クラスメイトとの模擬戦
俺は昨日の出来事を振り返る。
ナイアルラトホテップと出会い、彼にクトゥグァをこの星から撃退しようと勧誘された。
うん、中々頭が痛い話だ。
クトゥグァが復活するのもそうだが、そもそも彼が完全に俺の仲間、と言う保証は全くない。
奴を撃退するまでは協力関係で居てくれるとは思うが……どこまで協力してくれるのだろうか?
「クソ、頭が痛いな……」
「大丈夫? 救護室行く?」
考え事に夢中になって思わず声が出てしまったらしい。
隣に居たナディアに心配される。
「大丈夫だ、ちょっと考え事してただけで……」
「そう? なら良いけど」
独り言が聞こえたのが彼女だけで良かった。
考えるのに夢中で失念していたが、ここは学園の特級クラスの教室だ。
特級クラスは俺達三人を含めて、合計十人しかいない。
こんな少ないのかと思ったが、そもそもこの特級クラスは学園に入った時点でこの王国の騎士団員一人分以上の実力を持つと判断された者達らしいので、平民はもちろんある程度訓練を受けた貴族の子ですらも入るのは難しいそうだ。
そう考えるとヤバい所に入ったなぁ。と思うが、何やら前の方から痛い程視線を感じる。
一人の男子が滅茶苦茶こっち睨んで来るんだけど。
その視線を感じながら初日の授業を過ごしていると、放課後にその男子が話しかけて来た。
「君達が父上に認められたという平民か?」
「ち、父上? 学園長の事か?」
「そうだ。その反応からしてどうやら本当の事のようだな」
あれか? 平民が入ってきて気に食わない的なあれか?
目の前の男子は確かウィルバート、と言ったか。確か家名もあった気がするが俺の頭じゃ覚えきれなかった。
貴族である自分と平民である俺達が同じクラスなのが気に食わないのだろうか?
と思っていたが、どうやら違うようだ。
「君達の姿が試験場では見えなかった。だから君達の実力を測る為に手合わせをして貰えないだろうか?」
「手合わせ? と言うより試験受けた人全員の顔覚えてたの?」
確かに俺達は入学試験を受けていないが、それが分かるって事は何百人居る人間の顔を試験中だけで覚えたのか?
「全員は流石に覚えていない。だが、この特級クラスに入れそうな実力の人間の顔と名前は全て記憶していた。しかし、その中に君達は居なかった」
そう言う事か。
実力の高い人物に目を付けている理由は分からないが、少なくとも卑怯な真似をする様な人間じゃない事は分かる。
手合わせと言うのも、純粋に俺達の実力を知っておきたいのだろう。
さっきまでのあの睨むような視線は俺達の実力を測ろうとしていたのかもしれない。
「俺は構わないけど……」
ナディアとリーヴェの二人はどうするんだろう。
女の子だから戦えないと言う事は全くないが、レーヴェは戦闘は苦手だ。
どちらかと言うと後方支援が適任だろう。
「あ、私もやってみたいです! 最近頑張って攻撃魔法を覚えてるんですよ!」
おや? 思ったよりレーヴェの方が乗り気だ。
しかも攻撃魔法を覚えてるって言うのは初耳だぞ?
「え……レーヴェ本当にやるの?」
「大丈夫ですよナディアちゃん、最近は失敗も減って来てるんですから」
「いや、だからこそ成功した時のあれが……まぁ良いか。私も、少しなら」
何だろう、二人が小声で何か言ってるが聞こえない。
失敗がどうとか聞こえた気がするが、攻撃魔法がまだ上手く起動出来ないのだろうか?
「全員、大丈夫か?」
「あぁ」
「よし、試験場の一角が戦闘訓練施設も兼ねているから、そこでやろうか」
まぁともかくとして、俺達とウィルバートの模擬戦が行われる事となったのだが―――
「何でこんなにギャラリーが多いんだ?」
何だろう、何でこんな正式な試合みたいな事になってるんだ?
