その6 聖奈と、続くかもしれないお話

 聖奈と一緒に店を出る時刻になっても、まだ夜にはなっていなかった。

『お手伝い』という建前があるとはいえ、あまり長い間小学生を働かせたくなかったのか、勤務時間そのものは短かったのだ。

 聖奈はやたらと上機嫌で、文字通り弾むような足取りだった。


「丘崎さん、待っててくれたんですね!」


 高身長女がぴょんぴょん嬉しそうに飛び跳ねる姿はなんとも異様だが、小学生なのだから仕方がない。感情表現がチョクで体に出る。


「偶然帰るタイミングが同じだっただけだ」

「でもー、『丘崎くん、待っててくれてるよ』って、タイムカード押すときに店長が」

「あのヒゲめ……」


 この数時間で店長株は暴落したぞ。葉月と一緒の、厄介さん枠に押し込めてやる。


「それと、『公園の裏側を通った方が人気がなくてオススメだよ』って」


 あのヒゲは高校生と小学生をどうしたいんだ?

 もちろん俺は人気の多い車道に面した表通りへ向かおうとする。

 聖奈は不満そうで、俺の腕を掴むやいなや暗闇に引きずり込む異次元の彼方から現れた死神みたいなムーブを見せてくるのだが……押し切られるわけにはいかない。電柱にしがみついてどうにか耐えた。聖奈に背後を取られてハーフネルソンの体勢になっても耐えきった自分を褒めてやりたい。電柱に食らいついた両脚に感謝だ。


