無貌の混沌


 男子寮に荷物を置いてきた俺は、夜まで時間があるので街を見に行く事にした。

 ナディアとレーヴェも誘ってみようかと思ったが、何となく一人で見て回りたい気分になったので辞めておいた。また今度誘ってみようか。


 街は大分広く、一日で回りきるのは難しそうなので近場の商店街方面を回る事にした。

 そう言えば教団の教徒達に集めさせた魔晶とかも大量にあったしな。

 魔晶はそのままでも魔術の媒体として使えるし、アクセサリーとかにしてもそこそこ良い値段で取引される。

 お金はあるに越した事は無いし、魔晶を売れる場所も探してみよう。

 



「いや、凄い金額が纏まって入ったな……」


 持ってる魔晶を必要な分以外全部売り払ったら凄い金額になってしまった。

 あまりに大金過ぎて人目を引いてしまっていたので、何かしらトラブルに巻き込まれない内に早く寮に戻るか……。


 そう思って寮までの道を急ぐ。

 だが焦っていた所為か人とぶつかってしまった。


「おわっと……、すいません」


 俺がぶつかってしまった人は、こちらと眼を合わせると少し不思議そうにこちらを見つめる。

 男性とも女性とも区別しがたい容姿の人物は、何も言わずにただこちらを見つめ続ける。

 ……なんか妙な気配を感じる。これ以上関わらない方が良いかもしれない。


「その、急いでるんで……失礼しました!」


 俺はそそくさとその場を後にしようとする。

 すると先程まで何も言わずに立っていた彼がおもむろに口を開く。


「クトゥグァ……」


 その単語に思わず硬直してしまった。

 その反応を見て彼は小さな笑みを浮かべた。


「どうやら、この名に聞き覚えがあるようだね?」

「……あったら、何だというんです?」


 コイツ、まさか教団の生き残りか?

 警戒する俺に彼はゆったりとした口調で話しかけて来る。


「まぁまぁ。ちょっとそこの店で一緒に夕食前のスイーツと洒落込んで行かないか?」


 捉え所のない顔で俺を誘って来る。

 ぶっちゃけ、嫌な予感がしないでも無いが、先程までぼやけて居た彼の輪郭が露わになるにつれ、断るのも得策でないと思い始める。何故なら―――




 コイツもクトゥグァ同様、外界の神性の一柱なのだから。




 ◇ ◇ ◇




「うん、やはりここのパンケーキは美味しいな」


 俺の目の前で元気にパンケーキを頬張るの彼の正体。

 それは外界の神性『無貌の混沌ナイアルラトホテップ


 正体を聞けば、何故コイツの顔や体の輪郭がイマイチはっきり捉えられないのかよくわかった。

 にしても、コイツ普通に人間社会に溶け込んでるけど大丈夫なのか?


「君も何か頼まないのかい? 今日は僕が奢ってあげよう」

「いや、遠慮しときます……」


 邪神にパンケーキを奢られるとかどう言うシチュエーションだ、全く嬉しくねえ。


「そうかい……むぐ。さて、君とはむぐ、話がんぐ、あるんだけどもがっ」

「食うのか話すのかどっちかにしてくれ」


 まぁ邪神に人間のマナーを押し付けた所で何にもならんが。

 パンケーキを食べ終わり口を丁寧にナプキンでふき取ると、彼は口を開いた。


「リノ君、だっけ? まさかボクにぶつかって来る人間がいるなんてね」

「いや、本当にすいません」


「あぁ気にしなくて良い。気配を揺らがせている状態のボクに触れられる人間がいるなんて珍しいと思っただけさ。何も取って食いやしないよ。寧ろボクは君の事が気になっているんだ」


 怪しさ満点だ。

 だが、俺に興味を持ったと言う事は本当なようで、それから彼は俺を質問攻めにした。

 なんか、今日は質問攻めにあってばかりだな……。


 結局アルフの所でしたような説明をもう一回彼にする羽目になった。




「アッハッハッハ!! クトゥグァの奴を封じ込めた!? これは傑作だ、向こう400年は笑えるネタだよ!! ハハハハハ!!」

「笑いすぎじゃないか?」

「これが笑わずに居られるかい? あ、周りに声は聞こえないようにしてるから君も存分に笑うと良い」


 全く便利な能力だ。

 まぁ声をシャットアウトするなんてのは彼には朝飯前なんだろうが。


「にしても、よく生き残って居られたね。君達を護ったこの世界の神性は余程強大な存在みたいだ」

「あぁ、偉大な存在だった」


 そうだ。マテァとヴァテァが付いて居なければ俺達は容易く殺されていただろう。

 彼は俺の言葉を聞くと満足そうに頷く。


「うんうん、感謝を忘れないのは良い事だ! ま、それはそれとしてだ」


 そう前置きすると、彼は一気に話を切り出す。


「奴、このままだと一年後には復活しちゃうかもね」

「……何だと?」


 クトゥグァが復活する?

 どうしてそんな事が?


「君の中に宿っていた母神は、確かに奴を封じ込めた。それは間違いない。だけど、奴は封じ込められる瞬間最後の抵抗をしたんだ。フサッグ、とか言ったかな? 奴は自身の熱烈な信奉者の封印を緩める様に力を使った。結果、フサッグはいま奴の封印を解くためにあっちこっちで暗躍している、と言う訳さ。上手く行けば一年でまた奴が復活しちゃうだろうね」


 まさか、あの状況であいつが生きていたのか?

 それと同時に、アルフたちが俺達を警戒していた理由に納得がいった。


 クソ、またあいつが復活したら、被害はあの地域だけじゃない。

 アルフ達の反応からして、王国も甚大な被害を被るだろう。

 下手をすればこの世界自体危うい。


「畜生、マテァが折角封印したってのに……!!」

「そこで、だ」


 彼は話を続ける。


「ボクも、奴が復活するのは気に食わない。なんたって、ボクと奴は水に油、猿と犬みたいな間柄だからね」


 そうか、クトゥルフ神話ではナイアルラトホテップとクトゥグァは敵対関係にあった。

 だからこそ、クトゥグァが復活するのは彼にとっても面白くないのか。


 なんて思っていると、彼はとんでもない事を提案して来た。




「そこで、ボクと君とで奴をこの星から追い出さないか?」

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