「あはは。ウィルは騎士団の平団員と比べても格段に強いからね。彼の試合を一目見ようと他のクラスから皆集まって来ちゃったのさ」
そう言って笑うのは、俺達と同じく特級クラスであるアスタリオン。
彼はウィルバートの従兄らしく、彼をウィルと呼ぶくらいには親しいようだ。
そう言う彼もこのクラスに入ってるからには相当な実力だろうが、それを感じさせない様にしているのか、いつも飄々とした態度をしている。
「アルフレッドさんに認められた君達なら大丈夫だと思うけど、手は抜かない方が良いと思うよ」
「……肝に銘じておくよ」
実際、それほど強いのなら俺が気を抜けるような相手じゃないだろう。
どうやらウィルバートの方もこのギャラリーの多さには些か困惑気味だが、すぐに目の前の俺へと意識を切り替えた。
「ルールは至って単純だ。戦闘を継続不可になるか、攻撃を直撃させられた方が敗北となる」
継戦不可は、騎士であれば剣が折れてしまったり、魔導士であれば魔力が枯渇したりとかそう言う状態を指す。
勿論素手での戦闘が可能であればその限りでは無いが、今回の場合俺は魔導士として、彼は騎士としての戦闘スタイルが適応されるだろう。
彼の持つ剣は木刀であるし、この試験場は一定以上の威力の魔法を感知すると強制的に威力を減衰させる仕組みがあるらしいので、痛くはあるが決して死にはしないそうだ。
「それじゃあ僕が審判をしよう」
そう言ってアスタリオンが手を挙げる。
俺とウィルバートは互いに視線を交わし合う。そして、
「始め!!」
開始の合図と同時に、彼は一気に距離を詰めて来た。
確かにこれは速い。しかも合図とほぼ同時に突っ込んでくると言う、一歩間違えば反則ギリギリの挙動。
視界がほんのわずかに捉えた彼の顔はまるで「この程度の不意打ち、防げるだろう?」と言っているかの様だ。
どうやら彼は本気で俺達の事を試そうとしているらしい。
なら、それに応えないとな。
俺は突っ込んでくるウィルバートの足を払う様に蔦を打ち込む。
だが蔦は容易く彼に切り裂かれ、その役割を果たす事は無かった。
凄いな、木刀に纏わせた魔力だけであんなにも威力が出る物か。
これは当たったら痛いどころでは済みそうにないな。
ウィルバートはそのまま、俺目掛けて剣を振り下ろす。
俺は間一髪、振り下ろされた剣を躱すが、彼はそのままの勢いで横薙ぎに剣を振る。
その追撃も辛うじて躱せたが、彼の動作は本当に無駄が少ない。
俺達の年齢であれば確かに最上位の実力に匹敵するだろう。
これは力をセーブしている場合じゃないな。
俺は魔力を眼に集中させ、『世界の眼』を発動させる。
以前は魔力無しでも使えたのだが、弱体化した今では意識的に魔力を送り込まないと満足に発動できない。
だが、発動すればそれだけで強力なアドバンテージを確保出来る。
急速に動きに対応するようになった俺に、彼は俺が何かしたのを感じ取ったようだ。
時折魔法も織り込んで攻撃を繰り出してきた。
と言うか、これ本当に俺達以外で対応出来るのか怪しいレベルだ。
このクラスの全員が彼と同じレベルであれば、クトゥグァを撃退するのも可能になるかもしれない―――
「隙あり!!」
「ぐっ……!!」
思考を別の事に割いてしまった事で、油断した俺の肩先を彼の剣先が斬り裂く。
魔力で守られていなければ出血は免れない威力だった。
「勝負あり!!」
試合はそのままウィルバートの勝利で終わった。
負けた事は純粋に悔しくはあるが、それ以上に先程まで感じていたクトゥグァに対する不安が少し和らいだ気がした。
もし、彼や他のクラスメイトに力を貸して貰えれば……。
模擬戦が終わり、ウィルバートは俺に握手を求める。
俺はそれに素直に応じた。
「初手で卑怯な真似をしてしまってすまない。だが、君の実力はまだまだこんなものでは無いだろう?」
「そうか? これでも案外力を出し切ってたぞ?」
「ははは、ではそう言う事にしておこう」
誤魔化す俺に対しても彼は爽やかに笑って見せる。
あながち力を出し切ってると言うのは間違いでもないんだけどな。
「……リノ、何か考え事してた?」
おや、どうやら模擬戦を見ていたナディアにもバレていたようだ。
「まぁ、少しな」
「集中してれば負ける事は無かったのに。でも、何か吹っ切れたような顔してる」
時々、ナディアは俺の心でも読めてるかの様に鋭い時があるな。
読心術でも覚えているんだろうか?
「ウィルバート君!! 次は私とやりましょう!!」
俺の次はどうやらレーヴェが模擬戦をするようだ。
彼女はウィルバートの擦り傷やらをパパッと治癒すると、興奮冷めやらぬ様子で持ち場に付く。
彼女の勢いに負けて、彼も急いで定位置に付く。
「あ、レーヴェよりも私が先にやった方が……」
「……どうしてだ?」
俺はナディアが待ったを掛ける意味が分からなかったが、その理由はすぐにわかった。
模擬戦が始まった瞬間、先程の試合でウィルバートが俺にやった様にレーヴェは速攻で超高密度の魔力の塊を彼目掛けてぶっ放したのだ。
多分、ナディアだったら加減が出来たんだろうが、レーヴェには出来なかったようだ。
ウィルバートはもろに魔力の直撃を食って吹っ飛ばされた。
魔法ではなかったので施設の防衛機能も働かなかったのか、結構ヤバい威力で彼は辛うじて防御出来た様子だが、そのままフラフラとすると力なく地に伏してしまった。
「あ、あああ!! ご、ごめんなさいっ!!」
慌てたレーヴェがウィルバートに対して治癒魔法をバンバン掛ける。
が、残念ながら外傷等のダメージと言うより、強力な一撃を喰らった事による衝撃で脳震盪を起こした様で、治癒魔法はあまり効果を成していなかった。
結局今日は、ウィルバートがそのまま救護室にお世話になってしまった事によって、ナディアとの模擬戦はおざなりになってしまったのだった。
「これは本格的にレーヴェに魔力制御を教えないとな……」
「……うん」
悩みの種が一つ解決しかけたかと思ったら、また新たな種が出来てしまった……。
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