番外編SS

その1 聖奈とバスローブ

 とある休日。


「――ここが、あいつ聖奈のハウスなんだよなぁ」


 聖奈の豪華な邸宅が、俺の目の前にそびえ立っていた。

 悪事に手を染めていないと購入することのできなさそうな豪邸である。

 そんな豪邸を見上げて、俺は深い溜息をついた。

 聖奈に会うこと自体は嫌ではない。

 この日、在宅であろう聖奈の母親に会うことを憂鬱に思っているだけだ。

 あのノリの母親だし、絶対ロクなことにはならないからな。

 冷静に考えてみると危険極まりないのだが、一度受け入れていい気分にさせておいて、ここで断ったら、聖奈のヤツ、泣いちゃいそうだし。

 一体何を警戒しているのかと言いたくなるようなゴツい門の前には、インターホン用の呼び出しボタンがあった。

 そっと指を伸ばした時だ。


『あっ、いらっしゃい、丘崎さん』


 予期せぬタイミングでインターホンから声が流れてきて、俺の体はビクッと震えた。

 ちょっと待て。俺、まだボタン押してないんだけど?

 どう考えてもこれ、俺が来るまで屋外のカメラをオンにして見張ってただろ……。


「ああ、俺だ」


 情熱がほとばしるあまりに常軌を逸した行動に出ることは把握しているので、これくらいでは動揺しない。……そんなにはな。


『ささ、丘崎さん、どうぞ~』


 両開きの扉が開く。

 ゴゴゴ……という威圧感を伴った轟音が聞こえそうだった。


「おじゃまします……」


 ラストダンジョンに挑む勇者一行の気分で、俺は豪邸に足を踏み入れるのだった。


 ★


「いらっしゃい、丘崎さん!」


 聖奈は、満面の笑みで俺を出迎えてくれたのだが。

 俺の方はというと、気が気じゃなかった。


「聖奈、その格好は……?」

「……じつは今日、お母さんに急な仕事がはいっちゃって」


 悲しそうな顔をしたのもほんの一瞬で、スイッチをオンにしたみたいにパッと笑顔に切り替わる。


「だからこの格好なんです!」

「やめろ、胸を張るな……!」


 俺は慌てて聖奈の両腕をロックして、引っ張った。

 聖奈は真っ白なバスローブ姿だった。

 しかも、帯の締め方が緩い上に、小学生ではありえないレベルで立派なバストをお持ちだから、ちょっと油断したらボロンと出てくる可能性がある。見た感じ、ブラなしっぽいし、乳の動きを制御してくれる存在が不在なんだよな。

 俺はあいにくの低身長なので、視線の先にちょうどふるふるおっぱいがある。ドキドキで脈が乱れそうだ。俺がエロいんじゃない。身長が低いのが悪いのだ。


「俺の質問にちゃんと答えろ」

「この服はお母さんが――」

「よーし、事情はわかった。もういい」


 聖奈は、えー、と不満そうな顔をする。そんな言いたいのかよ。

 どうせ、『今日私は仕事でいられないから、このチャンスを活かすのよ、これで悩殺なさい。男はチョロいんだから!』とかロクでもないことを言われて、聖奈が真に受けたとかそんなオチだろう。トンデモ発言でおなじみの聖奈の母親のことだから、そうに決まっている。実際会ったことはないからあまり悪く言えないけどさ。


「じゃあ、今この家には聖奈の父さんしかいないのか?」


 聖奈の母親がいないことには安堵してしまったけれど、父親がいるのなら心休まることはないな。むしろプレッシャーだ。やっべ、どうしよう。


「お父さんもいないですよ。休みの日でも仕事なことが多いんで」

「休日でもロクに休めないのか」


 それだけバリバリ働いているからこそ、こんな豪邸を建てられるのだろうが。

 聖奈は以前、モールの映画館にすら滅多に行ったことがないと言っていた。両親がこれだけ多忙だと、家族で出かけることも少ないのだろうな。

 そんな聖奈が不憫になった俺は。


「……その格好をやめて、まともな服を着てくれるのなら、今日1日遊んでやらんこともないぞ」


 聖奈の遊び相手を買って出るのだった。

 聖奈だって、現代の人間ならまず羽織ることのないであろう珍妙な衣服をいつまでも着ていたくはないだろうし。


「えっ、これ着替えないとダメですか?」

「お前、そんなお気に入りなの?」

「着てるとラクなんですよ~。ふわっふわで気持ちいいですし~」


 聖奈はご機嫌な様子で、両腕を広げてくるっと回転して見せる。

 その時だ。


「あっ」


 心臓を潰されたみたいにドキッとしてしまう。

 油断していた。

 気をつけるべきは、前だけではなかったのだ。


「おまっ、後ろ後ろ! めくれてんぞ!」


 なんと、聖奈のバスローブは、後ろが大胆にめくれ上がっていて、きゅっと上がった尻の半分が露わになっていた。流石に下は白いパンツを履いていたけれど、小学生の肩書を持ちながら大人のボディを持った聖奈が相手では平静を保ったまま何事もなかったかのように流すことはできない。

 聖奈曰く「ふわっふわ」の素材のはずなのにどうしてめくれたまま固定されているんだよ。まさか聖奈の母親が特殊な加工を施したっていうのか?


