エピローグはプロローグ
聖奈を少しでも意識するようになったのは、俺としても想定外の事態だった。
聖奈からすれば、約束された負け試合だったはずなのに……。
「丘崎さーん」
聖奈は、充実した笑みを浮かべて、隣に座っている俺に、肩を押し付けるようにすり寄ってくる。
「今度のデートはどこへ連れてってくれるんですか?」
聖奈は早くも第二弾を期待していて、ドキドキワクワクニコニコぷるぷる状態だった。
「……まあ、そのうちな」
聖奈とのデートが嫌なわけではないのだが、もやもやした気持ちを加速させそうで、俺は警戒していた。
まあ、立て続けにデートすればいいというものでもあるまい。
聖奈に対する俺の本心を、冷静な視線を持って確かめるには、ある程度距離を置くことだって必要だし。
「じゃあ今度は聖奈の家でおうちデートにしましょう! 歴代『ポリ・キュアー』の視聴マラソンでも」
「いつにする?」
「その食いつき。丘崎さん、やっぱり聖奈より『ポリ・キュアー』の方が好きなんじゃ……」
そうこうしていると、強い視線を感じた。
「じーっ」
視線を飛ばしてるの、口に出して言うなよ……。
「レーちゃんのへんたーい。ロリコンのへんたーい。デレデレしちゃって」
葉月である。
俺たちは、『バンジャマン』のボックス席に座っていた。
ただし葉月は真面目に働いていて、今は丸いトレーを胸に抱えて俺を見下ろしている。
「いや、デレデレとはしてない」
「してたよ」
「してたとしても、最高の環境でキュアーズを拝見できる嬉しさのせいで顔の筋肉が緩んだだけだ」
「最高の環境って、聖奈が一緒ってことですか?」
聖奈は露骨に喜んでみせる。
以前までの聖奈なら、葉月への対抗意識で、何らかの挑発を含んだ突飛な行動に出そうなものだが、デートの一件以来余裕が生まれたらしく、葉月とバチバチやることはなくなっていた。
落ち込んでいる時に親身になってくれたことで、単なる敵として見なくなったのかもしれない。これも成長だ。
「ぬう、見せつけてくれちゃって……でも私、負けたとは思ってないからね」
葉月としては、ラ・マヒストラルみたいな丸め込み系の技で不覚を取った程度の感覚らしい。
「『たとえ一度地にまみれようとも、それがどうしたというのだ』」
「なんで急にミルトンの『失楽園』みたいなこと言い出したの」
悪魔が天使に決戦を挑む詩を引用してくるなんて、不穏きわまりないんだが。
「『あきらめたら、そこで試合終了ですよ』」
「今度はホワイトデビル(安西先生)かよ……」
「私まだ、負けヒロインになんかならないから。次回、エピソード5『JKの逆襲』……こうご期待!」
わけのわからないことを言いながら去っていった。
「次回なんかあるかよ。もうエピローグだぞ」
「でも聖奈と丘崎さんのラブストーリーはまだプロローグですよ! 聖奈たちのたたかいはまだ始まったばかり!」
「打ち切り臭ハンパないんだが。あと誰と戦ってんだよ」
「世間と道徳と倫理です!」
「相手が強すぎるでしょ……」
「そんなことありません! 聖奈と丘崎さんの愛に限界はありませんから! アンリミテッドパワー!」
「なんかすげえ闇の勢力臭がするんだよなぁ」
紫色のライトセーバーを持ったマスター・マ◯ファッカーを謎光線でぶん投げたりしない?
そんな、大帝国ディ◯ニーのフォースに飲み込まれたともっぱら評判の宇宙戦争の話をしたりしなかったりしていると。
「あっ、お母さんからだ」
スマホを眺めて、聖奈が言った。
あのロクでもない母親かぁ、などと、母親から連絡が来ただけで嬉しそうな聖奈の前で言うほど人間味に欠けた俺ではない。
「なんだ? 今日の夕飯の連絡でもしてくれたのか?」
「ちがいますよぉ」
聖奈はほんのりと微笑みながら、スマホに指を滑らせている。男に対する見解はどうあれ、娘からは最大限のリスペクトを得ているいい母親なのだろう。
「お母さんが、一度丘崎さんと会いたいって」
「へえ。今はまだちょっと遠慮したいかな」
女の子の母親に会うなんて緊張するってレベルじゃないからな。今後よほど深い付き合いにならない限り無理だ。ていうかラスボスクラスでしょ。
「え? でも、もう『丘崎さんも行きたいって言ってます!』って返事しちゃったんですけど?」
「ちょっ……なぜ勝手に……」
「だって丘崎さん、前から聖奈の家に来たがってくれてるじゃないですか。さっきだって」
「いや、それは聖奈の『ポリ・キュアー』コレクションに興味があるだけで」
「聖奈には、興味ないんですか?」
聖奈は以前のように瞳を暗黒にすることこそなかったけれど、代わりに瞳に潤いを浮かべた。高度なテクニック使いやがって。
「いや、それは……」
「レーちゃんったら優柔不断なんだ。そういうことしてるとドンドン押し切られるんだからねー」
注文を取りに行った時に近くを通りかかった葉月にも言われてしまう。
そんな発言は、そばにいた聖奈も当然耳にしていて。
「……なるほど、丘崎さん相手には押しまくればどうにかなってしまうわけですね」
不穏極まりないことをつぶやく。
「聖奈自身に興味を持ってくれるように……このままぐいぐいいって丘崎さんの意識を変えちゃえばいいんですよね……!」
なんだか目つきの変わっている聖奈は、俺を正面から抱きしめると、そのまま俺の顔を生首かなんかと勘違いしているみたいにハグした。
ぐいぐい行く、のレベルを超えていやがる。
ていうか、返事すらできない状況なんだが、これ。
おまけに聖奈は、店内だというのに、俺を押し倒してその上から顔面におっぱいを押し付けてくるというとんでもない拷問技を敢行してくる。2つの意味で公開処刑だ。
「丘崎さん! どうですか? 聖奈の家に来る気になりましたか!?」
俺は聖奈の腕をタップしているというのに、気づかれないまま攻撃を加えられるオーバーキル状態だ。
おっぱいで圧死させられるのは、人生の終わり方としては幸せなのかどうか考えてしまうくらい脳に酸素が回らなくなった俺は。
「……い、行きます」
事実上のギブアップ宣言する。
もう完全に虫の息なんだよなぁ。
言質をとって満足してくれたらしい聖奈は、ようやく俺が呼吸することを許してくれたのだが。
勝ち名乗りを上げる聖奈は、俺の腰に跨るかたちになっていた。
「や、やった! 丘崎さんが、いく、って言ってくれました!」
聖奈は、聞きようによってはとんでもなく誤解を招く発言を、満足感満載なとっても大きな声でする。
酸欠状態で、肺にも脳にも酸素が行き渡らなくなっている俺は、なんだか本当に聖奈と一戦交えてしまったような錯覚がして、『これは責任を取らなければ……』と謎の使命感を覚え、結局は聖奈の母親に会う決心を固めるのだった。
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