第37話 おや!? おかざきさんのようすが……!
創造神と別れた俺と聖奈は、自宅近くの駅で下車して、静かな住宅街を歩いていた。
創造神から、直筆のイラストとサインが入った紙片をもらっていたので、上機嫌でいてもよさそうなものだが、少々頭を悩ませないといけない事態がやってきていた。
悩みのタネである聖奈は、俺の手をとってぶんぶん振り回している。
こちらは、上機嫌の極みみたいな状態だった。
「おーかざきさん」
「…………」
どうして聖奈が上機嫌なのかわかっている俺は、返事をしたくなかったのだ。
「おっかざっきさん!」
「…………」
「もー、いきなり亭主関白はやめてくださいよー」
「誰が亭主じゃ」
そう否定しようとも、聖奈はもう以前と違って瞳を真っ暗にすることはなかった。
「でも~、聖奈、丘崎さんの『恋人』なんですよね?」
鋭利な刃物で貫かれたような、ギクリとさせられる聖奈の発言だった。
聖奈は俺の両手をとって、逃げられないように正面に回り込んでくる。
やっぱり、聖奈のヤツ、気絶したと思ったらバッチリ聞いていやがったのか。
「…………」
どう返事をしたものか。俺は無言になってしまう。
そんな俺の心情を察したのかどうかわからないが。
聖奈は、俺の優柔不断を責めることなく、にっこりほほえみ。
「まあ、いいんですけど。あのときはそう言っておいた方が、『ポリ・キュアー』のお姉さんもわかってくれたでしょうし、実際そうなっちゃいましたから」
随分とものわかりのいい聖奈だった。
これまでのどの瞬間よりもずっと、心に余裕があるように見えた。
まるで、小学5年生の中身が、見た目の年齢に追いついてしまったみたいだ。
「……でも聖奈、本当は今すぐにでも丘崎さんとお付き合いしたいんですけどね」
小さな声だったけれど、俺にはしっかり聞こえてしまった。
「丘崎さんとは、お友達でいるって言っちゃいましたから」
聖奈はくるりと背中を向ける。
「そろそろ門限の時間になっちゃうので、早く帰りましょう」
まだ俺に執着しているようなことを言っているわりには、ずいぶんとあっさりだったので、もう吹っ切れたかのように思えた。
なぜだろう。
聖奈とは、これからも友達で、当分は疎遠になることはないはずなのに。
これまでのように、これでもかとばかりにしつこく絡んでこない聖奈を、遠くに感じてしまった。
驚愕の事態だ。
俺は、聖奈から恋人扱いされなくなることを、寂しく思っているのだ。
打って変わってあっさりな反応をされると、逆に気になってしまうとかいう、そんな典型的なパターンにハマってしまったっていうのか?
「丘崎さん」
聖奈の声が聞こえたのは、背中側から。
どうやら物思いにふけるあまり聖奈を追い越してしまったらしい。
他ならぬ聖奈のことを考えていたくせに、まさかすぐ近くにいる聖奈を忘れるほど没頭するとは。
我ながら恥ずかしく思いつつ、振り返ろうとする前に。
聖奈の左手は、俺の背後から回り込むように伸びてきていて、俺の右腕を掴んでいた。
いやちょっと待ってよ、この掴み方。
レ イ ン メ ー カ ー !
腕の力で半回転させられ、その後強く引っ張られることで、威力を増した強烈なラリアットをされちゃうやつ!
聖奈に引っ張られた俺は、コマのように半回転した後、為すすべもなく聖奈の側に引き寄せられる。
聖奈は俺の首元に腕をめり込ませてくることはなかった。
けれど俺は、半強制的に聖奈と向かい合うかたちになってしまい――
「ねーえ丘崎さん」
すぐ間近にある聖奈は、にっこり微笑んでいた。
月光を背負っているからか、やたらと妖艶に見えて。
「――もしかして、聖奈のこと本当に好きになっちゃったんじゃないですか?」
俺の本心を射抜くがごとき鋭い視線に、輝く瞳。
「ばばばば、バカ言ってんじゃないよ! ジョウダンじゃないヨ! さっき俺たちは友達! って言ったばっかだろ!」
うわー、ヤバい。
誰が見ても一発でわかりそうな、動揺をしてしまった。
これバレた、絶対バレたわ……。
小学5年生女子に執着しつつある変態野郎な俺がバレた。
俺は、ファム・ファタルへと進化した聖奈からどんな風に手玉に取られるのかと、恐れ半分期待半分の複雑な精神状態になっていたのだが。
「あ、そですか」
聖奈は、元の幼い顔を残念そうにして、あっさりと引き下がる。
……ように見えたものの。
水銀温度計みたいに、頭頂部へ向かって赤色が上昇していく聖奈。
「あわわ、聖奈ったら思い上がったはずかしいこと言っちゃいました……!」
さっきの妖婦のごとき微笑みは何だったのだと言いたくなるくらい動揺して、その場にしゃがみこんでしまう。
「……落ち着け。そういう勘違いは、誰にだってある」
聖奈の勢いが失せた隙をついて、俺は精一杯余裕を持って大人ぶった。
「落ち着いていられません! なんか思い出すたびにじたばたあばれまわりたい気分になるくらいはずかしいです!」
聖奈はしゃがんだまま、涙目でぶんぶん首を振った。
「ぜんぶ夜です! 夜がテンションをおかしくするから悪いんです!」
「そうだな、夜は人間の心を乱すからな」
不思議な話だが、慌てる聖奈を見ていると、俺の心はどんどん落ち着いていった。
「これ以上変なことを口走らないうちに、帰るぞ」
「そ、そうですね……」
俺は聖奈に向けて、手を伸ばす。
聖奈の指の先が、そっと俺の手にひらに乗る。
そして、しっかりと俺の手を握った。
ついさっき感じたばかりの寂しさは、もうどこにもなくなっていた。
この瞬間がずっと続けばいいのに。
不覚にも、そんな少女マンガみたいなことを思ってしまう。
巌田に言われてあれだけ嫌がっていたのに、自分から『女子枠』に入りに行ったみたいで、恥ずかしくなった俺は、本当に夜はロクなことが起こらねえな、と改めて感じるのだった。
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