスタジオで、不思議なことが起きるようになった。


 骨盤底筋を鍛えるポーズ、たとえば真珠貝のポーズからの月のポーズで全身の筋肉のバランスがとれ、深い安堵感が訪れると、幼い頃の自分と、死んでしまった祖父が手をつないで歩く様子が見えてくる。おじいちゃんの歯はそんなにタバコのヤニがついていたっけ。おじいちゃんの古木のような匂いまでしてくる。すっかり忘れていたけど、確かに、右の額にシミがあった。短く切りそろえられた白髪頭がすぐそこにある。私はおじいちゃんと散歩をしている。菜の花が一面に咲いている。風がふいてくる。道端にシロツメクサが密集している場所が見えた。私は四つ葉のクローバーを探そうとおじいちゃんの手をはなす。


「りん子、四つ葉のクローバーを見つけたら幸せになるというのは嘘だ」とおじいちゃんの声が聞こえる。


私は驚く、いつもシロツメクサが茂る場所を見つけたら必ず四つ葉を見つけていた。

幸せを探しシロツメクサを物色していた私は納得いかない。あそこにもここにも四つ葉のクローバーがあるのに、人より多く四つ葉のクローバーを見つけることが出来ることが自慢だったのに。見つけたらおじいちゃんにもあげようと思っていたのに。おじいちゃんはどんどん歩いていく。おいかける私、おじいちゃんのコートは風になびかない。

 年中外に出る時は茶色のコートを着ていた。玄関脇にコート掛けがあった、コート掛けの頂点が槍のデザイン。


おじいちゃんを追いかけているうちにレッスン終盤、シャバーサナ(死体のポーズ)をとってクールダウン。

おじいちゃんの姿はみえなくなる。


 私には生前のおじいちゃんと一緒に歩いた記憶はない。私が3歳になる寸前に脳溢血で亡くなったと聞いた。

レッスンが終わって猛烈な食欲を満たし多幸感に溢れた状態で叔母にlineをしてみる。

「四つ葉のクローバー見つけても幸せにならない」話を聞いてみた。

「よく覚えていたね」と返信。


学生だった頃の叔母は、四つ葉のクローバーを押し花にし栞として使っていたのを祖父に見られた時に言われたと。


幸せがそんなに簡単に手に入るもんか、と言いたかったのか?

シロツメクサは幸せと全く関係ない、と言いたかったのか。

なんでもかんでも信じるのはやめなさい、と言いたかったのか。

今となっては確かめようはないが、久しぶりに出会ったおじいちゃんからのメッセージ。

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