「あっ、さっきまでソファーにごろーんとなってたから……」


 聖奈は、半分降臨なさっている尻を確認してから。


「まーでも、丘崎さんならいいですよね」


 なんと、そのまま放置しようとした。


「ダメに決まってるだろーが!」

「でも、聖奈と丘崎さんは今すぐ結婚してもおかしくないくらい仲良しなわけですしー、これくらいは」

「口を尖らせても、ダメなものはダメだ」


 聖奈め、まだ諦めてないのか。

 あまり意識させるな。創造神と別れた日の夜のことを思い出してしまうだろうが。


「でもー、お母さんが言ってました。『結婚するってことはね、互いのお尻を見せ合うようなものなのよね』って。だから、丘崎さんにおしりを見られたってことは、聖奈と丘崎さんの結婚の瞬間が近づいて――」

「来るわけないだろ。むしろ遠のくわ」


 余計なことしか言わないヤツを義理の母親にしたくないわ。あとなにその理論。結婚なんて考えたことすらない俺にも破綻してるってわかるわ。


「それは丘崎さんがおしりを見せてくれないからです」


 おかしなことを言い始めたぞ。


「さあ、聖奈は丘崎さんに心の準備ができるまで、待ってますから」


 聖母みたいな笑みを浮かべる姿は本当に尊いのだが、その目的が俺の尻を見ることとあっては首を縦に振るわけにはいかない。


「……聖奈がズボン下ろしちゃいます?」

「恐ろしいことを言うな。女は男にセクハラし放題なんて決まりはどこにもないんだぞ」


 両手をグリズリーみたいにするの、やめろ。鼻息も、抑えろ。お前にパワーでかかってこられたら、俺に勝ち目はないのだから。


「俺は、変態と結婚する気はない」

「聖奈は変態じゃありません、結婚したいだけのただの小学生です」

「だったらなおさら尻を見ようとするな」


 そしてお前の母親の話は今後半分は聞き流すようにしておけ、と言っておきたかったのだが、あいにく聖奈は母親を尊敬しているから、俺から言ったところで聞きやしないだろう。そしてただの小学生を名乗るにしては発育が良すぎる。


「……このままじゃらちがあかないから、聖奈、後ろ向け。俺が直す」


 本人に直す気がないのなら、代わりに俺がやるしかない。


「丘崎さん、直せますか? 届くんですか?」


 どうして急に煽ってきたの……。


「聖奈、しゃがみますよ?」


 そんなことする必要ない、と俺が言う前に。

 聖奈は、俺に尻を向ける格好で、四つん這いになった。まるで女豹だ。

 居間にすらたどり着けていない廊下で、なんて格好をしているのだろう。


「聖奈だって、男の人をたてる気づかいはできるんですからね!」


 それじゃ、男を立てるじゃなくて、男を勃たせる、だろーが、と口から出そうになったのだが、昨今の人権意識と照らし合わせて極めて不適切な表現と判断するくらいの頭はあるのさ。


「それじゃ男を勃たせる、だろうが」

「はい?」

「まあ、そういう反応になるよな。今のは気にするな」


 聖奈に妙な格好をさせたままにするわけにもいかないので、俺はさっさと聖奈のバスローブの裾を直してやった。

 そしてやっと、直視しても恥ずかしくならないくらい聖奈の身なりが整う。


「でも、聖奈、この格好してるの好きなんですよねー」

「わかったよ。そんなにお気に入りなら……下に何か着てくるならいいぞ」


 Tシャツに短パンでコーティングしてくれるなら俺も文句はない。

 ……もし聖奈が小学生じゃなかったら、ひょっとしたら『そのまま下は半裸でいて!』なんて言ってしまう恐れがあるけれど。


「丘崎さんがそう言うなら……


 聖奈は不満そうにしながらも、自室があるらしい2階へ向かっていった。

 広い広い居間のソファで待っていると、下にTシャツを着たバスローブ姿の聖奈が戻ってくる。

 大股で歩く聖奈の勢いはとどまるところを知らず、突進するみたいに俺の目の前までやってくると。


「このもふもふ感を丘崎さんにもおすそわけしてあげます!」


 お気に入りのぬいぐるみにそうするかのように、俺にとびついてきた。

 タオル生地のもふもふの感触に、聖奈のもにょもにょの感触と、ほんのり甘い匂いに包まれて、確かにバスローブって最高だな、なんて感想を抱いた。

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