ショゴス
入学から二ヶ月は徹底的に知識を叩きこまれた。
魔術や魔法に関しての知識ならヴァテァに教わったお陰で俺達にもあったが、その他にこの王国の成り立ちやらこの世界の事情やらを教え込まれた。
このクラスの大半は貴族出身であるので、おさらいみたいな感じだろう。
俺達にとっては初耳な事ばかりだったが。
その中で気になったのは、ヴァテァ達が邪神として名を知られ始めた頃からこの世界にダンジョンが生まれ始めた事だ。
元々ダンジョンは数千年前には存在しなかった様で、当時はどうだったかは知らないが、今では大量の魔晶や魔物の素材などの資源が確保出来ることも相まって、国単位でダンジョンを制圧する事も結構あるそうだ。
で、俺達特級クラスは学園屈指のスパルタクラスな訳であって……
「入学三か月目でもうダンジョン攻略に手を付けるのか」
この王国の場合、ダンジョンは騎士団の人間達が攻略する事になっているが、この特級クラスは特例でダンジョン攻略をしても良いのだそうだ。
今年は例年よりも人数が多いため五人づつのパーティを組み、それぞれに引率の騎士の人が一人付いて来て計六人、二パーティで別々のダンジョンを攻略する事になった。
入学当初にウィルが俺達の実力を測ろうとしたのは、ダンジョン攻略に向けての戦力確認の面もあったようだ。
俺達のパーティは俺とナディア、レーヴェとウィル。そこにイデアと言う騎士の少女とクラス担任であるマリナ先生だ。
意外にも先生は騎士団の団員でかなり腕が立つ騎士なそうで、学園長のアルフレッドも「彼女が居れば心配もいらないだろう」と腕前を高く買っているようだ。
俺達は王国の南端で発見されたダンジョンに潜る事になった。
発見されたのが最近なだけで、真新しいダンジョンでは無いと聞いたが、実際に見てみると壁や床が粘性の液体でヌメ付いてて普通に気持ち悪い。確かに長い間モンスターが活動していたことが分かる。
「この粘液、スライム種とは少々異なるな……」
壁や床に付着している粘液を調べたウィルが呟く。
授業の中には魔物に関する物も多く、初めて知った時にはこの世界にもスライムっているのか……って思ったね。
この世界のスライムは所謂ドラ〇エ風だと通常のスライムと言うよりは、より液状化したバブル系のスライムの形だ。
単純な物理は全く効果が無く、魔法で一纏めに消し飛ばすか
「スライムね……私はあいつら嫌いだわ。ヌメヌメしてて気持ち悪いんだもの」
「僕も今回に限っては魔法を使った方が良いかも知れない。的確に魔核を切り裂くのは、ネバ付いたこの地面では至難の業だろう」
イデアとウィルはそう話す。
俺達は適度に地面や壁の粘液を除去しながら進む。
先頭を歩くのは俺とウィル。それに続いてナディアとレーヴェ、イデアと言う形だ。
先生は一番後ろで、極力ダンジョン攻略は俺たち自身にやらせるつもりのようだ。
俺達は気持ち悪いダンジョンを一層、二層……と順調に進んで行くが、途中でおかしな事に気が付く。
このダンジョン、魔物が全然出てこない。魔物が居る気配はあるのに、その姿が全く見当たらない。
このダンジョンが攻略された様子も見えないので、普通は魔物もどんどん湧いて出て来るはずなんだが……
「妙……。魔物が居ない」
ナディアも感づいた様で、俺と同じ所感を口にする。
ダンジョンの構造は割とシンプルだったので、これまで来た道に見落としは無かったはずだ。
となると、大概嫌な予感しかしない訳で。
(クトゥルフ神話でスライム状って言うと……下級の奉仕種族と言われるショゴスか?)