 諦めた聖奈と表通りを歩く。


「突然働くなんて、まさか小遣いでも欲しかったのか?」

「ちがいますよー、聖奈がほしいのは、お金じゃありません」


 いかにも金で苦労したことのなさそうな答えが返ってくる。


「聖奈、ちょっと大人っぽいことをしてみたかったんですよね」

「……あれだけ、『小学生に見られたいんでず~』なんてグズってたお前がか?」

「それは昔の聖奈ですよ」


 聖奈は得意気に指を振って。


「丘崎さんに会う前の、昔の聖奈です」


 それだとまるで俺が何某かの影響を与えたみたいに聞こえるな。


「今はもう、早く丘崎さんと同じ年になって、同じ学校に通いたいってことしか考えてないですから」


 聖奈のまっすぐな瞳が向かってくる。キラキラさせすぎだ。直視しにくくなるでしょうが。


「悪いがそれは不可能だ。お前が俺との距離を詰めるごとに、俺もその分だけ先を行ってしまうからな」

「えっ、丘崎さん、聖奈のために留年してくれないんですか?」

「何年高校生させる気だよ。ていうか俺のとこ男子校だからな?」


 あんなむさ苦しい男子の巣窟に4年以上も軟禁させられるなんて罰ゲームにもほどがあるだろ。


「だいじょうぶですよ、愛さえあれば。どうにかなります」

「お前まで葉月と似たようなことを……」


 どうして俺の周りの女子は自分勝手な理由で『愛』を使おうとするの。


「今日丘崎さんが待っててくれたのだって、愛があるからですよね?」

「保護者の感覚だけどな」

「えっ? 丘崎さん、聖奈が接客してるお客さんに、聖奈に手を出す悪い虫を見るような目を向けてませんでした?」

「…………ナンノコト?」

「ごまかしてもだめですよ~、聖奈、ちゃんと見てましたから」


 にこにこ顔の聖奈が、俺にまとわりついてくる。ホールを歩き回っているせいか、ほんのり汗の匂いがするけれど、甘い体臭と混ざってやたらとクるものがあった。


「聖奈の格好、いつもと違いましたもんね! 『バンジャマン』の制服って、けっこうえっちですし! こことか!」


 聖奈は特になんでもないような顔をして、自らの立派なバストを手のひらで持ち上げた。


「違う。制服がエロいかどうかはどうでもいいんだ。俺は、お前がとんでもない失敗をしないか心配だっただけだ」

「聖奈がお客さんにお水こぼして、お客さんから『拭けよ』ってなんかお膝のところを拭かないといけなくなったりですか?」

「おい、その知識をどこで?」


 そこらの小学生よりずっとウブな聖奈らしからぬ卑猥知識だった。

 誰かが入れ知恵したに決まっている。


「あすみさんが」

「あとで処す」

「そんなぁ、聖奈も処してくださいよ~」

「葉月の連絡先を消す。それがあいつに対する処刑方法だけど、いいのか?」

「じゃあやめます。あと、あすみさんがかわいそうですから、それだけはやめてあげてください。処すの中止!」

「そうだな、あいつ、本当に友達いなくなっちゃうもんな」


 何をやっても空回りする葉月がぼっちになっていることには同情できるところもあるから、勘弁してやろう。


「でも丘崎さんがそれだけ聖奈のことを心配してくれてたってことは、丘崎さん、聖奈と結婚したいってことですよね?」

「なんでそうなる?」


 とんでもない飛躍を目の当たりにした。


「わかりました。丘崎さんとの結婚……受け入れます」

「聞けよ」

「でも、聖奈だけじゃ決められないんですよね。聖奈、まだ小学生ですから」

「俺もまだ高校生だからな。だから無理なんだよな。ショーガナイヨネー」

「来週の日曜日は、聖奈のお父さんとお母さんが家にいるんです。その時に来て、結婚の挨拶をしてください」

「気が早すぎるし俺の意思も考えてくれ」

「善は急げですよ」

「聖奈はそれでいいんだろうけどさ」

「だって、うかうかしてたらあすみさんが丘崎さんを盗んでいっちゃうかもしれないですし」

「俺はモノじゃないし小脇に抱えられるほど小さくもない……」

「怒らないでくださいよ~」


 聖奈は俺はなだめるためか、後ろから俺の髪をわしゃわしゃする。……まあそれはいいんだが、俺の両手に妨害されないようにするためかフルネルソンの体勢で捕えるのはやめてくれよな。そのままスープレックスされちゃうかもって恐怖があるんだ。


「結婚は冗談にしても、一度聖奈のお父さんとお母さんに会ってください。いつも丘崎さんの話してるから、2人とも会いたがってるんですよ。ほら、この前は結局会えなかったじゃないですか」


 元々聖奈の母親と会う約束はしていたんだよな。この前富士田邸を訪問した時は留守だったから、聖奈が俺を両親に会わせようとしていることは、おかしなことじゃない。


「……わかったよ、しかたがない」


 一度約束しているわけで、破るわけにもいかないからな。


「や、やったぁ!」


 聖奈は、飛び上がって喜んでみせた。

 無防備に飛ぶものだから、揺れるモンはきっちり揺れたし俺はばっちり見てしまった。

 ていうか、最近の聖奈は胸のかたちがわかりやすいことで有名なリブニットの服ばかり着ているような気がするのは俺の気のせいだろうか……。


「一度会ったらもうこっちのものですからね」


 聞き捨てならないセリフを吐いた聖奈は、やっちゃった、とばかりに手早く口元を覆う。


「おい、今なんか」

「ふふっ、なんでもないですよ?」


 なんというわざとらしさだろう。誤魔化す気があるのなら、ニヤついた顔は隠せよな。


「丘崎さんと家族になれるのがうれしいだけです」

「俺抜きで未来予想図描かないでくれない?」


 ふふふ、と聖奈は穏やかな笑みのまま、俺の指先をそっと摘んでくる。


「だいじょうぶですよぉ、聖奈が幸せにしてあげますから」


 勝手にどんどん結婚したていで話す聖奈のことを、以前は恐れていた部分もあるのだが、どういうわけか今は俺までほんのり幸せな気分になりかけていた。

 俺は、聖奈に毒されつつあるのかもしれない。

 それもかなり、深刻な状況で。


「丘崎さんは、1人目は男の子と女の子のどっちがいいですか?」


 この子、気が早すぎでしょ。

 富士田家を訪問したが最後、家族みんな聖奈みたいな思考回路を持ったヤツで、『子作りしないと抜け出せない屋敷』化したりしないだろうなァ。

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やたら懐いてくる女子小学生が俺よりデカい 佐波彗 @sanamisui

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