その5 聖奈と秘密のお手伝い

 その日、たまにはいいか、と、一人で『バンジャマン』を訪れると。


「――いらっしゃいませ、丘崎さん」


 俺は目を疑った。

 制服姿で接客にやってきたのは、聖奈だったからだ。

 この店の制服は、ご存知メイド服なわけだが、いかんせんいかがわしい寄りのデザインをしている。シフォン付きとはいえスカートは短めだし、肩は出ているし、なんと乳袋まである。

 聖奈がそんな服装に身を包んだら、どうなるかおわかりいただけるだろうか?


「あれ? 丘崎さん、どうしてお客さんなのにおじぎを?」

「気にするな。ちょっと大腿部に負荷を加えたくなっただけだから……」


 入店早々不可解な筋トレを始める困った客の誕生である。

 でもこうしないと、小学生に欲情する変態と思われてしまう。


「ていうかお前、なにしてるんだよ?」

「お仕事です」

「お前が高校生とかならそれで納得できるんだが、小学生なんだから働いたら駄目だろ……」


 店長ごとしょっぴかれるぞ。


「働いてるわけじゃないですよ。あくまで聖奈は、『お手伝い』をしているだけです。だからお金ももらってません」

「ちょっと店長呼んでこい」


 まさか聖奈をていよくタダ働きさせようっていうんじゃないだろうな。

 ここの店長は比較的良識のある人間とは思っているのだが、なにせあの葉月を雇っている上に暴走を許している男だ。頭がおかしい部分もあるから、全面的に信用することはできない。

 聖奈に案内されて席につくと、店長がやってきた。


「実はね」


 オフィシャルに髭面のダンディズムな店長は、人のいい笑みを浮かべて言った。


「富士田さんの方から、どうしてもって言われちゃって。断れなかったんだ」


 店長は大人のくせに押しが弱いところがあるからな。


「小学生に押し切られてどうするんですか」

「ん?」


 君がそれ言っちゃう? という顔をされる。ムカつくが、本当のことだしな……。


「……なんで聖奈はバイトを?」


 あの豪邸に住んでいるわけだし、金に困っているわけではなさそうだが、お小遣いが足りないとかそんな事情でもあるのか?

 最近は出かける機会も多いから、出費も少なくないだろうし。

 だとしたら、俺にも原因があるな。


「それはボクの口からはねえ……ふふふ」


 店長め、ニヤニヤしやがって。俺が聖奈や葉月からウザ絡みされているところを勝手にショー扱いして楽しんでいる客と同じ顔をしているじゃねーか。

 店長の態度から判断して、聖奈の事情は知っているようだが、どうもさほど深刻に考えなくてもいい理由ではあるようだ。

 俺たちが話している間も、聖奈は熱心に接客していた。

 見たところ、ドジっ子丸出しな失敗をしてしまうようなことはなく、卒なく働いている。小学生という身分じゃなければ、この店の看板娘が誕生した瞬間だったろうにな。あいにく、働いているだけでリスクになる存在だ。

 それにしても、あいつ、ずいぶんいい笑顔で接客してるな。

 いや、それが仕事だしな。

 待て、あの客……聖奈の胸元ばかり見てない? そいつは小学生だ。じろじろ見てたらしょっぴかれたって文句は言えないんだ。即刻やめろ。向こうの客は聖奈のスカートが短いのをいいことに覗こうとしてないか? ……なんだ、落ちた小銭を拾っただけか。いや、拾うフリをしてやっぱ見てたなんてことも……。

 などと、聖奈の仕事っぷりを観察していると。


「さては丘崎くん……富士田さんがお客に愛想を振りまいているのを見て、妬いているんじゃないの?」

「ばっ、何言ってるんデスか!?」


 声が裏返ったのが、自分でもわかった。


「安心しなさい。富士田さんは丘崎くん一筋だから」


 うくく……と、店長は笑いをこらえようとする。

 なにわろてんねん。

 とはいえ、店長の言葉で安心してしまっているのも事実だった。

 絶対言わないけどな。


「これからも、できるだけその距離感で頼むよ。うちの店の売上のために。……まあ、付き合ったら付き合ったで楽しめるけど。ボク個人としてはね」


 店長は、俺の肩をポンと叩いて仕事へ戻っていった。

 注文をするために呼び出しボタンを押すと、やってきたのは聖奈ではない別のスタッフだった。

 いや、別に聖奈が接客に来ることを期待してたわけじゃないんだが。

 注文したアイスコーヒーを前にした俺は、見張るなんてつもりはないけれど、聖奈がとんでもない失敗をしでかした時にフォローができるよう、聖奈の仕事っぷりを見守り続けることにした。

 結局その日は、聖奈の『お手伝い』が終わるまで店で粘るハメになった。

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