ショゴス、それはスライムの様に不定形な形をした水陸両生可能な生命体。
目や口と言った器官を自在に形成できる一方で、知能は大して高くない。
恐らく単体であれば脅威に感じる程でも無いだろう。
だが壁や床に付着した粘液の量を見るに、軽く数十匹は居そうな気配だ。
あまり油断する物でも無いな。
そして、遂に俺達が三層目に到達したあたりで異変は起きた。
最初に気付いたのはイデアで、彼女の頭上にあの粘液が垂れかかって来たのだ。
「きゃっ! もう、最悪!! 何なのよここは!!」
そう言って彼女が垂れて来た頭上を見ると……居た。
大量の眼でこちらを見ているスライム状の生命体、ショゴス。
「えっ、ひっ!!」
あまりの悍ましい姿に、イデアは軽く悲鳴を上げる。
どうやらこの三層は本格的に奴らの居住区画だったようで、何時の間にやら辺り一面に不気味な眼を幾つも携えた無数のショゴスに囲まれていた。
「……これは、少しマズいか?」
「かも知れないな」
先頭を進んでいた俺とウィルは、後ろの四人とは離れた場所で奴らに囲まれた。
十分に警戒していたが、壁や床の粘液で奴らの気配が紛れてしまっていて気が付くのが遅れた。
後ろの四人にはマリナ先生も居るし、他の三人も十分に強いので大丈夫だろうが、俺とウィルの二人でこの量の相手をするのは厳しいかもしれない。
「やれるか、ウィル?」
「あぁ。任せろリノ」
俺の声に彼は答える。
それと同時に数匹のショゴスが飛び掛かって来る。
……思ったより俊敏に動くな。
だが、入学直後の模擬戦の後も散々ウィルに付き合わされた身だ。
彼の速度と比べればどうって事は無い。
俺もウィルも、的確に魔法で奴らを叩き潰していく。
だが俺の魔法は奴らと相性が悪いのか、少しすると簡単に回復されてしまう。
「意外とタフな連中だな!」
俺は純粋な魔法攻撃を止め、植物魔法で奴らを固形化させる粉塵をばら撒き、そこに地属性魔法を叩き込む事にした。
効果はあるが、量が多すぎて手間がかかる。
「そっちは大丈夫か!?」
「もちろんまだ行ける!! が、流石に一息に倒してしまった方が良いな」
ウィルもこの数のショゴスを相手取るのは面倒そうだ。
実際、彼は魔法よりも剣術の方を得意としているしな。
なら練習中だが……あれをやるか。
「ウィル!! 『雷鳴天轟』の用意をしてくれ!!」
「なるほど、わかった!!」
今から俺達がしようとしているのは、簡単に言えば二人用の技みたいなものだ。
足場が悪い今の様な状況を想定し、俺が地属性魔法で足場を形成、そこをウィルが飛び回って敵を切り刻んで行くと言った寸法だ。
俺が『世界の眼』を使用する事で可能になる技だが、基本的にそんな事するより各々でぶん殴った方が早いが、今回に限っては想定していた条件と一致するので、こっちの方が良いだろう。
俺が眼に力を入れるとともに、彼も剣を抜いて構えを取る。
「しっかり合わせてくれよ、リノ!!」
「言われなくてもっ!!」
「雷鳴天轟!!」
ウィルは、少し屈んだかと思うと、雷を纏った突進を開始する。
それに合わせて俺は足場を次々に生み出していく。
先程までとは見違えるような速度で、俺達はショゴスを消し飛ばしていく。
壁から天井、天井から床。床からまた壁……と次々に俺は足場を繰り出し、彼はそれを使って縦横無尽に切り刻んでいく。
一分も経たない内に、俺達を囲んでいた大量のショゴスは姿を消した。
「ふぅ、ぶっつけ本番だったけど何とかなったな」
実戦で使うのは初めてだったが、思いのほか効果はある戦法だった。
違う形で応用を利かせれば通常の状態でも使えないか……などと俺が思っていると
「きゃあああ!!」
後ろから悲鳴が聞こえて来た。
「まさか、何かあったのか!?」
「急ぐぞ!!」
俺達は来た道を引き返し、四人の下に駆け付ける。
するとそこには、一際大きいサイズのショゴスに取り込まれているイデアと……白目を剥いて失神して取り込まれているマリナ先生の姿があった。
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